8 少年と兄と弟
※
清々しいほど大きな笑い声が、地下に巡らされた坑道に響いた。目の前で心底可笑しそうにしている青年を、なんとも形容しがたい気分で眺めることしばらく。やっと笑いが引いてきたのか、彼は目尻の涙を拭ってから、こちらに視線を向ける。藍色の瞳が燭台の炎に揺れた。
「別に
――むしろ一時でもあの姉ちゃんの考えがわかるってなら驚きだぜ。さすがは伊達に十年来の主従やってねえってことか。
ヴァンの気持ちを代弁するかのような声。良くないことに、この粗野な同居人と四六時中一緒にいるものだから、己の性格までひん曲がってきたような心持ちになる。心なしか言葉遣いも荒れてきたようだ。
「連れてきたはいいとして、あの子はどうするんだ。ずっと犬みたいに繋いでおくわけにはいかないし」
ヴァンが横目を向けた先、部屋の隅で椅子に括り付けられているのは、先ほどの夕陽色の目をした少年だった。アリアが冷徹な顔で問い詰めて吐かせたその名はサンセイッダ。弟の名はイラムゼトというらしい。
青年はヴァンの視線を追ってサンセイッダを眺めてから、再びこちらに目を戻す。動きに合わせて胸元で、首に掛けた革紐の先の漆黒の石片が光を反射した。
「そなたに任せよう、弟よ」
ヴァンは耳を疑うが、脳内の声も呻いていたので、幻聴ではないだろう。
アヴィンジーク。それが青年の名だ。ヴァンの異母兄であり、岩波戦争後、世間一般には処刑されたとされる元王太子。幼少の頃に奈落の底に落ちる経験をし、恨みと野望を糧に反体制派の長として持ち上げられて過ごしてきた彼は、微笑みながら冷酷なことも言えてしまう人間だ。
「うまく手なずけるように。さもなくば、あの子供は処分するしかない」
処分、という言葉にサンセイッダは顔を顰めたようだ。イラムゼトがここにいる限り、滅多な反抗はしないだろうが、それも数年後、サンセイッダが成長して自活できるようになる頃には、どうなるか分かったものではない。
そんな爆弾を手なずけろだなんて、よくも簡単に言ってくれるものだ。もしかしたら、ヴァンがおかしなことを計画できないよう、手を煩わせてやろうという魂胆か。それであれば、結局はあまり信用されていないということ。
「だけどアヴィン。彼には何をさせればいい」
「そなたに任せる」
――丸投げすんなよ。いけ好かねえ。
「本当に」
思わず答えてしまい、アヴィンが眉を上げる。ヴァンが何でもないと示すために首を振ると、アヴィンは形ばかりの提案をした。
「そなたの側近の一人にすれば良い。私の弟の側近がアリア一人では心元ないと思っていた頃合いだし、ちょうどいいではないか」
名案とばかりに頷く兄を見て、徐々に眉間に皺が寄ってしまい、指先で解した。アリア一人にだって翻弄され気味であるのに、新たな悩みの種を引き受けさせられるとは。
思えばもう、アヴィンやアリアと出会って一年が経とうとしていた。今のところヴァンの思惑は順調だが、何等かの大番狂わせがあれば、これまでの努力は水泡に帰す。サンセイッダのことに頭を悩ませつつ、ヴァンは物思いに耽るのであった。
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