第8話 : 迷宮の主

————『ハルツ迷宮』。この迷宮を抜けなければ、映太たちは次の目的地『ファランクファルト』聖王騎士団の本部があるこの街を経由して、魔王国へと向かうルートを選択した一行。


 迷宮の入り口に足を踏み入れていく。


映太シフト——— 一撃で死んでしまう映太を真ん中に等間隔で前に慶三郎、右に官介、左に阿子、後ろに五郎が布陣したまま、進んでいく映太絶対防御シフトである。


 このまま、迷宮の中を進む一行。


 このハルツ迷宮は、主に小鬼ゴブリンのモンスターが生息している。


 皮膚は黒緑色をしていて、背丈は小学生ぐらいの小ささだ。

 

 先頭の慶三郎が、次々と現れる小鬼を薙ぎ払っていく。

 

 小鬼だけではない。コウモリやサソリ、毒蛇のモンスターと種類は多い。


 官介が、コウモリのモンスターを弓矢で撃ち落とす。


 阿子は、炎の魔法を放ち、慶三郎をサポートする。


 後ろから姿を現す敵は、五郎がいつも通り蹴散らしている。


 モンスターは、魔王国へ近づくにつれて、強くなっている。だが、それ以上にこの四人も強くなっていると映太は感じた。


 もう迷宮に入ってから3時間は経つだろう。


 モンスターの多さも問題だが、一番の問題は、“蟻の巣のような通路である。”


 この迷宮は、所々に分かれ道があり、行っては戻り、行っては戻りを繰り返していた。


 この迷路は、五人の体と心に疲労感を刻んでいった。


 なんとか前へ前へと進み、急にとてつなく広い空間に出た。


 床は、確実に人の手が加えてあり、昔にここを人間使っていたのであろうと思った。


 ひとたび、音が立てば、広い空間に反響する。


 「光の道標イルミネート!」


 阿子が、強い光を発する玉を空中へと浮かべる。


 すると、慶三郎が何かに気づく。


 「なんだあれ?........亀の甲羅?」



 それは、とても大きな灰色した小山のような物。部屋の真ん中が盛り上がっているのかと思っていたが、確かに近づくにつれて、亀の甲羅のように見える。


 「これなんだろーね?」


 阿子がそう呟いた瞬間、亀の甲羅のように見える後ろから、真っ白な大蛇が顔を出した。


 「!!!」


 五人は、一斉に間合いを取り、見構える。

映太は、隅の方に身を隠しながら様子を見守る。


 確かに、小山のような物は巨大な亀の甲羅であった。白い大蛇は、この甲羅の中を住処にでもしているのだろうか。


 大蛇は、大きな頭をについた鋭い目で四人を睨みつけている。

 

 細長い舌を頻繁に出し入れしながら、一人ずつ見定めている様子だ。


 五郎と慶三郎がほぼ同時に動いた。

慶三郎が左右へと移動し、大蛇の視線を逸らしている最中に五郎が切り込む。


 移動速度、剣速ともにダルシードとの決闘から一段と磨きがかかっているように見える。


 一瞬にして、何回斬ったか見えないほどの速さで大蛇の体に剣を入れる。


 両断とはいかないものの、大蛇にダメージを確実に与えている。


 悶えている大蛇を確認し、慶三郎が空中へと跳躍する。


 「大雪山ダイセツザン!!」


 慶三郎は、大剣を鋭く、かつ速く振るう。

慶三郎の大剣は、空気を切り裂くのが視認できるほどの速さと力強さ。


 大蛇の頭と体が真っ二つになり、頭が床へと落ちる。


 慶三郎は、甲羅の上に着地し、自慢げな表情を四人に向ける。


 「慶三郎!!!!」


 遠くから弓を構えていた官介が叫ぶ。


 斬ったはずの大蛇が、何もなかったかのように復活しており、その大きな頭で慶三郎へと突進する。


 慶三郎は、油断したのか回避行動が間に合わない。


 「火炎の球フレイムボールっ!」


 咄嗟に阿子が杖を構えて叫ぶといつもより大きな火の玉が、大蛇の横へぶつかる。


 衝撃で大蛇の頭が少しズレたおかげで、慶三郎に直撃は免れたものの、慶三郎の体を後方へと吹き飛ばす。


 そのまま、大蛇は方向転換して、まだ体勢が整っていない慶三郎へと突進する。


 「バーサクッ!!!!」


 慶三郎は、一瞬に判断してスキルを使った。


 

