第30話 教室

 翌日、美沙希は学校を休まなかった。

 昼休みに屋上にも行かなかった。

「教室で食べる」とカズミに言い、自分の机でコンビニおにぎりを食べ始めた。

 美沙希の前の机が空いていたので、カズミはそこに座ってお弁当を食べた。


「ねえ、どうかしたの?」

「私も強くなろうかなって思ったの……」

 美沙希のおにぎりを持つ手がガクブルと震えている。教室で食べるというだけで緊張してしまうのだ。

「なんで? 美沙希はそのままでいい。無理することないんだよ」

「このままだと、私はカズミに依存するよ? 私は自分で自分を守れるようになるべきなの。昨日の夜、そう考えた……。怖いけど、教室から逃げないと決めたの」

「依存していいよ」とカズミはささやいた。

「だめだよ。私、甘えるよ? もたれかかるよ? すごーく重いよ?」

「いいの。あたしは美沙希を支えられる。守れると思う。あたしに頼って?」


 そのとき、クラス委員長の立花真央が話しかけてきた。

「川村さんと琵琶さんが昼休みにいるなんて、珍しいわね」

「ひゃっ」

 美沙希が変な声をあげた。

「お昼、ご一緒させてもらってもいいかしら?」

「ひゃっ、ひゃいっ、ろうぞっ」

 思いっきり噛んで、美沙希が答えた。

 真央は椅子を持ってきて、美沙希の机の上にお弁当を置いた。 

 大事な話をしていたのに、邪魔者が来た、とカズミは思った。


「ふたりは釣りが趣味なんでしょう?」と真央が言った。

「ひゃいっ」

 美沙希の視線は宙を舞って定まらず、おにぎりを食べようとするがのどを通らず、はっきりと挙動不審だ。

「あたしは始めたばかりよ。まるっきりの初心者」

 カズミはあからさまに冷めた目で真央を見ている。

「あ、あ、ちがうの。カズミはもう初心者じゃない。始めて1か月だけど、初級者よ。すごく上達が速いの」

「もしそうだとしたら、美沙希の教え方がうまいのよ」

 美沙希には笑みを見せる。

「ふーん。釣りって、楽しいの?」

「釣りより楽しい遊びはないよ、たぶん。他の遊び知らないけどっ」

「面白いわよ。知らない快感があったわ」

「よかったわね。そのうちわたしにも教えてね」


 立花真央は美沙希ほどではないが、背が高い。

 カズミほどではないが、胸が大きい。

 スタイルが良い。

 顔立ちも整っている。

 ボブヘアの美人。

 カズミの見るところ、クラスで美沙希に次ぐ美少女だ。


「釣りに興味あるの、立花さん?」とカズミが聞いた。

「正直に言うと、それほどはないわね。魚を苦しめたくないし」

「それなら、美沙希に教えてなんて言わないで」

 カズミは美沙希とのふたりの時間を誰にも邪魔されたくなかった。

「あなたは社交辞令という言葉を知らないの? そのうちというのは永遠に来ない日のことなのよ」


 カズミが真央をにらみ、真央はカズミをにらみ返した。

 美沙希は何を言えばいいのかわからなかった。

 教室はやっぱり怖い。

 その後、会話は弾まず、3人は黙々とご飯を食べた。


「ごめんね、川村さんと話したかっただけなのよ」

「わ、私、雑談が得意じゃなくて。ごめんなさい」

「あやまる必要ないよ、美沙希」


 カズミと真央の相性はよくないらしい、と美沙希にもわかった。

 人間関係はむずかしい。

 私にやさしいカズミは、誰にでもやさしいわけではない。

 私にだけやさしい彼女は、私以外の人にはやさしくできないのかもしれない。

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