3 婚約の勧め①
束の間、感傷に浸っていたのだが、不意に気配を感じて肩越しに振り返る。背後に佇んでいた男の淡い金色の髪が、燭台の光に照らされて少し赤みを帯びて見えた。
「これは、閣下。大変失礼いたしました」
王太子の墓の前を占領していたことに気づき一歩横に逸れると、青年が目を細めて微笑んだ。
「いや、こちらこそ驚かせてしまったようで申し訳ございません、王太女殿下」
余所行きな笑みを浮かべたのは、聖サシャ王国貴族の中でも第二位の序列を持つ、レイザ公爵家の次男。エルダス伯ワルターである。誰もが認める好青年なのだが、エレナはこの一年半で、彼に少し苦手意識を抱いていた。
「いいえ、とんでもない。私はもうお祈りを終えましたので失礼いたしますね」
逃げるように螺旋階段へ戻ろうとしたエレナの腕を、彼は不躾にも掴んで引き留め、微笑みを絶やさない。
「ここでお会いしたのも何かの縁です。少しお付き合いいただけませんか」
「あいにく、私はこの後」
「何かご予定がおありですか。おかしいな。上に立っていた護衛騎士に聞いたところ、しばらくはこの寺院に滞在するご予定になっておられるとのことでしたが」
変に真面目なところのあるイアンが馬鹿正直に答えていたと知り、心の中で悪態を吐きたい気分になる。エレナがワルターをそれとなく避けていることは、イアンも知っているはずなのに。
「……お手を、放していただけませんか」
「これは失礼」
呆気なく手を離したのは、エレナの退路を断つことができたと察したからだろう。いくら
ワルターは満足そうにこちらに微笑みかけてから、指を組んで祈った。
「
「……
エレナも渋々指を組んで、鎮魂の祈りを唱える。
ワルターがここに来たのは果たして偶然なのだろうか。エレナがいると知っていてわざとやって来たのであれば、王太子や他の故人への冒涜にも感じられる。王太子の墓参りに行こうと思っていたところ王宮の馬車を見つけたので、時間を合わせて地下廟まで降りてきたという筋が一番濃厚か。
彼は、意外にもしっかりと時間をかけて祈りを捧げ、やがて満足するとこちらに柔らかな視線を向けた。
「
「それは、よかったです」
少し冷たく返し過ぎただろうか。やや気を揉んだエレナだったが、ワルターは何も思わなかったようで、紳士然とした仕草で
「まだ時間はおありでしょう。よろしければ、私と午後の休息をしませんか。聖都で話題の店を予約してあるのですが。どうも一人では寂しいので」
確信犯に違いない。一人で茶を飲みたくないのなら、なぜ予約をする必要があるというのか。いつ予約したのかは知らないが、少なくともここでエレナと出会うことができると知ってからだろう。
脳内で、角が立たずに誘いを辞退できる理由を探したが、策略家のワルターに打ち勝てる案はなく、仕方なくその腕を取った。
「……私などでよろしければ、ご一緒させていただきます」
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