第6話 : 聖王騎士団

——— 街を囲む高い城壁。

 入り口には、検問が敷かれており、聖王国第三の都市『アズブルグ』に入る者達で行列ができている。

 映太達もその列に並んでいた。


 「すごい人だねーー」


 阿子が並びながら前後の列を確認しながら、そう言う。


 百人ぐらいはいるだろうか。

積荷を運んでいる行商人に、身なりから察するに傭兵だろうか。様々な人たちが列を作っていた。


 「はい!次の方ーー!」


 検問を管理する武装した若い兵がそう叫び、映太達の番になった。


 「どこから、何を目的に?」


 検問に座る中年の男性が、ぶっきらぼうな口調で聞いてくる。


 五郎が答える。


 「私たちは、リュンフェンから来ました。東に向かっている途中でして、少しここに滞在して、街を見ようかと。」


 検問の兵士は、映太達をざっくりと目で観察し終えると、


 「はい。観光ね。次!」


 何か確かめられるのかと思ったが、簡単に検問を終わり、アズブルグに入ることができた。


検問から街の中心に一直線に伸びる大通り。

その脇に出店が所狭しと並んでおり、祭りでもやっているのかのように人で賑わっている。


 「すごーーい!早く行こ!!」


 阿子は、無邪気にそう言うと飛び跳ねるように皆を急かす。


 大通りは、店主達の客寄せがあちらこちらから聞こえて来る。


 「これは、なんですか?」


 官介は、武具屋を見て売られていた弓矢を指差し、店主に尋ねる。


 「兄ちゃん、それは魔力を込めると燃える矢だ!凍ったり、雷を帯びる矢もあるぜ!どうだい?」


 官介は、興味津々に色々な物を指差しては、尋ねている。


 「こんなにいっぱい魔導書があるよ!」


 阿子は、魔法屋に並ぶ本を指差す。


 この世界の魔法は、スキルの一種である。本来、スキルはオリジナルの物と映太のようにアイテムや装備品から得られるスキルの2種類である。


 <魔法使い>である阿子は、魔法を覚えるとスキルとして増えていく。

 その際、魔導書を読むと使える魔法が増えるのだ。


 しかし、リュンフェンの街には、そもそも魔法使いが少なく品揃えも悪く、本当に基本的な魔法しか覚えることができなかった。


 『北の迷宮』で最奥の扉を壊した『危機的超爆発ビックバンクライシス』は、リュンフェンで売られていた1番高い魔導書で、阿子が駄々をこねるのでみんなでお金を出して買った物だ。


 石の壁、水の渦、風を纏う魔法、回復魔法などなどリュンフェンで見たことがない魔導書がたくさん置いてあり、阿子は30分ほど物色していた。


 そんな感じで、出店を物色しながら街の中央へと進んで行く5人。


 すると前方から隊列を組んで、白い甲冑を纏った騎士達が歩いてくるのが見えた。


 数十人程だろうか。乱れなく、足並みを揃えて行進して、こちらの方へ歩いてくる。ガシャガシャと甲冑の音が聞こえる。


 検問にいた兵士とは、雰囲気から違い、顔つきは皆精悍であった。


 そんな雰囲気ある兵士の1番前を歩く男性。

金髪の短い髪に、勇ましさを感じさせる顔つき。この集団の指揮官であろう事は、一目でわかった。


 その男の隣に、180cmの慶三郎よりも一回り大きい男性が歩いている。

甲冑を着ていてもわかる体格の大きさと顔には無数の傷がある。

 だが、威厳などは感じさせない眠そうな表情をしていた。


 ガシャガシャと音を立てて、大通りの真ん中を行進する騎士の集団。


 白地の旗に、金色の馬が刺繍してある。


 「聖王騎士団だね」


 後ろで見ていた官介がそう言う。


 聖王騎士団は、この聖王国の最強の矛であり、盾である。

 基本的な任務は、対魔王軍からの防御と魔王軍への攻撃であるが、大きな都市の治安維持なども任務としている。


 突然、映太達の前で一斉に足を止める聖王騎士団に、何事だろうとその様子を静観していた映太達。


 指揮官であろう男とその隣の巨躯な男が映太達に視線を向けたと思えば、近寄ってきた。


 「君たち。見ない顔だが、どこから何しにこの街に来た?見たところ、傭兵には見えないが。」


 鋭い眼光で指揮官であろう男は、映太達を品定めするように見る。


 「なんだい?おっさん。うちらがなんかしたかい?そっちから名前を名乗るってもんじゃないかぁい?」


 慶三郎が男の前に出て、凄みながら言う。

 

