第44話 アルバイト

 午後はのんびりと釣りをした。

 キタトネ川の小さな水門の前に立って、4インチグラブのスプリットショットリグを投げ、ゆっくりとズル引きするだけの簡単な釣りだ。

 明日は小鳥遊さんの取材を受ける予定になっている……。


 ときどきあたりがあり、美沙希がキャットフィッシュを釣り、カズミがブルーギルを釣った。本命のブラックバスは釣れない。

「ねえ、夏休み、どうする?」とカズミが言った。「イタコ祇園祭とかさ。誰かと行く予定はある?」

「ない」

「一緒に行かない?」

「行きたい」

「じゃあさ、花火大会は?」

「それも行きたい。カズミと」

「決まりだね」

 美沙希はうれしそうに微笑んだ。それからもじもじと言い出した。

「カズミと旅行にも行きたい」

「あたしも行きたいけどさ。お金がないんだよね」

「アルバイトしない?」

「高校生を雇ってくれるところがあるかなあ」

「ないかな、高校生バイト……」


 美沙希がスマホを持ち、「イバラギ県イタコ市 高校生 アルバイト」で検索した。

 1件ヒットした。

『水郷釣具店 アルバイト募集 高校生可 委細面談』

「あった。駅前の釣具店」

「行ってみる?」

「行ってみよう」

 美沙希とカズミはロッドを片付けて、水郷釣具店へ向かった。

 その店は地域では最大規模の釣具店だった。

 カズミが最初のロッドとリールのセットを買った店だ。まだそれしか持っていないのだけれど……。


 水郷釣具店のレジには20代らしき若い男性が立っていた。頭髪は短く、イガグリ頭だ。顔立ちはとても整っている。イケメンだ、とカズミは思った。背はスラリと高いが、少しお腹が出ている。

「あの、あたしたち、ここでアルバイトを募集しているってネットで見て来たんですけど」と彼女は言った。人見知りな美沙希は無言だ。カズミの後ろに隠れ、震えている。

「うん。募集してる。僕が店長だよ」

「店長さん! お若いですね」

「親父が急に引退するって言うからさ。今月から引き継いだ。バイトがふたりいたんだが、親父の引退と同時にひとりやめちゃってね。店員を補充したいんだよ。僕、店をバイトに任せて釣りに行きたいから」

「あたしは水郷高校1年生の琵琶カズミです。こっちの子は同級生の川村美沙希。雇っていただけませんか?」

「高校生か。だいじょうぶかな……」

「ネットには、高校生可って書いてありました」

「しっかりした子ならいいんだけどね。履歴書見せて」

「あ、書いてません……」

「ふつう履歴書ぐらい持ってくるだろ。常識のない人はお断りだよ」

「ごめんなさい! 出直します!」

 

 カズミと美沙希は水郷釣具店を出て、履歴書を購入するため、文具店へ向かった。

「私、だめかも」

 ぽつりと美沙希が言った。

「私、対人恐怖症の社会不適合者だった。最近、調子に乗ってた。客商売なんて無理……」

「美沙希……」

「ごめん。悪いけど、アルバイトはカズミだけでやって。私、おこづかいの範囲内で遊ぶよ……」

 美沙希は文具店には行かなかった。


 カズミはひとりで履歴書を書き、再び水郷釣具店へ行った。

 採用された。

 時給は900円。

「さっきはふたりだったけど、きみだけでいいの?」

「いいんです。あの子は割とお金持ちだから」

 本当はふたりで働きたかった。

 しかし美沙希に無理はさせられない。

 アルバイトで心を病まれては困る。

 店長はレジの打ち方をカズミに教えた。彼女はすぐに覚えた。

「きみ、使えそうだね。明日からからレジに立ってよ」

「あー、明日は予定がありまして……」

 取材の日だ。

「じゃあ、明後日から頼めるかい? 営業は午前10時から午後7時まで。12時から1時までは昼休み。1日8時間勤務。できるかい?」

「はい!」とカズミは元気よく答えた。

 時給900円で8時間勤務。1日7200円も稼げる。

 やるよ、あたし!

 カズミはやる気満々だった。

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