バーサク——— 慶三郎のスキルで、5秒間、全ステータスが10倍。効果が切れると10分間、ステータスが元の数値の30%に低下する。このスキルは、前回の使用から1時間のインターバルを得て再度、使用可能になる。


 という物だ。

赤黒い光のようなモヤが、全身から吹き上がり、慶三郎の全身を纏う。


 体勢を崩しながらもその身体能力の底上げにより、体を反転させ、跳び上がると先ほどより凄まじい一撃で大蛇の体を縦に裂く。

 

 しかし、縦に裂かれた大蛇は、左右が別の大蛇へと再生し、二又の大蛇になった。


 間髪入れずに五郎が頭に斬りこむ。


 慶三郎もそれを見た瞬間に踏み込み、二又になった大蛇を根本から横一閃で切り落とす。


 しかし......先程と同じように大蛇の体はすぐに何事もなかったように斬ったところから一瞬で再生する。


 そして、慶三郎のスキルの効果時間が切れた......


 慶三郎は、普段の3分の1ほどになった速さに違和感を覚えながら、後ろへと下がる。


 慶三郎の盾になるように、阿子と五郎がカバーに入る。


 大蛇は、大きく空気を吸い込むように喉元を膨らませると、黒色の霧のようなものを吐き出す。


 「大風の大瀑布ウインドフォール!!」


 阿子が、上から下へと、とてつもない風量の風を引き起こす。


 まるで風の壁のようだ。

 それにより、大蛇が吐き出した黒い霧が拡散された。


 遠くから弓を構えて、打開策を探す官介は、甲羅が本体なのかと考え、甲羅に向かってアズブルグのアイテム屋で購入した『火の矢』を放つ。


 しかし、弓矢は甲羅に弾かれる。


 「阿子!!北の迷宮の時に扉を壊した魔法で甲羅を狙え!!!」


 咄嗟に切り替え、そう叫ぶ官介。


 阿子は、一回頷くと大声で叫び、杖を甲羅に向けて振りかざした。


 「危機的超爆発ビックバンクライシス!」


 甲羅に辺りの空気が集中すると一気に膨張する様に爆発が起きる。


 以前、北の迷宮探索の際、びくともしない主がいる部屋の扉を木っ端微塵にした魔法。


 爆発し終えると熱風が吹き荒れる。


 5秒間ほど続く熱風。


 もし甲羅の中に大蛇の本体がいれば、蒸し焼きにできるだろう。


 官介の狙いはそこにあった。

勿論、甲羅を破壊できれば最良であるが、壊せなかった時の可能性も視野に入れていた。


 無情にも甲羅は、少し焦げついた程度であった。


 阿子は、急いでMPポーションを飲む。


危機的超爆発ビックバンクライシス——阿子の使える魔法の中で与えるダメージは、一番高い。だが、MPが全快の状態でも一回しか使えない魔法であった。


 その時、甲羅が持ち上がるように動き出した。

亀のような、とても太い足が四本、甲羅から下に伸びている。


 足は、家ぐらいの大きさがあり、重量と皮膚の硬さが表面からでもわかる。


 状況が飲み込めない五人。

そして、前からとても大きな亀のような頭が出てくるのを見て、五人は、巨大な物の全体像を理解した。


 とてつもなく大きな亀の尻尾が、先程まで戦っていた白い大蛇であった。


 「ま....まじか.....」


 さすがの慶三郎にも見せる余裕はなかった。


 次の瞬間.......巨大亀は、右前足を上げ、床に下ろす。ただそれだけの動作だ。


 地響きのような衝撃音で地面が大きく揺さぶられる。

 揺れが地面に立つ者の身体にまで伝わる。


 「な、な、に、こ、れ」


 揺れが身体を震わすことで、地面から足を離すことができない。

 つまり、動く事ができない。必死に足を動かそうと、もがく五人。だが、揺れは収まらない。


 そして、巨大亀は、左前足を同じように上げるとそのまま地面に下ろす。


 今度は、踏み下ろした足を中心に衝撃のmが波のようになって周囲へ広がる。


 そして、一番近くにいた阿子の身体を.......


