2 青い目の魔人
※
首都を包囲し昼も夜も底冷えする砂地に陣取るのは、
ヴァンたちが城壁から離れた場所に陣取ったのには、理由がいくつかある。一つは純粋に、クロの力を使うとなると、ある程度の距離が必要だったこと。もう一つは、包囲する歩兵が張りぼてであるからだ。
とはいえ、地平より行進してきた彼らは、何も人形という訳ではない。少なくともその身体の半分は、生身の肉体である。孤児院より数年にわたり引き取ってきた子供たちに、底の高い靴を履かせ、肩に板を入れて上から外套をすっぽり被せる。遠目に見れば、彼らのほとんどが年端もいかぬ子供らだとは、思いもよらぬだろう。
もし城から大軍が攻めてくるようであっても、クロの力で土砂に埋もれさせることができる。万が一、背後側面から狙われれば死傷者が出る可能性は捨てきれないものの、北方守護の精鋭、紫波騎士団といえども、得体の知れない超常現象相手では下手に手出しができなかったようで事なきを得た。
包囲することたったの十日で、城門に動きがあった。その間、双方に牽制以上の攻撃はなく、ただ睨み合いを続けただけであるが、対談を求めるアヴィンの要請は、王宮の
跳ね橋が耳障りな音を立てて下ろされて、騎士が一人、馬を駆りこちらへ向かってくる。子供たちは怯えたが、敵は一人。気が狂って単騎突入という様子もなく、
ヴァンが対峙しようとしたのだが、この陣を守るようにとアヴィンに諭されて、仕方なく、アリアを迎えにやらせる。城門とこちらの丁度中間地点にて、アリアは騎士と何事かを交わし、文書を預かり戻って来る。あちらの騎兵も、馬首を返して早々に城内へ戻っていった。跳ね橋は逃げるかのように、再び格納される。
「こちらを」
アリアが無感動に差し出した便箋は、
「無血開城だ。明日、城で会合を、と」
その表情には喜びよりも緊張感が漂う。無理もない。城内に入れば敵の巣窟。招き入れられたとしても、いつどこで刺客に狙われるか分かったものではない。まさか張りぼての軍ともども入城するわけにはいかず、少数精鋭にて会合に臨むことになるだろうが、その人選や、残りの子供たちの撤退も急ぎ行わねばならない。
結局、王宮に入るのはアヴィンとヴァン、アリアとイッダとなった。道中は、何人かの年かさの少年を随行させたが、下手に多人数で向かおうものなら、その年齢層の低さが露呈し、こちらの勢力の脆弱さに勘付かれてしまうだろうという思いもあり、
それでも、いざ城門が開かれ、王宮まで緩やかに傾斜のかかる細い坂道を馬で上ってみれば、この程度の人員が丁度良かったのだと悟った。サシャの聖都よりもこじんまりとした首都は、民家や商店の距離も近い。建物の間、二階の窓、時には戸口の前で堂々と、こちらを観察する不躾な視線に晒される。その距離すら、不用心と感じるほど近い。
民からすれば、ヴァンたちはただの侵略者で、もちろん他国から蹂躙されたのとは訳が違うとはいえ、日常の安寧を脅かす存在には違いない。一定数、反体制派に同調する住民もいるだろうが、大半の民にとっては、波の国の威厳を取り戻すよりも、日々を平穏に過ごすことの方が重大な関心事項だった。
馬上、アリアの前に座ったイッダが、やや委縮しているのを横目に見ながら、ヴァンは坂道の先に佇む尖塔を仰ぎ見た。
一年半ほど前、ヴァンはこの道を通り、王宮へ向かった。その時も決して歓迎はされていなかったはずだが、窓に暗幕を張った馬車で進んだものだから、住民の好奇も憎しみも、ひょっとするとささやかな歓迎も、どんな感情にも触れることができなかった。
それが今はどうだ。明らかな関心が、ヴァンたちに注がれている。ほとんどの視線が、「処刑されたはずの王太子」に向けられているが次いで彼らが目を遣るのは、決まってヴァンだった。最初はなぜこちらに注目するのかわからなかったが、微かな囁き声の断片を集約すれば、おのずと状況が理解できる。
「あれが」「土を操る」「本当に藍色」「
ヴァンの人生においてはいつも、注目を集めるのは彼自身ではなかった。エレナやアヴィンの飾りとして、いつも彼らを引き立てる立場にあったし、今でも根本的には変わらないはずなのだが。噂の的にされるというのは、こうも居心地が悪いものなのか。
――青い目の魔人か。大層な二つ名をもらったな。ガキが好きそうな感じ。
「茶化さないでくれ」
フードを目深に被っているとはいえ、至近距離で覗かれれば、その目の色を隠す術はない。王太子を名乗るアヴィンは当然波の加護を受けていて然るべきだが、明らかにその側近らしい、しかも得体の知れない奇術を使う男が同様に藍色の瞳を持っているというのは、彼らの想像を掻き立てるようだ。
それにしても青い目の魔人とは、なんと安直な。どうせならもう少し洒落た呼ばれ方をしたかった。
そんな呑気なことを考える余裕があるほど、道中には危険一つなかった。開城の際、
やがて王宮の敷地に入る。すでに懐かしさすら感じる石畳の上を進み、城の広間に招かれて侍従らの鋭い憎悪の視線に晒されてからやっと、己が反逆者の一員になったのだと実感させられた。
意外なことに、広間の中央辺りでこちらを見つめる空色の双眸と出会い、ヴァンは息を吞んだ。日蝕の儀の際、何度か顔を合わせた細面の壮年男。ヴァンやアヴィンの伯父である
王宮に入る際にフードは下ろしているので、今更ながら顔見知りであったことに思い当たり、ヴァンは俯きがちにしてアヴィンとアリアの陰に入った。
現在の王が神殿から王宮に呼び寄せられたのは、前王が処刑された後。以降十年に渡り
張りつめた空気の中、とても長い時間が経ったと錯覚したが、実際はほんの世間話程度の時しか経過していないだろう。やがてアヴィンが
「……君は……どこかで?」
「ああ、伯父上は彼とお会いしたことがあるはずですね。私の異母弟です。以前は南の……
目の色が違うので、他人の空似で通用するのではないかと思っていたが、アヴィンが配慮なく暴露してしまったので、仕方なくヴァンは胸に手を当てて形ばかりの礼をする。
「ご無沙汰しております」
無理もない、波の加護然り、身を置く場所然り、なぜそうなったのかと、誰もが怪訝に思うだろう。そもそも、かなり前に殉死と報じられ、葬儀まで済ませた男が息をして歩き、さらにそれが甥なのだと言われても、情報過多に過ぎる。到底理解が追い付かないはずだ。
そのまま言葉を発さず、彼らは謁見室に入る。扉が閉まると、ヴァンたちは内扉で繋がった控えの部屋に案内をされ、侍従の背中が扉の向こうに消えてからやっと、詰めていた息を吐いたのである。
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