幕間 それは語る
これまでのことを
※
知ってるか、運命の糸ってのがあってな。全知全能の大神が、無限に存在する、あるはずだった運命を紡いで織り成して、人間の世界を操作するんだとさ。だから俺たちが出会ったのも、神の思し召しってやつかもな。
え、本題? 悪いが、俺もずっと昔の記憶はすっぽり抜けているんだ。最初の記憶はそうだな……あの鬼畜な女の顔だ。くそ、今思い出しても胸糞悪い。
今でも鮮明に思い出せる。派手な金髪に、水色の邪悪そうな目。まあ、外に出て気づいたが、あんな美女はそういないから、顔と身体だけは良かったか。
あの女と
最初の子供は王女だったが、王妃に似た淡い色合いの瞳で、激昂した王が生まれ落ちたばかりの我が子の首を刎ねたらしい。だからあの女は次に生まれる子供は絶対に、波の印を持っていないといけないという強迫観念にかられたそうだ。可哀そうって思う奴もいるだろうが……そんなもん知ったことか。
それで呼び出されたのが俺って訳。俺は、数十年前に亡命した北の巫女一族の神……みたいなものだったらしい。おい、邪神とか言うな。ともかくその御神体は恩義ある波の王家に非公式に受け継がれ、王妃が悪用したってのが話の流れだ。
俺が生命ある者に干渉できることを漏らしたのは、俺の巫女だったようだ。酷い話だぜ。俺は安らかな眠りから叩き起こされ、当時臨月だった王妃の元で目覚めた。
あの女は俺をその血で縛り、勝手に契約を結んでいた。だからあの女の子供である亡国の王太子に従わざるを得ないってことさ。
本来の力が戻っていれば、あんな女の言いなりになることもなかっただろうと思うと口惜しい。え、今? 今はお前という肉体を手に入れたからな。幾らかは自由になるが、それでも以前のような力はねえよ。
ともかく、あいつは俺に言った。
「そなたは生命を変質させることができると聞いた。契約者の名において、腹の中の我が子に波の加護の印を授けるのだ」
即座にできませんって言ったさ。当たり前だろ。何で別の神の加護を俺が与えられるんだよ。こっちは記憶も曖昧だってのに。だが王妃は、引き下がらない。
「それでは振りで良い。加護など不要。わが子の目の色を、変えて欲しい」
生まれてもいない子の容姿を変えろ、だなんて狂っていると思ったが、それはできないことではなかった。人間のような高度な知性を持つ者に干渉するのは大変だったがな。
それで俺は渋々従った。もちろん、タダでとは言わなかった。ただの気まぐれだが、この世界で人間になってみるのも面白いと思ったから、女が次に産む子供の身体を寄越せと、言ってやった。
普通の人間の身体は俺の神気に耐えられないだろうが、
赤子の元々の目の色? 生まれる前に干渉したからわかんねえよ。とりあえず俺がその子の目を藍色にしてやると、やがて生まれた王子に、王も王妃もやっと安堵したみたいだ。
だけどな、約束は一向に果たされないんだ。王妃が身ごもらないんだよ。王子が生まれてもう六年以上経っていた。王と王妃は元々馬が合わなかったようだな。政略結婚ってやつだ。王は赤子を手に掛けるような狂気じみた奴だし、王妃は恐ろしいほど気が強い。藍色の瞳の跡継ぎが無事生まれたので、お互いに寄り付かなくなってたのさ。
そんな鬱々とした毎日を過ごしていたところ、王妃にとっての朗報だ。
「やっとそなたに報いることができる」
赤い唇がにっとゆがめられるのを見て、まさかと思ったよ。ああ、そのまさかだった。あの女は、別の女が生んだ子供の身体を、俺に寄越したんだ。
血で結ばれた契約者には、反抗できない。無理やり赤子の中に押し込まれた俺は、深い眠りについてしまった。
次に目覚めたのは、宿った肉体が命の危機に陥っていた時だった。覚えているか。あの戦争の後、お前が、襲ってきた賊を切り刻んだ時だ。そう。あれをやったのは俺だ。わかってるだろうが熊も。仕方ないだろ。お前に死なれたら、俺の自我はどこに飛ばされるのか分かったもんじゃねえ。
あとは、事後処理も必要だった。お前は皮肉なことにはっきりと波の加護とやらを受けた印を持っていたからな。サシャの兵士がお前を拾おうとやってきたのを見て、敵国の血が濃いと知れたら殺されてしまうと、咄嗟に思ったのさ。だから、俺はお前の目の色を変えた。深く考える余裕なかったから、髪と似たような色にしてやった。地味な容姿にしちまって悪いな。
多分そこで力を使い切ったんだろう、また俺は眠りについた。時と共に、枯渇していた神力はこの身体に返り蓄積していく。徐々に意識が戻り、今みたいには喋れないながらも、お前の見聞きしたものを共有できるようになった。
不貞腐れてたガキの頃の姿も、あの姫様の側仕えになってだんだん変わっていく姿も、全部見てきた。柄にもなく情が移っちまうもんだな。え、そうは見えない? 馬鹿言うな。そうじゃなけりゃとっくにお前の自我を追い出して身体奪ってるぜ。なんたって、俺には今、ほとんど昔と同じ力が戻ってるんだから。
嘘だろって? ああ……訂正。力が戻っても、身体の持ち主の自我が形成された後では、強く結びついた肉体から精神を追い出すことができなかった。でも俺の力が弱いからじゃねえぞ。断じて。
ともかく、当時の俺は起きてはいるが口も利けない赤子みたいな状態だった。それが変わり始めたのは、お前がオウレアスに通うようになってからだ。もちろん、それが奴等の目的だろう。お前の記憶が呼び起こされる度、比例するように俺の力が戻っていく。最後、奴の顔を見て、奴がお前の名前を口にした時。お前に掛けた目くらましの術は解けて、俺の力が戻った。
お前が
――やめろ。俺に協力しろ。奴を利用してやるんだ。
渾身の叫びを「幻聴」と一蹴されたのは気に食わなかったな。
――おい、聞けって。お前、その藍色の瞳で南に戻れると思うのか。この馬鹿。
そこまで言ってやっと、お前は剣を抜く手を止めた。あの時のアホ面は忘れられねえな。おかげで奴にも気づかれちまった。
「そうか、彼が目覚めたのだろう?」
「彼?」
――俺だよ。俺。
「そなたの中に同居する者だ。我が母が呼び起こした、遥か北方から来た邪神」
――誰が邪神だ。俺は神聖な神だ。あんまり記憶はないが、多分。
「……この幻聴はなんだ」
なんて物分かりの悪い奴だと思ったぜ。アホの子なのかと呆れた。でも受け入れるしかねえよな。今の俺はお前と運命共同体。
――何でもいいからとりあえず言うこと聞け。後でゆっくり考えさせてやるからよ。とりあえず、あいつに従うふりしろ。さもなけりゃお前殺されるぞ。いいか、いつもの火事場の馬鹿力は、あいつには通用しない。あいつが俺を血で縛っているからだ。あいつには逆らえないんだ。
やっと剣を離した時には安心したぜ。身体があったら嫌な汗かきまくってただろうな。おかげでお前もこうして生きてる。言うこと聞いて良かっただろ。
なんだよその不満そうな顔は。ああ、自分が無事なのは良いとして、
まあ俺に良い策があるからさ。もちろん代償はいただくが、兄貴に一泡吹かせてやりたいなら、目的は一致だろ。俺たちは最強の相棒同士だ。なあ、ヴァン?
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