第7話 : 勇者
—————『アズブルグ』の中央広場。
周りには何事かと興味を持った群衆。
不安気に見つめる映太たち。
向かい側には、険しい顔のグスタフと聖王騎士団。
中央に相対するダルシードと五郎。
「始めっ!!!」
グスタフの響くような声とともに決闘が開始した。
ダルシードは、グスタフの声とともに、足を踏み込む。その体格の大きさからは予想のつかない足運びと素早さで、一瞬にして、五郎の背後に回り込み手に持つ長剣を五郎に振り下ろす。
しかし、五郎は一瞬にしてそんなダルシードの背後に回り込み、逆に切り込んでいる。
ダルシードは、少し驚いた顔をしたが、くるりと五郎の方へ身体を回転させて、剣を弾く。
五郎は、弾かれる勢いを利用する様に身体を回して、もう一撃。
ダルシードは、間に合わないと思ったのか、後ろへと飛び、間合いを広げる。
だが、五郎は間髪入れずに間合いを縮めて、また一撃。
ダルシードは、そんな五郎へ上から剣を振り下ろす。
五郎は、間一髪で避けるも、ダルシードの剣が地面に当たり、音と衝撃が周りに響く。
それにより体勢を崩しそうになる五郎は、後ろへと距離を取った。
10秒ほどの攻防に、群衆は歓声を上げる。
映太たち、勇者一行を毛嫌いするグスタフにとっても二人の攻防には素直に驚きと称賛に値するものであった。
ダルシードの顔つきが変わり、間合いを取り、身構える対戦者“五郎”へと問う。
「名は?」
「天草五郎」
五郎がそう言うと、再び二人が動き出す。
高速で繰り広げられる何十撃もの打ち合い。
剣と剣が触れる度に衝撃音が見ている者たちの耳に響く。
拮抗した状況に誰もが固唾を飲んで見入っている。
風のような足運びと剣技の五郎に対し、一歩一歩、一刀一刀に力強さを感じるダルシード。
しかし、ダルシードはミスをした。
いや......ミスと言えるかどうかの些細なもの。
決着を早くつける!そんな焦りからか、力を込めた一刀。見た目は良いが、少し力みが入った。
それを避け、五郎は冷静にダルシードの顔へと剣を振るう。
先程までは、剣が間に合うが、ほんの少しの力みで返す刀が間に合わないダルシード。
振るった剣をダルシードの顔を切る寸前で止める五郎。
ダルシードは、笑みを浮かべると両手を上に挙げて、剣を地面に落とした。
「ま、参った。俺の負けだ」
五郎も剣を鞘に納めると、手をダルシードに出し、握手を求めた。
ダルシードも握手に応じる。
それを見て、観客たちが健闘を称えて拍手を贈る。映太たち、聖王騎士団の兵士たち、そしてグスタフも称賛を送っていた。
ダルシードは、グスタフの元に戻り、頭を下げる。
グスタフは、一度険しい顔をしたものの、細く息をして五郎へと近づき、口を開く。
「お前たちの勝ちだ。好きにしろ。」
ただ、そう言うと体を戻し、聖王騎士団と広場を後にした。
——映太たちは、アズブルグの西部エリアの城門の前にいた。
目の前に広がるレンガ色の岩山。
アズブルグの西側には、ちょうど聖王国の中心に
山道には、獣型のモンスターが多く生息しており、こちらの道を通る人間はあまりいないのだが、東に向かうのであれば、一番の近道である。
「おっしゃー!やるぜぇ!」
慶三郎が、山道を走り出す。
慶三郎は、五郎の闘いに触発されたのか、街から出るまで、早くモンスターを切りたくてウズウズしていた。
「私もやるぞぉーーーーー!」
阿子も気合いを入れて山道を走り出した。
「僕もやるぞ!!」
映太もいつもより気合いが入っている。
ただ映太は、気合いを入れたところでいつもより何かできるという訳ではないが.......