 「あ、阿子!」


 阿子の後ろにいた五郎、慶三郎も同じように衝撃の波に飲まれ、身体が弾く。


 映太は、よく知っている。この世界に来て、百は超える回数を経験したからだ。


 そして、波は運良く届かない離れた場所にいた官介もよく知っている。この世界に来て、百は超える回数を見たからだ。


 それは、“死”。


 体が白い光に包まれ、それへと飛んでいく。

勇者一行は、死んでも一番近くの教会で生き返る。


 だが、映太以外が死んでしまったのは、初めてだった。


 衝撃と揺れがやっと収まると、その空間には映太と官介、そして巨大亀のみ。


——映太は、劣等感を抱いていた。それは現実世界でもそうだったかもしれない。

 この世界に来て、強く自分の無力さと四人の強さを痛感していた。

 

 同時に信頼と憧れも抱いていた。 


そんな四人中三人が...


 本当の死なないにしてもショックであったし、このどうにもならない非情な状況に思考が停止する寸前であった。


 「映太!カイセル達を出すんだ。骸骨狼スケルトンファングに乗って、右手で触れ!」


 官介が弓を亀に射ちながら叫ぶ。


 官介はまだ諦めていない。そして、まだ手はある。


 映太は、指輪を掲げる。頭の中でイメージ。どれだけの数、種類を出すのかを明確化する。


 すると、黒煙が大量に出てくる。

そこにはカイセル、骸骨騎士ワイトナイトをはじめ、骸骨兵士スケルトン骸骨剣士ワイトセイバー骸骨狼スケルトンファングなど総勢1000体を召喚した。

 

 「カイセルさん、みんなを指揮してあの亀の注意を逸らしてくれ!

 骸骨狼スケルトンファング!俺を乗せてあの亀に触れるぐらい近づいてくれ!」


 そう指示する映太。


 「御主人様の仰せのままに。皆の者、亀を動きを止める。我が主人様が右手を触れられるように引きつけるのだ。」


 カイセルは、しっかり狙いを理解し、配下たちに指示を出している。


 映太も官介の言う事を全部理解したつもりだ。


 骸骨狼に跨ると、走りだす。

亀は、尻尾の大蛇を使い、周りの骸骨たちを薙ぎ払う。

 

 映太は、その間に後ろへと回り込む。


 官介は、なんでも入るアイテムポシェットから一本の矢を取り出す。


 『万雷の矢』——アズブルグのアイテム屋で買った物で力を込めると雷を矢が纏い、貫通力も上がる。


 そして弓を構え、巨大亀を狙い、いつでも映太が触ったら射てるよう、タイミングを逃さないように。


 一方、巨大亀の前では、カイセルの指揮の下、骸骨たちが亀へと襲いかかる。


 亀に近づく前にダメージを与える事はできないが、注意をうまく引きつけている。


 骸骨狼に跨がる映太は、亀に触れられるもう一歩という所に来ると、骸骨狼は、加速する。


 真正面は、骸骨たちが群がり、亀の動きを封じている。


 亀は、再び足を上げるが、骸骨たちは、主人のために足にへばりつく。


 亀は、踏みつけるも骸骨の群れで振動が地面に上手く伝わらない。


 「バキバキバキッ!」


 踏まれた事によって、骸骨の骨が砕ける音が響く。


 「届く!!」


 そう映太は確信した。


 だが、大蛇が横から亀に近づく映太と骸骨狼に気づき、襲いかかる。


 その瞬間、カイセルが一瞬で大蛇を輪切りにした。

 

 映太が見た時には、カイセルはすでに剣を鞘に納めようとしている。


 盗賊の写見小手スキルコピーハンド——身につけている者のステータス、スキルを触れた相手にコピーする能力。


 つまり、映太が付けている右手で触れる事ができれば、この怪物はステータスがオール“1”になる。


 今まで成功した事がない。

だが、ハルツ山の山道で官介が、骸骨の中に機動力があるモンスターがいないか?と提案し、

映太は、カイセルに尋ねた。


 そして、骸骨狼スケルトンファングの存在を知り、跨がる方法はどうかと試していたのである。


 映太の右手が巨大亀に触れる。


 「官介!!今だっーーー!!!」


 力いっぱい叫ぶ映太。あまりの勢いに骸骨狼の上から投げ飛ばされる。


 官介は、ずっと亀に狙いを定めていた弓を引く。


 矢は、電気を周りに放電しながら音を立てて、亀の顔へと飛んでいく。


——そして、雷の矢は、巨大亀を貫いた。


その巨大な身体が力なく、地面へと倒れる。


 そして身体が消え、北の迷宮の時とは、比べ物にならないほどの金貨やアイテムの山が現れた。

 