 「貴様、グスタフ団長に対して、なんという口のき........」

後ろにいる兵士の1人が言葉を飛ばすのを遮るように、グスタフがそれを静止した。


 「やめ!」


 ただの一声。ただ大きいだけでなく、通る声でそう言うと、兵士は、隊列に戻り敬礼した。


 「それは、失礼した。私は、聖王騎士団第三軍軍団長“グスタフ”である。君たちは、見たところ勇者ではないかと思ってね。」


 そう再開するグスタフに、今度は五郎が慶三郎を遮るように前に出た。


 「無礼をお許し下さい。グスタフ様。私達は、リュンフェンから魔王討伐のため、東に向かっている最中でこの街に立ち寄らさせて頂きました。

 グスタフ様の言う通り、私は、勇者でございます。」


 頭を下げ、いつもの涼しい表情、いつも通りの声色で五郎がそう説明する。


 「フンっ!やはりか。貴様ら勇者達は、ただの害でしかない。われら聖王騎士団が魔王は倒す。特に用がないならこの街から立ち去りなさい。」


 グスタフはそう吐き捨てると、くるりと体を隊列の方に向けて映太達から離れて行く。


「おいっ!おっさん!」


 慶三郎は、グスタフの方に身を乗り出そうとすると、グスタフの横にいた大男の兵士が、慶三郎の前に出てきた。


 並ぶと余計にわかるが、慶三郎よりも一回りは背が高い。そして、年齢も映太達と近い、そんな印象も顔から受けた。


 「よせ!そいつらの相手をする必要などない!ダルシード!業務に戻るぞ!」


 そう言葉を放つグスタフ。


 「はっ!」


 ダルシードという大男は、そう敬礼し返事をすると慶三郎に睨むように一瞥し、グスタフの後ろを追った。


 「うちらが何したんだって言うんだ?」


 慶三郎が言葉を吐き捨てると阿子がそれを諫める。


 五郎は、グスタフの方へと目線をやりながら、何かを考えて、口を開く。


 「とりあえず、一泊何処かに宿を取ろうか。慶三郎も少し落ち着きなよ」


 そういつもの具合で言うと、五郎はいつも通りニコッと笑う。


 「そうだな......宿探すか。」


 慶三郎も一旦落ち着いた様子で、映太は、ホッと胸を撫で下ろした。


 そのあと、なんであんな事をグスタフは言ったのだろうかと5人は色々話し合ったりしながら、宿を探した。


 慶三郎は、ブーブー言ってスッキリしたのか、途中からいつもの感じに戻っていた。

 五郎は、終始口を開かなかったが、そこまで皆気にしてはいなかった。


 綺麗で大きな宿屋は、ほぼ満室。

やっと見つけた宿は、リュンフェンで泊まっていた宿ぐらいの値段であったが、相部屋制の部屋で、部屋の両側に2段ベットが6個。

壁際並んでいるだけの部屋だった。


 映太達が入室すると、奥の窓際の2段ベッドの下段には中年の男性が既に横になっていた。


 「どうも兄さん達。仲良くしておくれや。」


 中年男性は、少しアルコールが入っているのか、顔が少し赤みを含んでいる。

 着ている服などから判断するにお金に困っているというわけではなさそうだ。


「どうも。宜しくお願いします。私は、天草五郎と言います。それでこちらが........」


 五郎が丁寧にみんなを紹介する。

中年男性は、気を良くしたのか体を起こし、


 「お兄さん達、丁寧にありがとう。俺は、ダージルって者だ。お兄さん達は、ここの人間じゃなさそうだけど、どこの出身だい?」


 「私たちは、リュンフェンから来ました。」