五郎と官介もいつもの落ち着いた印象ではなく、何かモヤモヤを晴らすかのように続いて走り出した。
五郎がダルシードとの決闘を終えたあと。
五郎は、聖王騎士団を追いかけ、グスタフに声を掛けた。
そんな五郎の行動に他の四人も驚いたが、とりあえず、同じように追いかけた。
どうしても、勇者を毛嫌う理由を知りたかったのもある。だが、アズブルグに来て、この世界について知らない事が多いとも思っていたからだ。
グスタフは、最初は頑なに拒否したが、あまりに五郎がしつこかった事。ダルシードが交渉してくれた事もあり、話を聞く事ができた。
聖王騎士団第三軍アズブルグ支部の応接室。
グスタフの後ろには、ダルシードもいる。
「それで、聞きたいのは私がなぜお前たち、勇者を嫌いかという事でいいのか?」
「はい。勇者とは、“異世界から魔王を倒すために召喚される者”だと街で聞きました。私たちは、勇者とは何なのか、自分たちがどういう立ち位置なのか知りません。」
グスタフは、何かを思い出すように口を開く。
「勇者とは...元々、数百年前、聖王国の魔法協会が、魔王を倒すために能力の高い異世界人を召喚した...と言うのが始まりだと聞いている。
本当のところは、私もわからない。
だが、たしかに召喚された異世界の者は、この世界の者よりも能力値やスキルといった点で優れている...と言うのは事実」
グスタフは、紅茶を一口飲み、昔の話を始めた。
——それは、30年前に遡る。
元々、魔王国は、小国程度の領土しか持たなかった。しかし、侵攻を始めた数百年前から徐々に領地を広げていった。
当時、20歳のグスタフは、まだ軍に入り、2年ほどで小隊の隊長になったばかりであった。
そんな時、当時大陸の3分の2ほどの領土を持ち、人間側唯一の国であった聖王国に対し、魔王軍が大規模な戦闘を開始した。
のちに、グランデンの大虐殺と言われる聖王国史上最大の敗戦の開始であった。
グスタフも召集を受け、大陸の西。
当時、魔王国との最前線であったグランデン地方に10万もの聖王騎士団が召集され、その中に勇者もいた。
勇者は、“当時から魔王を倒せない”、”仕事をしない“、つまり、官介の予想通り、役に立たないなどの見方をする者も確かにいたらしい。
だが、この頃はまだ、”異世界から魔王を倒すために来た英雄“という見方をする者も多くいた。
そして、当時のグスタフもその一人であったとおう。
その時の勇者も五人のパーティーだったそうで、名前は、『
グスタフは、直接話した事はなかったが、五郎のように剣技に優れ、人柄も良いと評判であったらしい。
織田川は、とても騎士団に協力的で、訓練に一緒に参加したり、この時も戦闘に参加していた。
グランデン地方の大平原に騎士団10万が集い、その一角を勇者”織田川“に任していた。
対する魔王軍は、5万。
人数では、大幅に聖王国が有利であったが、戦闘力では、一人一人が魔王軍は強く、実際の所、倍の人数で同等ではとの見解もあった。
戦闘が開始し、2ヶ月間戦線は、下がったり、上がったりと拮抗状態が続く。
しかし、突如予想だにしない事件が起こる。
それが、勇者”織田川“たちの離反.......
平原の北側に勇者たちが配置されており、グスタフは、南側を担当していたそうだ。
グスタフは、初めての自分の隊での初陣。
南側で負傷者を出すも、北側の軍と勇者たちが押し込んでくれると信じ、奮戦し戦線を維持していた。
しかし、勇者たちの離反により、北側は崩壊。
南側は、戦線を維持しつつも横撃を受ける事となる。
2ヶ月間、拮抗状態が続いたこの戦争は、僅か数日で終結となる。
聖王国側、死者8万、負傷者1万5千という大敗。
いや、壊滅である。
このグランデンの大虐殺により、戦線に穴が開く。そして現在の大陸を二分するまでに押し込まれたという事だった。
また、勇者の離反が敗因になった事から、勇者を召喚した聖王直属の魔法使い『魔法協会』に責任の有無が問われるようになり、聖王国内部の関係を揺るがす原因にもなった。
今では、大陸の北にある4つ小国『北部連合諸国』は、その時に聖王国上層部に対して不満を持つ者が離れていった結果である。
グスタフは、生き残ることができたが、当時のグスタフの部隊は、壊滅。
その事もあり、勇者へ対しての憎しみと怒りがある......という事であった。
一通り、話し終えるとグスタフは、立ち上がり、窓から外を眺める。