 生き残った骸骨たちは、手を挙げ、喜びを表現する。


 1000体ほど召喚したが、今となっては100体以下である。


 「やった......やったぞぉーーー!!」


 床に飛ばされた衝撃で、数回死んでしまったため、少し記憶がないが、状況を理解すると叫び喜んだ。


 官介も映太に走り寄る。


 「映太、やったぞぉーー!!」


 「ご主人様、お見事でございます。」


 カイセルも骨をカチカチ鳴らしながら拍手をする。


 「カイセル!みんなもありがとう!!」


 映太は、頭を深々と下げる。


 「礼には及びません。では、私たちはこれににて」


 カイセルと残った骸骨たち、骸骨狼の体が黒い煙となり。指輪へと吸い込まれていった。


 「早く、五郎たちと合流しなきゃ!」


 広い空間に官介と映太の二人。

映太は、そう言うとアイテムの山にも目をくれずに走り出そうとする。


 「落ち着いて、映太。」


 官介は、冷静に地図を広げて映太を呼び止める。


 「僕たち勇者は、死んでも一番近い教会で生き返る。そうだよね?」


 官介の言葉で一旦、深呼吸をし、映太は頷く。


 「多分、ここから一番近い教会はアズブルグだよ。周りに村はあるけど、教会は無いと思う。」


 地図を指でなぞりながら官介は、自分の推測を話した。


 「アズブルグに戻るには、一度ここを出て、ハルツ山を北か南に迂回しなきゃいけない。どんなに早くても1ヶ月はかかる。」


 入ってきた入り口は、先程の亀の攻撃のせいか、岩で塞がれており、戻る事は不可能だった。


 「もし、五郎たちがアズブルグで生き返ったとして、1ヶ月かけて戻っても、すれ違いになる可能性もある。だから、僕らは、このままファランクファルトに行くべきだと思う。」


 五郎たちならそう判断すると読み、当初の目的地に行くべきだと官介は主張した。


 「それに、映太は今“身代わり人形“何個ある?」

 

 映太は、アイテムを確認する。


 「えっ......もう3個しかない.....30個近くあったのに....」


 「やっぱり。それだと戻る際に死んでしまう可能性が高いよ。勿論、先に進んで死んでも同じだけど、一番の問題点は、いま映太は、幽霊王ゴーストマスター盗賊の写見小手スキルコピーハンドを持ってる事だよ。」


 ハッとする映太。


 映太が実際に教会で生き返ったのは、最初の3回だけで、あとは、身代わり人形のおかげですぐにその場で生き返っていた。


 そして、そのおかげで教会で生き返るとどうなるのかなどは、官介も映太も良く知っていたのだ。

 

 教会で生き返ると、所持しているアイテムが全て無くなった状態で再スタートする。


 アイテムというのは、装備品なども含めて所持している物全てが対象になる。


 以前は、何を持ってもステータスが変わらない映太は、持っていてもその辺で安く買える物のみだったので特に気にしなかった。


 それに、ずっと身代わり人形に頼っていたため、教会で生き返るという事を忘れていた。


 今の映太は、世界に同じ物は二つとないSランクアイテムを2つも所持しているのだ。


 それを無くすという事が、映太自身にとってどれだけ重大なのか、映太自身も官介も理解していた。


 「そう考えるとファランクファルトに行って五郎たちが来るのを待つ方が、利点があるだろ?

 今焦って、五郎たちとの合流を優先するよりね。 

 途中の村とかで身代わり人形も補充出来るかもしれないし」


 映太は、コクコクと頷き、官介とともに前に進むことにした。


 —————幸運にも巨大亀がいた場所からハルツ迷宮を出るまでの道には、モンスターはおらず、ただの一本道であった。

 迷宮を出ると、目の前に大平原が広がっていた。

地平線には、太陽がちょうど今頭を出している。


 「朝まで迷宮の中にいたんだね。」


 ハルツ迷宮にほぼ1日いたようで、二人は精神的にも体力的にも疲れ果てていた。


 五郎たちと初めてこの世界で離れてしまった。


 気持ちを落とすも次の目的地『ファランクファルト』を二人は目指す。


 




 




 





 

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