第3話 : 盗賊の写身小手《スキルコピーハンド》
—————『北の迷宮』最奥にある空間。そこは、体育館ぐらいの広さだろうか。
光は一切無い。暗闇のためよく見えないが、それなりに広さがある空間だろう。
恐る恐る足を進める映太に、言葉は発しないも腕で映太の歩みを静止する慶三郎。
「何かいるな」
普段よりかは小さい慶三郎の声に警戒する映太。
少し目が闇に慣れてきたのか、正面にとても大きな影がある事に気づく。
周りの闇よりもさらに暗い黒だ。
一行が抜き足で一歩ニ歩と足を進めると、阿子が開けた扉の穴が、壊す前の状態に一瞬にして戻った。
その空間の左右に立派な石の円柱の台座が等間隔に設置されている。
台座の上の部分が、順々に火を灯していく。
全部の台座に火がつくと目の前の巨大な何かの姿を確認することができた。
「ドラゴン......?トカゲ!?」
映太は、その巨大なモンスターに身体を震わす。
きっと『北の迷宮』の主であろう、巨大な身体は、吸い込まれるような黒一色であり、翼は生えていないが漫画などで見るドラゴンのような外見をしている。
だが、巨大なトカゲという表現の方がしっくりくる。
映太達のいる空間は、学校の体育館並みの広さがあり、天井まで30mぐらいの高さはあるだろうか。
そう仮定すると15mぐらいはある体高。
その巨大な黒いトカゲは、後ろの方で太く長い尻尾を左右に振らしながら、床をバシンッバシンッと叩いている。
その巨大な黒いトカゲの眼孔は、とても鋭く、威嚇というよりは、
「かかってこい」
そう言っているかの様に感じた。
「ほほー!強そうじゃねえか!」
嬉しそうに大剣を前に構えて慶三郎が唸る。
弓を構えている官介は、その黒トカゲをじっくり観察している。
「映太は、下がっててー!」
阿子は、先程の扉を壊した魔法のせいだろう、MPポーションをグビッと飲むと部屋の角を指差して言った。
映太は、コクコク頷くと部屋の隅に行き、体育座りの様に両膝を抱え込むとそのまま角に横たわる。
映太は、このなんとも間抜けな体勢が1番接触面を減らせると考えており、こちらの世界に来てから危険を感じるとこのように体を丸くしながら横になる。
破片などが当たるだけ死んでしまう映太が熟考して編み出した。
だが、死ぬ時は死んでしまうし、草原などのだだっ広い場所ではあまり意味がない。
(あんな化け物がいるのかよ!?みんななら大丈夫だと思うけど......え?大丈夫だよね?絶対大丈夫だ!いつもと同じ、いつもと同じ)
念じるように頭の中で言葉を繰り返す映太。
こちらの世界に来てから、テレビゲームに出てくるようなモンスターを実際に目にするようになった。
最初は、怯えていたが、3日ほど過ぎると特に恐怖を感じる事はなかった。
だが、ここまでの巨体と雰囲気を持ったモンスターを見るのは、映太達全員にとって初めてであった。
「映太、気をつけてね。」
ニコッと爽やかに映太を見て五郎は言うと、黒トカゲの方に顔を向ける。
すると、五郎は風の如く黒トカゲとの間合いを詰めた。
黒トカゲが太く長い尻尾を鞭のようにしならせて、五郎を狙い打つも、余裕を顔に見せながら避けて黒トカゲの前足と体に、いつ鞘から剣を抜いたのかわからないようなスピードで斬り込む。
「硬いな」
五郎の剣撃にビクリともしない黒トカゲから瞬時に距離を取る五郎。
それに続くように、官介は、矢を黒トカゲの眼球を狙い射る。しかし、首を俊敏に振り、矢を避ける黒トカゲ。
即座に切り替えて足に矢を射るが、黒トカゲの皮膚は、漆黒の光沢ある硬い鱗で覆われており、官介の矢がパンッと音を立てて弾かれる。
阿子は、
「
「
「
と魔法を連発で黒トカゲの身体に当てるが、ダメージを受けたようには見えなかった。
(硬すぎるだろ....)