映太たちは、何も言えずにいた。
「その勇者は、なぜ離反を?今はどうしているんでしょうか?」
「私が聞きたいよ。その後、織田川たちを見た者はいない。
そして、その後にも周期的に魔法協会の残党たちが勇者を召喚している。」
グスタフの顔は、また険しくなっていた。
「グランデンの大虐殺で魔法協会は解体、責任者などは処刑されたよ。だが、生き残った奴らは、まだ懲りずに何処かで召喚を繰り返しているというのだから......」
映太たちには、この世界に来て一番最初に出会った老人。あの人が魔法協会の生き残りなのだと悟った。
「グスタフ団長。お話ありがとうございました。その勇者たちがなぜ離反したかは、わかりません。
ですが、私たちは。自分の国に戻れるように魔王を倒すと誓います。」
五郎は立ち上がり、グスタフへと言う。
映太たちも一度グスタフに頭を下げ、聖王騎士団第三軍アズブルグ支部を後にした。
ダルシードが見送りに来て、去り際に言っていた。
「グスタフ団長は、勇者に対して憧れのようなもの
を持っていたはずだ。
そんな勇者の裏切られた。
だから、仕返しとして、当時の隊の仲間への償いとして、騎士団で魔王を倒したいんだと思う。
俺は、お前たちがグスタフ団長の言っていた勇者とは違うと信じる。」
———ハルツ山へと続く山道は、次第に険しくなっていく。モンスターのレベルや数も増えてきた。
だが、映太たちはいつも以上に奮起して登っていく。モンスターたちを蹴散らして。
「なあ!グスタフさんにウチらは、ちがぁーうって所を見せてやろうぜぇ!」
慶三郎は、岩のモンスターを真っ二つにしながらに叫ぶ。
「だね!魔王倒して帰って、グスタフさんも見返してやるんだー!」
阿子も魔法を放ちながらそう叫んだ。
官介も五郎も大量に襲いかかるウサギのモンスターを次々と弓で剣で葬っていく。
映太は、
3日ほどかけ、ハルツ山の山頂についた。
ハルツ山は、標高で言うと1500mほど。
この世界では、大陸の北側に山脈が連なっており、それ以外の山の中では、一番高い山であった。
北に、首都『リンベル』、東に『アズブルグ』、南に聖王国第二の都市『グーテンベルグ』、そして西に次に向かう聖王騎士団の本部がある『ファランクファルト』がある。
そんな重要な都市の真ん中に位置するハルツ山は、位置的には重要な要所であるが、切り立った岩山に数多くのモンスターが生息するため、迂回して都市間を移動するのが一般的だそうだ。
官介が広げた地図を見ながら、五人は道を確認する。
「ファランクファルトを抜ければ、ついに魔王国との最前線に出れるね。」
映太は地図を指でなぞりながらに言う。
五郎が地図を見て言う。
「ここから『ファランクファルト』を目指すとなると、この迷宮を通らないといけないらしい。」
「ハルツ迷宮って言うらしく、かなり入り組んでいて、モンスターのレベルもこの辺りじゃ随一らしいよ。
ただ、ここから北や南への迂回路は、結構時間が掛かりそうだね」
官介は、アズブルグで情報を仕入れていたらしく、そう説明すると、慶三郎が剣を振りながら、
「迷宮行ってみようぜ!アイテムあるかもしれないし、迷宮抜ければ日数も相当短縮できるんだろ?」
慶三郎に皆、賛成しこれからのルートは決まった。
いち早く、魔王を倒したいという気持ちもある。そして、慶三郎の言う通り、迷宮を抜けた方が、時間もアイテムも手に入れる可能性もある。
それも加味して、迷宮のルート以外にないと五人は思った。
山頂付近でその日は、休む事にした。
空が近く感じ、星が煌めいている。
翌朝、支度を整えた一行は、山を降っていく。
眼前には、高い岩壁が出現し、その真ん中には、不気味に口が開く迷宮の入り口があった。
入り口の両側には、神殿の柱のようなものが並んでおり、不気味さに拍車をかける。
———『ハルツ迷宮』。聖王国の中心に位置する標高1500mの切り立った岩山『ハルツ山』。
その西側の麓から平原に抜けるためにはここを通らなければいけない。
迷宮内は、入り組み、レベルの高いモンスターが多く生息している。
ハルツ迷宮を抜けるのが聖王国の西側に移動する近道ではあるが、その過酷さから行商人、傭兵でさえ迂回路を取り、西側へと移動する。
そんな迷宮に映太たちは足を踏み入れるのであった。
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