第9話 : ギーセン

———ハルツ迷宮を出てから2日。

 大平原をひたすら西へと向かう官介と映太。

モンスターは出現するが、強いモンスターはいないようで官介が一人でも対応できる。


 途中途中で休息しながらも歩を進めるが、ポシェットの中に入れていた非常食は、底を尽きそうであった。


 「映太、今日は、この辺で寝ようか」


 官介が地図を確認して、街道沿いの木の下を指差す。


 ポシェットからテント出し、簡易的な椅子を出し、腰掛ける二人。


 「映太これで最後だ。明日中に村に着かないと食べる物ないぞ」


 大きな葉に包まれて、正方形に整えられたパンのような非常食をパリパリと食べる。


 まだ2日程度だが、これしか食べていない。


 「贅沢は言えないけど違う物食べたいよね。」


 映太が、残念そうに言う。

 

 「明日は、早朝から街を目指そう。ギリギリ着く距離に町があるみたいだ」


 映太は、指輪をかざす。黒い煙とともに、骸骨騎士ワイトナイトを3体召喚する。


 カバリオン3兄弟———生前、カイセルの部下であったであろう3体。官介が集めた情報により、多分そうだろうと言う事で名前をつけた。


 「今日も警護をお願い!」


 「かしこまりました。ご主人様。」


 そう頭を下げると3体は、散らばっていく。

大平原には、強くはないがモンスターが生息している。


 映太は、一撃でも攻撃を受ければ死んでしまう。

頼みの身代わり人形も残すところあと3個しかない。


 なので、寝る時は、警戒させるようにしている。


 官介が明かりを消し、就寝してまだ1時間経っていない時。


 「!」


 「なんの音?」


 外で大勢の足音と剣を交わす音、何を言っているか分からないが、人の声がする。


 テントの外に出て状況を確認する官介と映太。


 そこには、骸骨騎士ワイトナイト、映太の召喚したカバリオン3兄弟が長男“リマド”に数人の兵士が、剣を向けて戦っていた。


 それを見て、咄嗟に映太は、リマドを下がらせる。

 

 「リマド殺すな!下がって!」


 すると素直にリマドは下がり、指輪へと消える。


 その光景を見て兵士たちは驚いた表情をしている。

 