映太は、丸まりながらもその様子を見て思った。
阿子の先程のチートみたいな魔法を使えばいけるのでは?そうも思ったが、MP消費が想像以上に激しいらしく、さすがの阿子であっても、全快状態で一回ほどしか打てないとここに入る前に言われた事を思い出した。
MPポーションがあればいいのだが、4人のアイテムポシェットは、ほぼ映太のためのアイテムで埋め尽くされている。
映太達5人は、この世界に来た時に1人一つずつ、茶色い皮製のポシェットを老人から貰い受けた。
アイテムはこのポシェットに大きさ問わず収めることができる。
だが、一つ一つの許容量が存在するため、一度に大量に持つ事は、不可能なのだ。
映太のポシェットは、身代わり人形しか入っていない。
他の4人も予備の身代わり人形に、映太が死んで街に飛ばされた時にすぐに戻れるように教会までワープできる魔法の羽、装備品もポシェットの許容量に含まれるため、それである程度埋まってしまっている。
それに加えて、MPポーション自体が希少なこの世界では、魔法を今のメンバーで唯一使えるのが阿子だけなので、一つ持っていれば、良い方かもしれない。
そのあと、間髪入れずに慶三郎が黒トカゲに飛びかかり、大剣で一撃足にお見舞いするも弾かれる。
だが、慶三郎の顔に焦りはなく、一撃目と全く同じ箇所にもう一度大剣を振り込んだ。
二撃目も弾かれ、慶三郎はこのまま攻撃しても意味がない事を感じ、黒トカゲが振り下ろす尻尾を避け、距離を取る。
「五郎!官介!阿子!スキル使うから、もしダメなら頼んだ!」
慶三郎がそう声を張り上げて言うと、3人は黒トカゲからさらに距離を取り、身構えた。
「バーサク!!!!」
そう叫ぶと慶三郎の全身から赤黒い炎が吹き出す。
吹き出した炎は、勢いを徐々に無くし、慶三郎の全身を包み込んだ状態で停滞した。
慶三郎のスキル
『バーサク: 5秒間、全ステータスが10倍。効果が切れると10分間、ステータスが元の数値の30%に低下する。このスキルは、前回の使用から1時間のインターバルを得て再度、使用可能になる。』
映太のステータスが、10倍になった所で大した変化はないが、慶三郎のステータスは、この完璧人間4人の中で最も高い。
そのステータスが10倍になるのだから、想像がつかなかった。
(俺のステータスが10倍になっても10だしな......)
落ち込みつつも、映太はこの状況を打開してくれるであろうと必死に心の中で願った。
慶三郎が前で構えた大剣を下ろす。
一気に踏み込む慶三郎。踏み込んだ箇所の床は陥没し、慶三郎の身体は一瞬にして、黒トカゲの頭上にまで移動した。
先程まで慶三郎が居た場所には、まだ空気が踏み込みの際発生した衝撃をはらんでいる。
「ふんぬっ!」
黒トカゲの頭上まで、跳び上がり、大剣を黒トカゲの脳天に上から地面まで振り下ろす慶三郎。
剣速などもスキルのおかげが、残像が朧げに見えるだけ。
黒トカゲの身体をまるで豆腐を切るかのように一刀両断し、地面に着地する慶三郎。
着地した床が、大きく陥没している。
黒トカゲの身体は、頭から尻尾まで綺麗に真っ二つになり、左右に倒れる。
黒トカゲの身体を消え、代わりに金貨とアイテムの山が現れた。
「よっしゃーーー!」
雄叫びをあげながら拳を大きく上に振りかざす慶三郎と同じタイミングで、阿子も叫ぶ。
「やったーーーっ!!!」
呆れたように笑みを浮かべ、右手眼鏡をクイッと持ち上げる官介。
表情からは、動揺を微塵とも感じさせずにニコッと笑いながら拍手をしている五郎。
さすがに映太も今回は、4人でもどうなのかと不安だったが、ホッと胸を撫で下ろし、大きく深呼吸をしている。
実際のところ、時間だけを見れば苦戦していない。
だが、この4人でも一筋縄でいかないモンスターも出てくるのかとこれからの不安が再度、映太の胸に込み上げてきた。
「映太もおいでよーーー!!」
映太は、金貨とアイテムの山の上で、飛び跳ねながら映太を手招きする阿子を見て、とりあえず、一旦落ち着き、金貨やアイテムを漁る4人の元に走り寄って行った。
慶三郎は、何かを拾い上げて言う。
「ん?これSランクだぞ!!」
黒トカゲと同じような漆黒の色をしており、肘辺りまでカバーされている小手に手袋がついた装備品。
アイテム類、装備品には希少価値順にランク分けされており、手に取るとウインドウが現れ、効果とランクがわかる。
ランクは、SからDまでの5段階で、Sランクが最も希少価値が高い。
「なになに〜」
ウインドウを覗き込む4人。
「『|盗賊の写身小手《スキルコピーハンド』 Sランク 効果:10分間、身に付けた手で触れた者は、ステータス、スキルが全て身に付けている者と同じになる。」
その効果を読み、4人は何かを閃いたようで、顔を見合わせている。
「映太、ちょっとこーい!」
慶三郎がそう言うと何事かと言う表情で映太が歩いて来た。
「なんかあったの?」
そう尋ねる映太に慶三郎は、いたずら好きの小学生のような無邪気な笑顔でにじり寄ると、先程の小手を付けた手で映太に触る。
「なになに?」
「ちょっと映太、ウインドウ出してステータス見てみろ」
愉しげな表情を見せて慶三郎が急かしてくる。
阿子も横でワクワクしている。
「うーーん、特にいつもと変わりないけど......」
映太のステータス画面には、見事に“1”が並んでいる。
「でも、スキルが『バーサク』になってる!?
