第33話 ランカーとの格闘
「雨の日は魚の活性が高まって、釣れるのよ」と美沙希は言った。
天気が悪くても、釣る気満々だ。
「今日こそ50アップを釣るわよ!」
「がんばるねえ」とカズミは言った。
もう何日ノーフィッシュが続いているのか。
ダウンショットやノーシンカーなどのライトリグを使えば釣れるのに、美沙希はストイックにビッグベイトを投げ続けている。
カズミはその姿勢に驚愕していた。
釣れなくても釣れなくても投げ続けるその姿勢は、もはや趣味ではなく、修行や求道みたいだった。
ヨコトネ川から釣り始め、キタトネ川へ移動した。
カズミは最近得意技になったノーシンカーリグで魚を2匹手にしていた。
「やるわね、カズミ」という美沙希の声は、我が事のようにうれしそうだ。
しかしカズミは、美沙希に釣ってほしいという気持ちでいっぱいだった。
雨がしとしと降っている。
釣り人の数は少ない。
水面で跳ねる魚の数は多い。
雨の日が釣れるという美沙希の言葉は本当のようだ、とカズミは3匹目を取り込みながら思った。
でも美沙希のビッグベイトにあたりはない。
「本湖に行きましょう。でかいバスがいるはずだわ」と美沙希は言った。
茫漠としたカスミガウラよりも、川や水路の方が釣りやすく、魚は多い。
しかし求めるのがデカバスならば、本湖に行くのは正解かもしれない。
カズミはうなずいた。
カスミガウラでのランガンが始まった。
広い湖に向かって、美沙希は相変わらずビックベイトを投げる。
カズミは杭や人工構造物や葦などの変化のある場所を狙って、ていねいにワームを沈めた。
4匹目、5匹目と彼女はバスを釣ったが、美沙希はノーフィッシュのままだった。
あのビックベイトにランカーが食いつきますように、とカズミは祈った。
ゴールデンウイーク初日にキャットフィッシュを釣った港に来た。
雨が激しくなってきていた。
風も強くなり、本湖の白波は高まっていた。
美沙希はテトラポッドに足を踏み出した。
「ねえ、今日は滑りやすいし、危険じゃない?」とカズミは言った。嫌な予感がする。
「だいじょうぶ、気をつけるから。この風、この雨、デカバスを釣るチャンスよ。釣れる気がする」
美沙希の目はランカーだけを見つめていた。
危ういな、とカズミは思った。
美沙希はテトラポットの上に立ち、ビックベイトを投げ続けた。
デカバスを取り込むためのランディングネットを背負っている。
カズミはその横に座り、釣りをしないで、ただ美沙希を見つめていた。
雨に濡れたテトラポッドの上で釣りをする気にはなれなかった。明らかに危険行為だ。
美沙希は黙々と巨大なルアーを投げ続けていた。
何十投目だろうか。
水面をうねるように泳ぐブルーギルを模したビッグベイトに、魚が飛びつくのが見えた。
それは黒々としたキャットフィッシュではなく、ダークグリーンのブラックバスだった。
それも並みの大きさではない。単なる大物でもない。化け物のようなビックバスだ。
「ついに来たわ、まちがいなくランカーよ!」
美沙希は竿にしっかりと魚の重みが乗るのを待って、大きくあわせを入れた。
「かかった。絶対に取り込んでやる!」
美沙希とデカバスとの格闘が始まった。
ロッドが限界までしなり、リールが鳴って、ラインが引き出されていく。
カズミは息を飲んで美沙希のファイトを見つめていた。
美沙希は時間をかけて魚を弱らせ、テトラポッドの近くまで寄せた。
彼女は右手に竿を持ち、左手にネットを持った。
巨大なバスはテトラポッドの際でさらに抵抗し、暴れ回った。
竿を高く掲げて、バスを水面に上げようとする美沙希。
ついにバスは疲れ切って、その巨体な背びれを現した。
「でかい……」とカズミはつぶやいた。
「50アップ、もらうわよ」
美沙希はネットをバスに向けて伸ばした。
そのとき、突風が吹いた。
「あっ!」
美沙希はバランスを崩し、テトラポッドで足を滑らせ、落水した。
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