15 悪趣味な贈り物

 部屋に戻り一息吐きたいところだが、そうもいかない。成人の儀は延期になってしまったが、国内の重鎮たちの予定を全て組み直すのは非効率である。せっかく聖都にて一堂に会せる機会なのだ。せめてもと、祝賀会のみ執り行うこととなったのも自然の成り行きだった。


 これも、王太子が快復をしていなければ中止となったであろうが、幸いにも、その体力は日に日に戻ってきているようだ。


 とはいえ未だ病床を離れられぬ身。今晩、王太子の臨席はない。内容もかなり簡略化され、それであればいっそのこと全て中止にしても良いのではないかと思うのだが、メリッサに言わせればそう単純にはいかないらしい。貴族たちは今宵、岩の王サレアスへの忠誠の証として、その重臣である星の姫セレイリに敬愛の念を示すのだ。気持ちだけでも十分なのだが、それは賄賂の形でエレナの元に届けられる。


「まあ、ご覧ください。こんなにたくさん贈り物が」


 サーラが目を輝かせ、両手を頬に当てて高揚気味に言う。日蝕の儀の間は押し隠し通せても、人の目のない場所に戻り少し気の抜けたエレナはやはり、いつもより意気消沈して見えたのだろう。サーラなりの気遣いで、敢えて一段明るく振舞ってくれている様子だ。


 エレナは健気な侍女に感謝する一方、周囲に気を遣わせてしまっていることに対する自責の念に駆られる。意識して微笑んで頷いた。


「そうね」


 部屋中の台という台に積み重ねられた、大小さまざまな箱。こんなところに財を使うくらいならば、別のことに使ってほしいくらいだが、これも歴代星の姫セレイリが通った道だと思えば、仕方ない。


 本来は女神の代理として神事を司るのが星の姫セレイリだが、オウレアス紛争後の体制下、次第に政治的な面も持ち合わせるようになっていることに、エレナは違和感を禁じ得ない。


 それでも、国民に愛された星の姫セレイリであった母がすべきだったこと――エレナを授かったことによって成し遂げられなかったその務めを、代わりに引き受けるのが自分の存在意義だ。今晩は、上級の貴族が贈ってくれた物をいくつか、身に着けて祝賀会に参加する必要があるだろう。


「スタック公爵が下さったものは本日着けて行ってくださいね。あとは、レイザ公爵。それと……」


 次々と箱を開け、侍女たちは頭を悩ませている。無理もない。互いに対を成す意匠の物ではないので、それらを全て取り入れるとなると、いかに統一感を持たせた装いにするかが難題であり、主を飾り立てる役目の彼女らの腕の見せ所なのである。


 受け取り主のエレナをよそに、難しい顔をし始めた侍女のいつも通りの様子に、少し気分が解れる。張りつめた表情がやや緩んだことに気づいたメリッサが、肩にそっとショールを掛けてくれた。


「お疲れ様です、エレナ様。成人の儀は残念でしたね」

「ううん。そうでもないかも。お母さんのドレスはオウレアスで着れたし」

「仕立て屋を急がせた甲斐がありましたね」


 メリッサの微笑みはいつも優しい。その慈愛に満ちた眼差しを向けられると、言い知れぬ安心感を抱くのだ。それはメリッサがエレナの乳母であり、産みの母の友人でもあったからかもしれない。メリッサは、エレナがこの世に生れ落ちる前から、その誕生を待ちわびてくれていたうちの一人だった。


「ねえ、メリッサ。お母さんは」

「あ……!」


 不意に悲鳴を吞み込んだような声がして、口を閉ざして声の方に目を向ける。サーラだ。彼女は、眼球が飛び出すのではないかというほどに目を見開き、抱えた箱を驚愕の面持ちで見つめていた。


「なに、どうしたの」


 ショールを両手で押さえて立ち上がり、侍女に歩みよる。自分の失態に気づいたサーラが震えながら箱を抱き、慌てた動作で、横に置いていた蓋を被せた。


「い、いいえ、何でもありません。……非礼をお許しください」

「少し大きな声を上げただけで、あなたを罰したりしたことはないでしょ」

「ええ。そう、ですよね」


 サーラの目が泳ぐ。なおも腕を震わせている侍女のただならぬ様子に、眉根を寄せた。腕を伸ばせば手が届くところまで近づかれると、抱えていた手のひら大の箱を背後に隠そうとするのがいよいよ怪しい。エレナは無理やりそれを奪った。


「あ……。だめです!」

「私への贈り物よ。これがどうかしたの」


 サーラの必死の制止も耳に入らず、躊躇なく蓋を開けて、目に映った物に、血の気が引いた。サーラと同じように、箱の中を覗いてただ目を見開くエレナに、メリッサが駆け寄る。そこで彼女も肩を震わせた。


「そんな」


 その贈り物ほど悪趣味な物は、後にも先にも見たことはない。白い綿が敷き詰められたそこには、星の紋を刻んだ徽章と、一房の毛髪。それらが、乾いた血痕に赤黒く染まり、純白の綿をも汚している。星の騎士セレスダの見慣れた徽章と、その髪だ。


 誰が見ても明白なその意味を理解すると箱を取り落としそうになったが、辛うじて自制する。目を閉じて深呼吸をして、意識してゆっくりと言った。


「……黒岩騎士に渡し、送り主を探してと言って。それと、あなたたちは今見たことを忘れなさい。まだ、祭典は終わっていないわ」


 そう告げるのがやっとだった。

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