8 王のもてなし
本滞在中の近辺管理は
途中、回廊に飾られた絵画や彫刻を指し示し、あれやこれやと説明をしてくれる姿に、好感を覚える。きっと、エレナが好むと思い、気を利かせてくれているのだろう。滞在用の部屋から広間まではさほど距離がないようで、早々に切り上げられてしまったリュアンの
侍従が
最奥を見遣り、すでに
「陛下、こちらが
エレナはドレスの裾をつまみ、膝を折る。
「お初にお目にかかります。お招きにあずかり光栄でございます」
慣習的に、神の子らは、
王は軽く頷いて応え、客人に席を勧める。侍従が引いてくれた椅子に腰掛け、周囲の押し隠した好奇の視線を受け流すため、わずかに口角を上げ、胸を張った。成人の歳とは言え、まだ十五になったばかりの
好奇の視線は、いつものように斜め後ろに木立のように気配を消して立つ、
「遠方までよくおいでくださった、
「お気遣いありがとうございます。とても素敵な雰囲気で気に入りましたわ」
微笑んで頷く
十年前の岩波戦争の折、この男は神官職についていたという。先代の
当時、
テーブルを囲む賓客は、王の家族と、波の神殿の要職者。他は上級の廷臣で、紹介を受けたが全員を記憶するのは不可能だった。周囲で繰り広げられる、表面的な会話に相槌を打ちながら、時にご要望通り上品に笑い声を立ててみれば、場の雰囲気は悪くない。それでも、心底歓迎されているわけではないのは、肌を刺す空気感でよくわかった。岩波戦争の傷は、まだ癒えていない。
会話の内容は大したことのない宴であったが、食事はやはり美味で、エレナとしては二点、舌の記憶に残る物があった。一点目は、塩の大地でも育つという、塩味のある奇妙な緑色の野菜を食したこと。二点目は、生まれて初めてお酒を嗜んだこと。
すでに女性の成人年齢である十五歳になってはいたが、成人の儀が終わるまではと、食卓に上がるのはいつも果実酒ではなく果汁だった。
禁じられているわけではないので、目の前のグラスに注がれた紅玉のような液体を少し口にしてみると、びりびりと舌が痺れる感覚の後、喉が焼かれるように熱くなった。言うまでもなく、最高級の果実酒だっただろうが、飲み慣れないエレナにとっては、その熟成した香りも甘味に混ざる苦みも、特別美味しいものには思えなかった。むしろ、匂いはなんだか古い部屋を連想させた。
そんな様子で、料理毎に新しい果実酒が注がれるのでもったいなく、全て飲み干す必要がないとは知っていたものの、かなりの速度で口にしてしまった。
普段なら、
「それにしても、
言ったのは王妃だったか。顔が
不意に、どさりと重い音が響き、心なしか地面が揺れた。酔いのため、幻聴が聞こえたのか。それともエレナ自身が倒れたのか。本気でそう思ったのだが、皆の視線を追い、背後を振り返って、絶句した。
「ヴァン」
酔いは一瞬で醒めた。血の気の引いた身体を叱咤し、慌てて助け起こそうと椅子を引いて、それから置かれた状況に思い至る。
「……私の騎士が、大変失礼をいたしました」
それから、心を鬼にして、振り向きもせずに言う。
「彼を、楽な場所へお願いします」
侍従や他の近衛に助け起こされたヴァンは、焦点の定まり切らない視線で主君を見遣ったが、微動だにしない華奢な背中から、意思を汲み取り、ただただ精一杯の礼を王に送った。
「誠に、申し訳ございません。……
「良い、気にするな」
気分を害した様子はなく、むしろ困惑した声音の返答に一先ず安堵したようで、ヴァンはそのまま大人しく場を辞する。扉が閉まる音が、エレナの胸に重く響いた。
「それで」
形式じみた憂いの視線を扉に向けた後、王妃が首を傾ける。
「何のお話をしていたかしら」
「……私の滞在日程の話ですわ、王妃陛下」
そんなことよりも早くヴァンの様子を確かめに行きたかったが、ままならぬ身に焦燥感が募る。いよいよ心労で痛みだした胃をテーブルの下でさすりながらも、胸から上は完璧な
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