3 彼の仕事
選ばれし
そのため、昨年成人するまでは、仕事らしい仕事はなく、せいぜい前任者に付き従って補佐業務にあたる程度であったので、ほとんどの時間をエレナと過ごしていた。
当時はそれが当たり前だったので何とも思わなかったのだが、この一年、宮中の管理業務に忙殺され、時には今回のように
滞在期間で若干揉めていたオウレアス訪問については、事前準備の必要な侍女と警備担当の一部が先に入国して計七日ほど滞在し、エレナと側近はヴァンの提案通り、祭典の前日にオウレアス王宮に入る予定で決定した。
明日早朝、荷馬車と侍女と黒岩騎士の一班が、オウレアスに向けて出立する。ヴァンはエレナと共に移動をするが、昨年より星の宮の守護を任されている身のため、事前に荷馬車や備品の様子を確認する必要があった。
建前上は、この宮の護りに関する全責任を担っている。無論、年若いヴァンでは全てを的確に切盛りすることは出来ないため、前任者の助言を仰ぎつつではあるのだが。
「そういえばサーラの出身はオウレアスだったわよね」
「うん、そうなの。うちは
「そのころだったら、あんたまだ一桁の年齢? 覚えていないって言っても、一つや二つ思い出の場所とかあるんじゃないの」
「そうねえ。よく遊んでたのは塩の噴水とか」
「ああ、あの有名な」
衣服や装身具を柔らかな綿で包みながら、侍女が雑談に花を咲かせているのが聞こえる。口の動きに反比例するように、手の動きが滞っているようだが、それを咎めるのはヴァンの職務ではない。とはいえ、
なんとか気配を消して通り過ぎたかったが、あいにく、目の前を横切らなくては隣の部屋に行くことができなかった。時期を見計らっているうちに、更に話が盛り上がるようだったので、ヴァンは無関心を装って、物陰から侍女の前に進み出た。
「そういえば
なんとも間が悪いことに、自分の話が出たのと同時に足を踏み出してしまった。あ、と声を漏らした侍女が、弾かれたように立ち上がり、頭を垂れた。
「大変申し訳ございません」
「いや、謝ることはないよ」
本心で言ったものの、恐縮しきっている侍女二人が不憫に思え、こちらから雑談を交えてみる。
「君もオウレアスの出身なんだね。確か先遣隊には交代で自由日があるはずだから、少し街に出られるといいね」
「はい。式典の前日……ちょうど
おそらくほとんど自由時間がない
「いや、僕は首都ではなくて辺境の出身だから。時間があったら首都観光でもしたいけれど」
そんなことをすれば、十中八九エレナは拗ねるだろう。彼女だけは、厳重に守護されたまま外には出ず帰国する旅程となっている。不憫だが仕方がない。
そんなヴァンの気持ちを知らず、侍女サーラは無邪気に提案した。
「でしたら、お時間が合いましたら私が街を案内しますよ。当日でも良いので、よろしければお声がけください」
「ありがとう。考えておくよ」
故郷の人々の暮らしを見たい気持ちはあったが、窮屈な旅程なので、難しいかもしれない。
もともと仕事が立て込んでいたので、そろそろ頃合いと思い、少し緊張の解けたらしい二人に別れを告げようとした時、図ったような間合いで聞き慣れた呼び声がした。
「ヴァン、ここにいたの」
「
一部の側近の前以外では、いつものくだけた態度はなりを潜め、臣下然として胸に拳を当てて一礼する。同じようにスカートの裾を持ち上げた侍女二人に目を向け、エレナはやや弾んだ動作で、腕に抱えた布の塊を机に置いた。どうやら、ヴァンではなく侍女に用事があったらしい。
「ほとんど荷造りが済んでいるところ申し訳ないのだけれど、これも持って行ってくれる」
「まあ、素敵。衣装はこちらにされるのですか」
「そうね、気候次第かなって。オウレアスは寒いかしら」
「この時期でしたらさほどかと。いずれにせよ、こちらをお召しになる可能性があるのでしたら、髪飾りは真珠も持って行った方が良さそうですね。それと……」
楽し気に女性同士の話が始まってしまい、ヴァンはお暇するきっかけを得ることができた。軽く一言をかけて無事に隣の部屋に移動することができる。抱えた書類に目を落とせば、積荷の確認は残すところ、あと二台分。
これが終わり、先遣隊が出発すればいよいよ、エレナを乗せる馬車の検査が待っている。終戦後初の、
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