 「リュンフェンから来たのかい。それはそれは。商人じゃなそうだけど、リンベルにでも行くのかい?」


 リンベルとは、聖王国の首都であり、アズブルグから北東に50kmほど離れた場所にある。


「いえ。私たちは、東に魔王討伐に行く途中でこの街に寄ったんです。」


「ひゃーーー魔王討伐かい?大層なこったいね。あんた達、もしかして勇者かい?いや、勇者だな。顔立ちでわかる」


 ダージルは、そう笑いながら言う。

すると、官介が、上の段のベッドから聞く。


 「ダージルさん、勇者を知っているんです?」


 「ああ、知っているとも。あんた達この世界とは違うところから来たんだろ?」


 ハッとする5人。


 そのあと、ダージルさんは、教えてくれた。


 “この世界での勇者とは、違う世界から魔王を倒すために召喚された人間の事。”


 というのがこの世界での勇者と呼ばれる者への一般的な見方である。


 そして、“勇者は、映太達だけではなく、過去に何人もいた。”

 

 これには、映太だけでなく、完璧人間4人も驚いていた。

 言われてみれば、なぜ自分たちだけ......と思い込んでいたのだろうか。


 実際、リュンフェンでは勇者である事が特別な者という概念かもしれないという思い込みからか、映太達の方から勇者を名乗るような事もなかった。

 

 それにモンスターを狩りに毎日草原を歩き回っていたため、街で会話を交わしたのは、宿屋やアイテム屋の店主だけであった。

 

 そしてダージルさんは、最後に付け加えるように言っていた。

 

 「今も魔王は昔と変わらずだ」


 そのあと、ダージルさんは、用事があると言い、部屋を出ていったので、続きは聞けなかった。


 5人は難しい顔をして考え込んでいる。


 すると沈黙は破るように官介が口を開いた。


 「魔王が昔と変わらずってのは、多分僕たち以外にこの世界に来た勇者達は、魔王を一度も倒せなかったって事なんじゃない?」


 「じゃあ、カイセルさんに聞けば?」


 阿子の提案に官介は説明した。


 「カイセルをここで呼ぶのはリスクがあるし、カイセル達は、生前の記憶はないって言ってた。」


 確かにダージルが帰ってくる可能性、ベッドが空いているので新しい宿泊者がこの部屋に入ってくる可能性もある。


 ここでカイセルを呼んで見つかれば、それこそ一大事である。


 そしてカイセル達に生前の記憶がないのは確認していた。技能などは残っているものの、生前の記憶はない。


 ダージルが帰ってくれば、続きが聞けるのだが、その夜にダージルが帰ってくる事はなかった。


 翌朝、宿屋を出る5人。このアズブルグの街には、東へ向かう通過点という意味で立ち寄った。


 アイテムなどは補充できたし、すぐに街を出て東に向かおうとも考えたが、昨日のダージルの話やグスタフの態度も気になっていた。


 5人はとりあえず、街の中を通り、東部地区の城門から出る事にして、その途中で情報収集や観光をしようと話し合った。


 アズブルグは、4つの地区に分かれている。

映太達は、昨日西部地区の城門から入り、一夜を過ごした宿も西武地区にあった。


 映太達の気持ちとは裏腹に大通りは、昨日と変わらない活気に満ちていた。


 街の中心には、円形の大きい広場がある。

この広場にも出店が並んでおり、賑わいを見せていた。


 そして、不運にも聖王騎士団が巡回している所に鉢合わせてしまった。

 

