5 入城

 そのまま馬車は、首都を囲む深い堀に架かる跳ね橋をがたごとと進み、城門をくぐり抜けて街に入る。人目があるので、いよいよ忍んで外を眺めることすら禁止されたエレナは、振動で身体が軋むのに耐えながら、御者ぎょしゃの停止の合図を心待ちにしていた。


 やっとのことで停車し扉が開くと、午後の日差しが差し込み、目に痛い。目を慣らしてからヴァンに助けられて下車すると、旅装の長靴ちょうかが触れたのは、よく整えられた石畳だった。王宮の敷地内のようだ。


「長旅お疲れ様です」


 俊敏な敬礼を受け顔を上げれば、見慣れた黒岩騎士の黒衣と、初めて見る紫色の隊服。先に到着していた聖サシャの騎士と、オウレアスの紫波しは騎士団の者だろう。


「あなた方も、出迎えご苦労様です」


 星の姫セレイリねぎらいいに軽く会釈をし、オウレアスの壮年騎士が、一歩進み出る。


「お会いできて光栄です。紫波騎士団副団長のリュアンサン・バークと申します。お気軽にリュアンとお呼びください。お疲れでしょうから、さっそくお部屋までご案内いたします」


 王宮の造りは、聖サシャ王国のものと大差ない。もともとは同じ国であったのだから、当然のことだろう。若干の意匠の違いは、外国だからというよりは、この地も含めてサシャ神国であった時代から続く、文化の差によるものであろう。


 わずか八十年ほど前に起こった内戦であるオウレア紛争により、今でこそ別の国家となっているが、元はと言えばこの地もサシャ神国北方の一地方だった。この王宮は、波の御子オウレンの離宮として使われていたものを建国前後に改築し、徐々に城として整えていったらしい。


 客室として用意された部屋は適度に広く、オウレアスの象徴色である藍色を基調に統一されていた。華美ではないが、すべてが上質で、北方の堅実な気風を表しているようだった。


「素敵なお部屋ですね」

「お気に召されたようで光栄です。短期のご滞在、残念ではありますが、ごゆっくりお過ごしください」


 案内役のリュアンがにこやかに言い、壁際に控えたオウレアスの侍女に視線を遣る。


「何かあれば彼女らにお申し付けください。御国のお側仕えの方々に御用でしたら、隣の部屋にいらっしゃいます」


 武人らしからぬ柔らかな物腰の騎士に礼を述べる。リュアンは微笑みを絶やさない。国民性なのか、ヴァンに似た印象を受けた。


「今宵はささやかながら宴を予定しております。お時間になりましたらお迎えに上がりますが、それまでいかがお過ごしになりますか」


 外出の予定はあるのかという意図だと察するが、ヴァンが先ほどの約束を実行してくれた。


「リュアン卿、一つお願いが」

「なんなりと」


 壮年の騎士は、息子ほどの若い騎士に対しても、柔和な対応だ。少し首を傾け、続きを促す。


「差支えない範囲で構いませんので、星の姫セレイリに城内を案内してくださいませんか。ご存じの通り、今回の訪問は可能な限り人目を忍んでおりますため、城下に出ることは控えたいのです」


 少し困ったようなリュアンの表情を見て、今更ながら、自分の申し出がいささか配慮に欠けていたと気づく。岩波いわなみ戦争により友好協定を結んだとはいえ、オウレアスは敗戦国。実質上聖サシャ王国の属国となった国である。


 先日のヴァンの報告にもあったように、国内には再独立を志す反体制勢力が蔓延はびこる。正式には神殿の所属とはいえ、聖サシャ王国に暮らす星の姫セレイリに、堂々と城内の構造を明かすだろうか。


 無謀なお願いをしてしまったことを申し訳なく思い、依頼を取り消そうとしたが、それを察したリュアンが片手を上げて制した。


「いえ、失礼。そうですね、私の一存では決めかねますので、いったん持ち帰らせていただいても? 陛下の了承が得られましたら、改めて参ります」


 無論、異存はない。リュアンの背中を見送りさほど経たぬうちに、彼はにこやかに戻って来る。波の王オウレスから許可が出たため、準備が出来次第案内してくれるとのことだった。


 当然、部外者に見られても問題のない範囲の見学だろうが、かつて波の御子オウレンが暮らした城である。星の宮にも、神話を模した壁画や彫刻、いわれのある調度品、歴史のある遺構等が多々あったので、ここでは何が見られるのかと、心が躍る。


 リュアンを待つ間に旅装から着替えていたため、改めての準備は不要だった。約束通りヴァンに自由を与え、エレナはリュアンと、黒岩騎士からも二人随身ずいしんを従え、早速四人で小見学会に出発したのである。

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