第31話 告白

 カズミはお弁当を食べ終えて、自分の席に戻った。そして、机の中に手紙が入っているのに気づいた。

 昼休みの前にはなかったものだ。

 そっと文面を見る。

 

 話したいことがあります。放課後、体育館の裏で待っています。

 佐藤拓海


 あまり上手とは言えない字でそう書かれていた。

 カズミは佐藤を見た。

 彼は男友だちと話していて、視線は合わなかった。


 6時限目が終わると、美沙希が話しかけてきた。

「ねえ、この後、裏の池で釣りしない?」

「うん。いいけど、ちょっとだけ用事があるの。先に行っててよ」

「わかった。釣りしながら待ってるね」


 カズミは体育館の裏に行った。

 ひと気のない薄暗い場所だ。告白の名所だと聞いたことがある。

 佐藤が緊張した面持ちで歩いてきた。

 カズミは自分からはしゃべらず、彼が話し出すのを待っていた。


「時間を取ってもらって悪かったよ」

「今日も美沙希から釣りに誘われているの。あの子、釣りに狂っているのよ」

「川村は相当だよな」

「釣りをしていれば、あの子と遊べるの」

「琵琶は川村を気に入っているんだな」

「ええ。かなり気に入っているわ」


 佐藤が本題に入るのを、カズミは待っていた。

「話というのは」と彼が言った。「おれ、高校では彼女がほしいと思っているんだけど」

 無言で続きを待った。

「琵琶が好きなんだ。つきあってほしい」

 

 3回目の告白だった。

 男の子からの告白。

 返答は決まっている。


「佐藤くんは美沙希狙いだと思っていたわ」

「川村はきれいだよ。でも、あんなに話しにくかったら、好きにはなれない。おれが好きなのは琵琶なんだ」

「ごめんなさい」


 佐藤拓海の表情が凍りついた。

「そうか……。だめか……」

「他に好きな人がいるの。片想いだけど。あたし、これでも一途なのよ。他の人を好きになるなんてできない。思いっきり振られない限り、好きでいるわ」

「琵琶は、その人に告白しないのか?」

 あたしは無謀な告白はしない。佐藤くんみたいには、と思ったが、そのまま口に出すにはきついセリフだ。

「わからない」とだけ言った。

 

 佐藤が去った後も、カズミはしばらくその場にいた。

 美沙希への告白はきっと、いつまでたっても、無謀な告白なんだろうな……。

 玉砕覚悟でないと、告白なんてできないのかもしれない。


 さっさと玉砕して、あきらめた方がいいのかな。

 新宿2丁目に百合の小道というところがあるらしい。

 女性同性愛者が集まる店がたくさんある、とネットに書いてあった。

 そういうところに行って、堂々と恋人を探した方がいいのかもしれない。


 カズミは高校の裏林の池に行った。

「遅かったね。もう1匹釣っちゃったよ」

 小顔でボーイッシュな美沙希が笑う。世界で一番可愛い。

 その笑顔を向けられるだけで、カズミの胸は締めつけられる。

 片想いでもいいや。今はこの子のそばにいたい。


「待たせてごめんね。ちょっと告白されてた」

「ええーっ、誰から?」

「それは言えないかな。断ったから」

「断ったんだ……」

「うん。あたし、別の人が好きだから」


 美沙希が言葉を失う。

 カズミは本当に私を好きなのだろうか。

 同性愛者なのだろうか。


 カズミが釣りの支度をして、美沙希の隣でルアーを投げた。

 至近距離で彼女に立たれて、美沙希はまたわけがわからなくなって、動悸がした。

 カズミは絶対に失いたくないかけがえのない友だちだ。

 この世で唯一無二の存在だ。

 でも、告白されたらなんて答えればいいのだろう。

 恋人として愛せる?

 愛せない?

 美沙希は頭がぼーっとして、魚のあたりに気づかなかった。

「引いてるよ」とカズミが言った。

 慌ててあわせたが、美沙希は小さなブラックバスをバラしてしまった。


 美沙希は50アップのランカーバスを釣りたいと思っている。

 でもランカーすらこの世にたくさんいる存在だ。

 カズミは50アップ以上に貴重な存在で、しかも手が届くところにいる。

 この人を確実に釣り上げて、リリースしないで、自分のものにするべきなのだろうか?

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