これって慶三郎のスキルだよね?」
動揺しながら喜ぶ映太を他所に、慶三郎と阿子は難しい顔をしながら同時に、言葉を出す。
「やっぱりダメかー」
「えっ?えっ?ダメなの?」
横で見ている官介が説明する。
「いくら慶三郎のスキルが使えても映太のステータスじゃ意味ないよ。慶三郎が付けているアイテムが、ステータスとスキルを触れた相手にコピーするものなんだ。だから、ステータスも、もしかしたら
コピーできるんじゃないか?ってね」
映太は、慶三郎達が何をしたいか理解してため息をついた。
官介と五郎は、実際無理だろうと考えていた。
それは、映太のスキル『外部からの能力変化を受けつけない』にある。
この場合の能力とはステータスのみに該当するらしく、スキルは別らしい。
しかし、初めて見たSランクのアイテムであったため、もしかしたらと官介と五郎は、口を出さなかった。
「じゃあ、映太が付ければいいんじゃないかな」
五郎の言葉に他の3人は、顔見合わせて声を揃える。
「それだ!」
「映太、これやるよ!身に付けておきな。映太がその手で触れれば、どんなモンスターでも倒せるぜ!」
慶三郎は、そう言い放つと映太の小手を渡した。
映太がこれを付けて、モンスターそれが魔王だとしても触れれば、ステータスがオール“1”になるわけだ。反則技である。
「すごいよ映太ー!!」
自分の事のように喜ぶ阿子。
しかし、官介が淡々とした口調で映太に言う。
「でも、映太がモンスターに触る事は、自殺行為だろ?だから現状は難しい事だよ。勿論、万が一触れられれば、一撃必殺だけどね」
「確かにな....」
映太は、小手を見ながら呟く。
映太の素早さは、無論“1“である。
現実世界でも足は遅かったが、この世界での映太の足は、異常なほど遅い。
街の子供にも追いつけない程だ。そんな速さでモンスターに触れるわけもなく、攻撃を受ければ即死である。
もう一度小手を見つめ直し、もう一度嬉しそうに笑い出す映太。
「でも、可能性が0から1にはなったよね。俺も戦えるかもしれない。これ俺が貰ってもいいのかい?」
久々に見る映太の嬉しそうな笑顔に4人は顔を見合わせて嬉しそうに頷く。
「勿論だよ。」
五郎がそう言うと、映太は、今までの無力だった自分がもしかすると役に立てるかもしれない。そんな期待に胸躍らせていた。
確かにモンスターに触れるのは不可能に近いかもしれないが、それでも何も選択肢すらなかった状況を打破できるのでは........
そのあと、一行は『リュンフェン』の街に戻り、いつもの宿屋に帰る。
北の迷宮で黒い化け物トカゲを倒し、引き返す道中でもモンスターがウジャウジャ現れてきたが、絶対防御の映太シフトの前では、何も問題はなかった。
前に慶三郎、右に官介、左に阿子、後ろに五郎。
真ん中で映太は、モンスターにどうすればいいだろうと考えに耽っていたが、答えは出なかった。
街に戻ると黒トカゲを倒して手に入れたお金でいつものアイテム屋に売っている身代わり人形を買い占める4人。入るだけ映太のポシェットに押し込んでいた。
最近、異常に需要が高まったアイテム屋の店主は、いつもより多めに仕入れていた人形が一瞬で無くなり、目を丸くしていた。
5人は、宿屋の食堂で夕食を食べている。
すると五郎が皆に言う。
「さて、みんな。この街を明日出ようと思う。」
そう言うと五郎は、食器をどかし、机に地図を広げる。
「次は、『アズブルグ』という街に向かおうと思う。徐々に東に向かっていかないとだからね」
五郎が指を差した『アズブルグ』は、このリュンフェンの街から東に、40kmほどの所に位置する商業都市らしく、リュンフェンの街より数倍大きいらしい。
「途中、ここ寄らないか?」
慶三郎がワクワクした面持ちで指を差す場所は、リュンフェンとアズブルグの中間に位置する廃城であった。
「別にわざわざそんな所寄らなくても....」
少し怖がりながら言う映太に、慶三郎は意気揚々と言い放つ。
「何かあるかもしれないだろ?寄ってみようぜ!なっ?」
官介が少し考えてから、慶三郎の同意に答えた。
「映太に使えるアイテムがあるかもしれない。距離的にも、遠回りにはならないから僕は賛成だよ」
他の2人も頷く。映太は、降参したのかぶっきらぼうに了承した。
「わかったよ!寄ればいいんでしょ?寄れば!」
うんうんと頷く4人。
映太も小手を手に入れ、実は楽しみにも感じていた。
この世界に来てから1週間と2日。現実世界でも、この世界でも4人に守られるばかりの映太。
ここにきてやっと4人と肩を並べられるかもしれない可能性が出てきたのだ。
「絶対にやってやるぞ」
ベッドに仰向けになりながら、手を天井に向けてそう誓う映太。
—————明日の出発に向けて心躍らせる5人は、リュンフェン最後の夜を過ごしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます