第2話 : 北の迷宮

—————まだ、陽も上り始めたばかり。肌寒さも感じる。映太は、目を覚まし背伸びをする。


 映太達が泊まっている宿屋は、2階建ての木造。

こちらの世界に来てから、1週間ずっとこの宿屋で朝を迎えている。


中学校のキャンプの時に泊まった山奥のコテージのような宿屋は、滞在中の街『リュンフェン』では、割と良い宿屋であった。


 一階に下りると、小さな食堂スペースがあり、

角の席に阿子と五郎、官介がすでに席につき、コーヒーとトーストを食べていた。


 「みんなおはよう」


そうだらしない声と表情で、大きくあくびをしながら映太が言う。


「おはよう!映太、朝食を取ったら今日は、すぐに北の迷宮だよ!」


 阿子は昔から朝が強く、まるで数時間前から起きているような声色で言った。


「おはよう映太。ちゃんと身代わり人形は持ったか?」


 眼鏡を右手の中指でくいっと上げ、官介が言う。


「う、うん。15個あるから大丈夫.....だと思う」


 映太は、アイテムの入ったポシェットを確認する。

 眼前にテレビゲームでよく見るようなウインドウが現れた。


 官介も朝は強いが、彼はいつも冷淡な印象の口調で諭したように言うので、機嫌が悪いのか?などと勘繰ってしまう。


 「おはよう」


五郎は、ニコッと爽やかな笑顔で言う。


 後ろから、準備万端の調子という足音を響かせて

前田慶三郎が現れた。


 「映太は朝が苦手だな!早く出発するぞ!!」


慶三郎は、装備などを整えており、いつでも出発できるみたいだ。


 映太は、そんな慶三郎を見て思う。

阿子は朝が強い?官介、五郎.....いやこの4人は、特に欠点もなかったんだったと。


 (こいつら、ホントにみんな揃いも揃って完璧人間

だろーーーーーー!!)


 心の中でそう叫ぶと小さくため息をつく映太だった。


 北の洞窟———リュンフェンの街から北へ10kmほどの所にある山の麓にある洞窟だ。


 官介が街の住民に聞いた情報によると、

 「モンスターがウジャウジャいて危ない」

 「なんでも宝物があるらしい」

 「洞窟の最奥には、大金が転がっているらしいぞ!」

 など、とにかく危なそうな気配はする。

だが、これと言った情報は得ることができなかった。


 唯一、得られたとすれば、かなり危険なダンジョンである事。


 今、映太達がいる聖王国は、この世界で最も人間側で勢力・領土ともに大きい国であり、大陸の西側のほとんどが、聖王国の領土、または、勢力圏内だ。


 そして、聖王国が抱える『聖王騎士団』。

大陸の西側を牛耳る対魔王軍の最大戦力でもある。


 その聖王騎士団が、数年前に『北の迷宮』を調査に出向いたが、1ヶ月ほどの探索の末、最奥には辿り着けず、撤退した.......らしい。


 実際、映太達は、こに世界に来て2日目に、入り口付近だけ入ったが、草原よりもモンスターのレベルは高い事を確認していた。


「やだなー」


 北の迷宮の入り口に着くと映太は、そうこぼした。

他の4人は、ワクワクしているのだろう。


 特に慶三郎と阿子は、目を煌かせて、入り口から中を覗いている。


 岩山の斜面に空いた縦4mほどはある洞窟。

これが北の迷宮の入り口だ。


 穴の奥から時折、「ビューーーー」っと風が吹き出ており、不気味さを一段と増幅している。


「さて、いこうか!」


五郎がそう合図し、一行は、暗闇に入っていく。


 入口は、壁に天井に全てが岩でできており、涼しくひんやりしていて、特有の湿っぽさを感じる。


 阿子が、魔法で光の玉を空中に浮かせる。

奥まで光は届かないが、モンスターが現れても十分対応できる明るさだ。


「映太シフト展開!」


 五郎がそう言うと、迷いなく動く慶三郎と阿子、官介。


 映太シフト......それは、映太を中心に同じ距離に4人が囲う映太を守る絶対防御のポジショニング。


 前に慶三郎、右に官介、左に阿子、そして後ろに五郎が位置につく。


 これは、この世界に来る前...つまり、現実世界からやっていた映太への過保護すぎる4人の鉄壁の布陣である。


 小学校のドッヂボールの時も、映太がヤンキーが集まるで有名なゲームセンターに行く時も、ショッピングモールに買い物に行く時も。


 小・中学校時代、映太はこの映太シフトが恥ずかしく、嫌いであった。


 むしろ、これが原因で4人以外に友達といった友達ができなかったのではとも、今では思う。


 慶三郎は、家が空手の道場で幼い頃から空手に夢中であった。恵まれた体格に格闘技だけでなく、スポーツ全般何をやっても成績優秀。

 中学の頃には、空手に加え、柔道、合気道まで嗜んでいた。

 人柄も明るく、クラスの人気者であった。


 官介は、小・中学校といつでも学力は学校一と頭脳明晰。高校からは、弓道を始め、僅か一年で県大会で優勝するほど。

 あまり、人付き合いは得意でないものの、友人は多かった。


 阿子は、その外見からどこに行ってもアイドル的な存在になっていたし、その上、運動神経も良く、勉強も平均以上はできていた。快活な性格も相まって、ファンクラブができるほど人気者だった。

 

 五郎は言わずもがな、美少年・成績優秀・運動神経抜群の3拍子が揃っている上にまとめ上手で小・中学校で生徒会長を務めるというチートっぷりだ。


 要は、こんな人気者の高スペック人間が4人も揃っていて、かつ、その4人が幼馴染である映太。


 そんな4人の高スペック幼馴染が、どこに行くにも周りを囲っているのだから、映太が劣等感に苛まれてきた事は言うまでもない。


 むしろ、この『映太シフト』は、映太への害意だけでなく、4人以外との交友も防いでいたのでは。

 と、今になっては思う。


 高校になったら無くなると思っていた『映太シフト』は、無くならず、まさかの4人とも映太の学校を受験する始末。


 高校入学時に、もうこのシフトからは、映太自身が逃れられないと悟った映太は、考える事を諦めていた。


 そんな絶対防御の『映太シフト』で洞窟内を進む一行。


 やはり、北の迷宮のモンスターは草原とはレベルが違う。ガイコツの剣士、大蛇、人ぐらいあるコウモリやスライム。


 草原のスライムは、デフォルトなのか濁った青色をしていたが、この洞窟内のスライムは、鮮やかな蛍光色の緑色をしている。

 

 しかし......映太シフトの真ん中で映太は平然としていた。


 迷宮に入るまでは、恐怖と不安しかなかったが、戦う4人を見て、呆れてしまっている。


(なにが、聖王騎士団が探索を諦めた、だ.......)


 前衛を担当する慶三郎は、身の丈ぐらいある大剣を軽々と振り回し、モンスター達を一刀両断していく。

 足運びも無駄がなく、前方から迫るモンスターの群れは次々と、真っ二つに両断されている。

 

 それでも数が多いので、慶三郎の剣撃をすり抜けてくるモンスターはいる。


 そんなモンスター達は、官介の急所に百発百中の弓の餌食になる。

 

 官介の逆サイドでは、

 「火の玉ファイヤーボール

 「氷の矢アイスアロー

 「水の刃ウォーターカッター

など、厨二病の男子でも顔を赤らめるような言葉を大声で連発する女子の魔法でモンスター達は、肉片一つ残らない......


 そんな3人の動きを無表情でただ見ている映太。

「・・・」


 時折、後方からもモンスターが来ているが、

五郎が何もなかったかの如く、瞬殺している。


(映太シフト恐るべし.......)


 順調に足を進めていく一行。

この北の迷宮内では、モンスターだけではなく、

無数の罠も張り巡らされていた。

 

 壁から突如に出てくる無数の槍。

 

 「映太、そこスイッチだから踏まないように」


 官介の指示でほとんど作動せず、それでも映太が踏んでしまう時は、五郎と慶三郎が超反射で槍が映太に当たる前に切っていた。


 後ろから転がってくる石の大玉。

鈍足の映太を慶三郎が抱えながら走る。問題なし。


 落とし穴の罠も映太が落ちると阿子が体を浮かせる魔法を使い、映太を浮かせながら運ぶので問題なし。


 「最強すぎるだろーーーー!!!!!」


 映太は思わず力一杯叫ぶ。


 探索から3時間ほど経ち、映太達の前には、とても大きな鉄製の扉。

 高さは、10mぐらいだろうか。とても堅そうな鈍い鉄色。


 「ここが終点か?」


 大きい扉を見上げながら、大剣を肩に担ぎ慶三郎が聞く。


 北の迷宮を探索してみて、情報通り、そんな簡単に最奥まで来れるようなダンジョンではないとは、理解していた。


 無数の罠にモンスター。モンスターも草原に現れるのとは、レベルが違うのは一目瞭然であった。


 数年前に調査の当たった聖王騎士団が余程、実力不足だったか、この4人が強すぎるのかのどちらかだろう。

 

 十中八九、後者であろう。と映太は思った。

 

 巨大な扉を前に見上げる一行。


「この扉を開ければボスがいる感じだな!」


うんうんと頷きながら扉をまじまじと見る前田慶三郎が言った。


「でも、この扉どうやって開くの?」


 周りを見渡しながら、映太が言う。

映太の中では、4人の力ならどうにかなるだろうなぁとは思っていたが、それでも鉄の様な重量感のある素材でできた巨大な壁。


 コンコン叩きながら硬さを確認する官介の反応を見るにこの4人でも簡単ではないだろう。


 慶三郎が、大剣で斬りつけてみるも、大剣が弾かれる。

 

 「ちょっと私にやらせて!!」


目を輝かせながら、自信をのせた声色で出雲阿子が言う。


「OK!阿子やってみー!」


 結果がどうなのか楽しみなのだろうか。白い歯を見せて笑いながら煽る様に言葉を放つ慶三郎。


見とけ!とでも言いたそうな笑みで返す阿子。


危機的超爆発ビックバンクライシス!」


 恥ずかしいネーミングの魔法を叫び、阿子は杖を構える。


 その瞬間、空間が割れるかと思うような衝撃と熱風が押し寄せてくる。


 映太は、一瞬、いや5秒ほど意識が飛んでいる事に気づく。いつの間にか、体は地面の上に横たわっている。


 目の前は、砂煙が舞い、周りには、扉の破片が散乱している状況だ。


 身体を起こしながらも、段々と砂煙が消えていく。


 砂煙が消えゆくと同時に、先程の巨大な扉が現れ、映太は愕然とした面持ちで扉を見る。


「嘘だろ.....」


 巨大な扉の真ん中に大きく空いた穴。

扉の奥は真っ暗で何も見えない。


「やるなー」


あんな衝撃があったにも関わらず、壊れた扉を見て、感心したような表情の慶三郎。


 「やりすぎだよ」


呆れたように言葉を放る官介。


慌てた表情の阿子が映太の方に走り寄り心配そうに聞く。

「映太ごめーん!まだ加減がわからなくて!大丈夫?」

「大丈夫かい?」

阿子の後ろから映太を覗き込むように五郎が優しく尋ねている。

「う、うん。大丈夫......なのかな?」


 太郎は、一息ため息をつくとウインドウを出して、アイテムを確認する。


「ああ......やっぱり死んでる....」


 ガクリと肩を落とす映太を見て、流石にやり過ぎた自覚があるのか、照れ臭そうに謝る阿子。


「ごめん、ごめん。身代わり人形減っちゃった?」

「うん、まあ、あと10個あるから今回はなんとか.....なるかな?」


 映太は、阿子が唱えたチート級の魔法の衝撃で死んでいた。


 身代わり人形は、持っていれば死ぬ毎に自動使用される。瞬時に生き返るのだが、一瞬意識が飛ぶ感覚になるのは、映太にとって慣れたものであった。


 しかし、今回はその間隔が少し長い感じがした。

 その感覚は正しく、元々15個あった身代わり人形が5個減っている。


 阿子の魔法は、大きな衝撃を扉に与えた後、一帯に熱風を生み出しており、その熱風により映太は、生き返っては死にを繰り返していたのだろう。


 どれだけ驚けばいいのか、何に対して驚けばいいのかわからない映太は、照れ笑いしているような阿子の顔に一度目をやり、呆れたように笑うしかなかった。


「よし、みんな行こうぜ!」


 扉の穴から奥を覗いていた慶三郎が阿子の開けた扉の穴の奥を指差しながらそう言うと、映太は体を起こす。


「映太ほんとごめんね!」


 まだ笑いながら謝っている阿子とその二人を爽やかな笑顔で見守り続ける五郎。


 慶三郎の横で同じように穴の向こうを確認している官介。


———この扉以外に道はなく、ここが迷宮の最奥であろう。扉の奥にはなにがあるのか。それは、まだわからなかったが、5人は、扉の奥へと歩き出した。












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