14 彼のいない日
※
「
司祭の声が扉の向こう側から聞こえる。エレナは飽きるほどに袖を通した貫頭衣を纏い、ゆるく一纏めに編み込んだ亜麻色の髪を左胸に垂らしたいつもの姿で、感情を押し殺した。雑念は無用。これから、
「問題ございません。蝕の様子はいかがでしょう」
「天文府によると、もうしばらくかと。始まりましたら、お呼びいたします」
「ええ、よろしくお願いいたします」
バルコニーに続く控えの室の中で、綿のきつく詰まった椅子に浅く腰を掛ける。膝の上に神笛を乗せ、すっと背筋を伸ばした。
流れは、先月のオウレアスでの日蝕の儀と大きく変わらない。祝詞を述べ、笛を奏で、民に祝福を与える。一つ違うとすれば、隣に控える
結局、彼は日蝕の儀までに戻っては来なかった。元々、日程的に余裕のない旅程だったので、街道で何等かの足止めに遭ってしまったのだろう。メリッサや、周囲の者たちはそう言って励ましたが、エレナはずっと前から、胸騒ぎを感じていた。
それが顕著になったのは、あの出立の日。何気なく、ヴァンが徽章を外した時だった。彼が本気で敵を返り討ちにしようとすれば、大抵の相手からは傷一つ受けないだろう。幼い日、腹を空かせた熊から守ってくれた時のように。だから、滅多なことはないだろうと、皆が楽観的に言うのだが。もちろん、ヴァンが怪我をしていないかどうかも心配ではあるが、エレナが最も気にしているのは、彼が自らの意思で、戻って来ないのではないかという点だった。
彼がずっと、自分の過去を気にしていたことは周知の事実だ。もともと、敵国の生まれであるヴァンの失われた過去がもし、星の宮や聖サシャ王国に不都合をもたらすのであれば、彼は自ら姿を消すかもしれない。薄っすらとした不安は、ずっと感じていた。
「
言われずとも、外がぐっと暗くなったので、その時が来たのだとわかった。エレナは腰を上げて息を大きく吸い込み、胸を張って少し顎を上げた。隣に立つ、代理の
「ハーヴェル卿、行きましょう」
「御意」
夜のごとく空の下に、滑るような足取りで歩を進める。月に遮られた太陽が、ぽっかりと空いた黒い穴の端から、花弁のような光を薄暗い空に放っている。あまり見つめてしまうと目が焼かれるので、民衆は
祝詞に民衆が応え、指を組んで
「
此度の祭祀を一寸の隙もなくこなした
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