 骸骨騎士は、上級のモンスターである。まだ戦闘が開始したばかりであったので、死亡した兵士はいない。


 とりあえず、映太も官介も、ほっと一安心した。


 「ごめんなさい!今のは私の使い魔みた...」


 「君たち!何者だい??今のは一体?」


映太が言い切る前に興奮した兵士、位が高そうな男が聞いてきた。


 興奮してる様子である。男は、金髪の髪に褐色の肌。とても整った顔立ちである。


 甲冑で一目でわかるが、聖王騎士団の所属だろう。


 「えっと...今のはですね....」


 「おっとすまない!挨拶を忘れていた。私は、メンフィス・ユーフラテス。聖王騎士団第四軍団所属

ギーセン地区の隊長。以後お見知りおきを!」


 丁寧に説明するメンフィスは、綺麗にお辞儀した。


 「あ、ど、どうも。私は草映太と申します。こちらは、黒田官介。」


 「どうも、映太君に官介君。ところで今のは?」


 グスタフの件もあり、勇者だとかは言わない方が良いだろうかと映太は、戸惑っていたが、メンフィスは、気さくそうな人だと思い、全てを話す。


 一旦、さっき消した焚き木にもう一度火をつけ、周りに座る映太と官介、そして聖王騎士団。


 「なるほど!君たちは勇者だったか!状況は理解した!こちらも死人は出ていないからね!気にしなくて良いよ!」


 うんうんと頷きながら元気にメンフィスは話した。


 「本当にすみません。」


 映太は、頭を何度も下げ謝る。それに対し、特に気にする様子もないメンフィスは、勇者という点も特に気にしていなかった。


 「もし、困っているなら、うちの馬車でギーセンまで送ってあげよう!」


 ギーセンとは、ハルツ山からファランクファルトの中間に位置し、南部から首都リンベルへと向かう旅人や商人が休憩使う宿場町であった。


 宿場町と言っても、映太たちが最初に滞在した田舎街リュンフェンに比べたら大きな街である。


 メンフィスは、そのギーセンの街を統括しているそうで、とても人柄が良く、部下にも好かれているのがわかった。


 馬車に乗り、3時間ほどでギーセンに到着するらしい。


 その間、映太と官介は、メンフィスとメンフィスの姪っ子で隊の補佐を務めるハトホルという女性と色々な話をした。


 ハトホルは、映太たちと同じ年齢で、黒髪にメンフィスと同じように褐色の肌をした美女だった。


 まず、メンフィスは、勇者に対して負の感情は持っていないとの事で安心した。


 メンフィスは、南の地方の出身らしく、名家の出だそうだ。


 ユーフラテス家とは、現在の聖王国の三大名家の一つである。


 南部の聖王国第二の都市『グーテンベルグ』を拠点に南部の治安維持をしている聖王騎士団第二軍団の上層部は、ユーフラテス家の出で埋め尽くされているそうだ。


 それが嫌でメンフィスとハトホルは、第四軍に移動し、ギーセン地方を任せられているのだと話してくれた。


 「私もこの世界を回ってみたいなー」


 ハトホルは、映太たちの話を聞いてそう呟く。


 「でも、君たちがハルツ迷宮であった巨大亀だが、もしかすると四大聖獣の一匹かもしれないね!

しかし、ハルツ迷宮にそんなモンスターがいるとは聞いたことがない!」


 メンフィスが映太達の話を聞き、疑問そうに言う。


 実際、今回の五郎たちが死んでしまった事について、官介が責任を感じていた。


 その理由の一つに“情報不足”があった。

もし、あんな化物がいると知っていれば、対策、準備をしっかりしたはずだった。


 そして、メンフィス同様に、官介が情報収集するために話を聞いた人たちは、巨大亀がハルツ迷宮にいた事を知らなかったのでは。


 官介は、途中からそう考えていた。あそこまで強い化物だと噂は嫌でも立つはずなのだ。


 「メンフィスさん、四大聖獣ってなんですか?」


 映太は、あまり人付き合いの積極的なタイプではない。幼馴染四人を除いてだが。


 そんな映太が何かを質問するのだから、メンフィスは、とても接し易い人間なのだろう。


 「四大聖獣というのは、まあ、昔話に出てくるとても強い四体のモンスターの事さ!」


 メンフィスが簡単に言うものだからハトホルが呆れた顔をして説明し始めた。


 「四大聖獣っていうのは、聖王国ができる前にこの大陸を支配していたって言われているモンスターなの。

 その後、聖王国の初代国王になるイエリス一世が仲間と共に四大聖獣を倒し、聖王国を建国した。

って言われているのよ!」


自慢気な顔を浮かべるハトホル。


 「それで、その四大聖獣の名前が、“白虎”、“青龍”、“玄武”、“朱雀”って言われてるの。

 玄武っていう魔物が、巨大な亀で尾が大蛇なのよ。」


 「まあ、本当にいたかも分からないけどねぇー」


 最後に、そう付け加えるハトホルの顔は、少し残念そうだ。


 すると、馬車の外に馬に乗った兵士が叫んでいるのが聞こえた。


 「メンフィス隊長、そろそろギーセンです。」


 「わかった!着いたら各自、詰所に戻ってくれ!」


 メンフィスが言うと、兵士は返事をして、他の兵士たちの元へ駆けていった。


 「さあ、そろそろ着くよ!大きい街ではないが、ゆっくりしていってくれ!君たちは、ファランクファルトに行きたんだったね?」


 「はい。仲間とそこで合流する予定なんです。」


 官介は、そう返事するが、映太は本当に合流できるのか心配ではあった。


 「そうか!じゃあ、一ヶ月ほどギーセンに滞在してくれれば、“エレファンティス”に乗せてあげるよ!」


 メンフィスの言葉に意味がわからない様子で頭を傾げる映太と官介。


 それを見かねてか、ハトホルが再び説明する。


 「エレファンティスっていうのはね、大きなモンスターでエレファンティスに大きな馬車を引かせて移動するのよ。これが一番この世界で早い移動手段なの。」


 二人が関心したように相槌を打つのを見て、さらに自慢気になりハトホルが続ける。


 「一ヶ月後にファランクファルトで聖王騎士団の全体軍議があるのよ。それにメンフィス叔父さんも出席するの。その時エレファンティスで向かうから一緒に送っていくよって言いたいのよ。」


 「はっはっはっ!ハトホルの言う通りだ!」


 そう笑いながら言うメンフィスを横目に呆れつつもハトホルが補足する。


 「ここから歩きじゃ、ファランクファルトまで一ヶ月以上かかるわ。

 エレファンティスなら1週間ぐらいで着くの。

途中に街などもあまり無いから道のりも厳しいわ。」


 映太を見るハトホル。


 「さっき聞いた話だと映太さんは、身代わり人形が必要なんでしょ?ギーセンの街にはあまりアイテムが入ってこないから、買えても5個程度。

 それで途中休憩無しで一ヶ月以上歩くのはきついと思う。」

 

 ハトホルの説明は、ごもっともである。


 途中の数少ない街でも売っていなかったら。

今一番避けたい事は、

 “死んでどこかの教会に飛んでしまい、さらにSランクアイテムを無くす事”


