第23話 約束

 とうてい眠れそうにないと思っていたけれど、いつの間に寝入っていたらしい。

 カズミはぐっすりと眠り、快適な目覚めを迎えた。

 ふあぁ、よく寝た〜。疲れがすっかり取れている。

 いい昼寝だった〜。


 美沙希は先に起きていて、すでに服を着て、カズミを見下ろしていた。 

 カズミは掛け布団をどけて、起き上がろうとした。

 美沙希の視線を感じる。

「おっきいね、胸」と彼女が言った。

「え?」

 美沙希の視線はカズミの胸に向けられていた。

 下着姿の胸。白いブラジャーとそれを盛り上げているふたつの丘。

「やっ! 何見てるのっ?!」

「おっぱい」

「いや〜!! その目やめて〜!!」

 食い入るように見られている。

 カズミは慌てて服を着た。


「カズミ、モテるでしょう?」

「えっ、なんで?」

「かわいいし、胸が大きい。男の子はカズミみたいな子が好きなはず」

 確かに胸を見られていると感じることは多い。

 でもそんなにモテるというわけではない。

 2回ほど告白されたことはあるけれど……。

 男の子から告白されても意味ないんだよねえ。

「モテないよ。かわいくなんてないもん。美沙希の方がよほどモテるでしょう? すごくきれいだから」

「知らない男の人から声をかけられることはけっこうある。ナンパっていうの? でもそんなの、恐怖でしかないよ」

「ああ、美沙希はそうだろうねえ」

「男の子なんて、怖いだけだよ」

 

 もしかしたら、この子は恋をしたことがないのでは、とカズミはふと思った。

「ねえ、初恋はいつ?」

「ハツコイ……」

 美沙希は遠い目をした。

「高校生にもなって、初恋をしてないって変なのかな?」

「美沙希、初恋まだなの?」

「まだだよ。男女の恋愛なんて、興味ないもん。私は、生きてるだけで精一杯なの……」

 美沙希の声は震えていた。

 その目は虚ろだ。

 カズミは彼女の心の深淵をのぞいたような気がして、鳥肌が立った。


「あたしがいるよ」

「カズミ……?」

「あたしがいるから、生きていてね」


 外はもう夕暮れになっていた。

 ずいぶんと長く昼寝をしてしまったらしい。

 美沙希がライトのスイッチを押した。

 部屋がパッと明るくなる。


「ありがとう、カズミ」

 美沙希が微かに笑った。

「また釣りにつきあってくれる?」

「もちろんだよ。連れてって!」

 カズミが弾んだ声で答えると、美沙希が花のような笑顔になった。この笑顔が好きだ、とカズミは思った。


「じゃあ、明日は?」

「あ、明日はだめなの。お母さんと買い物に行くことになっているから」

「じゃあ、明後日は?」

 美沙希がぐいぐい来る。カズミは笑った。

「明後日ならいいよ。ゴールデンウイークの最終日だね」

「約束だよ!」

「うん、約束だね!」

 美沙希がにこにこしている。いつまでもこの笑顔を見ていたい。


「明後日、朝5時にうちに来てくれる?」

「わかった! ここに来ればいいんだね」

「ロッドもリールも持って来なくていいよ」と美沙希が言ったので、カズミは首を傾げた。

「どうして? 釣りするんだよね?」

「ベイトタックルを貸してあげるから、それを使ってよ」

「ベイト……タックル?」

「ベイトリールとベイトリール用ロッド、それから仕掛け一式! やっぱりベイトリールを使いこなしてこそ、バサーって言えると思うんだよね」

 バサーかぁ、とカズミは思う。別にバサーにならなくてもいいんだけど、美沙希につきあって釣りを続けるなら、必然的にバサーになっちゃうのかな?


「明後日、秘密の水路に行こう! そこで葦撃ちを教えるから!」

 ベイトタックルも、葦撃ちも、カズミにはなんのことだかわからない。

 ただ、美沙希が笑っているなら、なんだってよかった。

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