 グスタフやダルシードの姿は無かったが、兵士が映太達に気付き、こちらに近寄ってきた。


 「お前ら、まだこの街にいたのか...早く出て行け!」


 「うるせぇ!てめえらいい加減にしろよ!俺らが何したって言うんだよ!」


 慶三郎が兵士にそう言い寄る。

兵士は、凄む慶三郎にビビりながらも口を開く。


 「お、お、お前らいいのか?この街で騎士団に手を出せば、ただでは済まないぞ!は、反逆者だ!」


 この言葉で慶三郎の堪忍袋が切れるのでは。

焦る映太と阿子、官介。


 しかし、先に切れたのは五郎であった。

鈍い音を立てて、兵士の顔面に五郎の拳がめり込む。


 兵士は、後ろに吹っ飛び、鼻や口から血が流れ出ている。


 「お、お前ら!ほ、ほんとうに、や、やりやがったな」


 情けない声を出しながら後退りする兵士。


 この時、兵士より映太達の方が驚いていただろう。


 幼馴染として長い間一緒にいたが、五郎が人を殴る....むしろ、人に対して怒りを向ける事さえ初めて見た。


 十人程の兵士が、映太たちに向けて剣を構えている。


 何事かと広場で買い物をしている住人たちも周りに群がってきた。


 緊迫した状況の中、北側から別の聖王騎士団の集団がやってきた。


 その集団を引き連れているのは、グスタフとダルシードであった。


 遠目からでもこちらに対して鋭く威圧的な眼光を飛ばしているのを感じる。


 剣を構える兵士たちもその存在に気づき、剣を収める。


 「何事だ。」


 一声だけを発するグスタフ。


 「はっ!あの者たちがまだこの街に滞在していた事を確認したため、注意したところ、反抗してきたのであります!」


 五郎に殴られた兵士が、敬礼しながら報告する。


 グスタフは、兵士の腫れた頬を見て、表情を歪めると、


 「ボカッ!」


 鈍い音とともにその兵士は、後方へと吹き飛ばされる。グスタフは、凄いスピードでその兵士の腫れた頬に拳を入れた。


 呆然とする観衆と映太たち。


 「貴様は、聖王騎士団に泥を塗った。出直してこい!連れて行け!」


 グスタフが吐き捨てると、後ろの兵士2人が殴られた兵士を肩に担ぎ、後ろへと連れていった。


 殴られた兵士は、歯が折れたのか口から血が

流れ出ており、意識を無くしている様子だった。


 「まず、今の者の不甲斐なさを詫びよう。その点に関しては、君たちは悪くない。あの者が弱かっただけだ。

 ただ、そうは言っても聖王騎士団に危害を加える事は、この国では処罰対象だ。君たちの世界では知らんがね。」


 グスタフは、更に鋭い眼光で歯を噛みしめるように言った。


 「しかし、先程も言ったように、殴られた軟弱さがいけないとも私は考える。

 そこで、この者と1対1で決闘しろ。

勝ったら君たちは、この後好きに行動していい......

しかし、負けた場合は......5人とも処罰の対象となる。」


 グスタフが言い終えると、慶三郎が前に出ようとする......だが五郎が慶三郎の前にするりと出る。


 「今回は、僕が行くよ。」


 五郎は、ニコッと慶三郎に笑いかけると前に出た。


 「お前か。ダルシード」


 グスタフがそう言うとダルシードが前へと歩き出す。

 その一歩一歩の重量感、気配が周りで見ている観衆、映太たちにまで感じさせる。


 ダルシードは、慶三郎より一回り大きな身体を軽快に動かしてウォーミングアップしながら傷だらけの顔で五郎を見ている。


 特に表情に熱さなどは感じさせないが、目は獲物を追うかのように五郎を見ている。


 一方、五郎もいつも通りの涼しい表情で映太たちから見ても焦りなどは無さそうであった。



 ダルシードは、この街『アズブルグ』を統括する聖王騎士団第三軍:副長を務め、その強さは、第三軍随一である。グスタフの矛であり盾。


 そんなダルシードと対峙する五郎もまた、映太たちの中のリーダー的存在であり、この世界に来る前から何かで劣っていた事を映太たちは見た事がなかった。


—————阿子、映太、そして珍しく官介と慶三郎も心配そうに五郎を見つめている。

 そんな中、グスタフの号令とともに、五郎とダルシードの決闘が開始したのだった。



















 

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