 それに期間を見ても一ヶ月ここに滞在してもエレファンティスで送って行ってもらった方が、確実かつ速い。


 「メンフィスさん。すいませんがお願いできますか?」


 官介がそう聞く。


 「勿論だとも!その代わり、君たちの力を私の隊に貸してくれないかい?」


 「?」


 「ただとは言わない!ファランクファルトまで連れて行くのはもちろんだが、ギーセン滞在中は、駐屯地の宿舎を使っていい!どうかな?」


 「勿論、メンフィスさんの頼みであれば、文句はないですが、何をすればいいんです?」


 映太は、少々戸惑っていたが、条件的にもメンフィスの人柄的にも特段、悪い頼み事ではないだろうと考えていた。




 一行は、ギーセンの街に着くと聖王騎士団ギーセン支部の兵舎に向かった。


 ギーセンは、大きくはないが、とても活気がある街である。


 たくさんの宿屋があり、街の中は、宿泊者で溢れていた。


 兵舎に着くと、メンフィスとは別れ、少しの時間だが、ハトホルが街を案内してくれた。


 宿以外は、そこまで発展していないようで、途中アイテム屋に立ち寄ったが、買えた身代わり人形は二つだけだった。


 兵舎に戻るとハトホルは、明日からの会議があるとの事で詰所に向かっていった。


 兵舎の一室。8畳ほどの広さに窓が一つ。

シングルサイズのベットが二つ、両側に置かれているだけの質素な部屋だった。


 久々のベッドの上で、官介は呟くように言う。


 「作戦をミスったな。もっと早く、阿子の魔法が効かないと分かった時点で、亀のステータスを下げる方に変更していればな.....」


 仰向けにベッドの上で寝転がりながら、二人は言葉を交わす。


 「官介......それは、違うよ。いつも僕がみんなに頼ってばかりだから。もし、みんなにも身代わり人形を分け与えていれば。」


 「それこそ違う。あの攻撃は、普通に身代わり人形を持っているぐらいじゃ防げなかった。それにみんな持っていたよ」


 官介の言う通りであった。阿子も五郎も慶三郎も、身代わり人形を持っていた。


 勿論、自分で使うためという役割もあったが、映太のための予備という意味合いの方が強かった。



 身代わり人形——— Bランクアイテム。アイテムには、全5段階。S〜Dと希少価値に応じてランク分けされている。

 Bランクとは、“市場には、数に限りがあるが出回る。”という希少度である。

 持っていると一度死ぬ毎にその人形が身代わりになり、死ぬ。

 1秒ほど死ぬが、勇者たちが使用するとアイテムは無くならず、その場で生き返る事ができる。



 だが、攻撃のダメージや継続時間によっては、一度で多数を消費する事がある。


 例えば、炎の中で死んだりすると、生き返ってもすぐに炎のダメージが加わるため、炎から抜け出さない限り、身代わり人形を消費する。


 五郎達に関しては、亀の攻撃が強いことと振動と衝撃との合わせ技により、一気に持っている全ての身代わり人形を消費してしまったのだった。


 「だから、映太のせいじゃない。明日からもう一度勉強だ。」


 そう言うと、官介は、身体の向きを変え眠りについた。

 

 「俺も明日から頑張ろう.....」


 メンフィスがギーセンに着く直前、映太達に明日からメンフィスたちの隊の訓練に付き合う事になったのだ。

 

 映太が骸骨たちを召喚して、それを討伐するという訓練を行う。

 それが、メンフィスが映太達に力を貸して欲しいと言った意味だった。


 メンフィスたちも大勢のモンスターと戦う訓練ができるし、映太自身も幽霊王ゴーストマスターを使う練習になる。


 官介は、弓矢の指導とメンフィスから指揮や戦略を教えてもらうという条件で力を貸すと決断した。


 メンフィス・ユーフラテス——— 明るく、優しい人柄で人望が厚く、聖王国三大名家の一つ、“ユーフラテス家”の六男。


 だが、指揮力や戦闘能力も高いと評判であった。

本当のところ、ギーセンで中隊の隊長というレベルではない。

 

 団長、副団長になっていてもおかしくはないのだが......


 ユーフラテス家の血縁主義に嫌気が差し、第二軍団を抜けた事で、今の役職に落ち着いたらしい。


 姪っ子のハトホルは、メンフィスの兄、四男の子供で魔王軍との争いで戦死。


 メンフィスが引き取り、そのまま、第四軍団ギーセン支部に身を置いてるらしい。


——— 映太は、明日からの訓練への期待とファランクファルトで五郎たちと再会する事を夢見て、久々のベッドの上で眠りに着いた。


 宿場町ギーセンの夜は、多くの宿泊者の心を身体を癒し、酒場で盛り上がる商人、傭兵の冒険話で賑わいを見せながら更けていく。








 

 

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