日常15 キス騒動。気絶からの桃色の紙(記入済み)

「……で、なんでこうなっておるんじゃ?」


 教室に戻ると、儂は二人に取り合われていた。


「いえいえ、美穂さんが無理矢理まひろちゃんを取ろうとするので、致し方なく」

「は? まひろは私が世話をするから、瑞姫は離していいわよ」

「いや、その喧嘩を止めて欲しいんじゃが……。というか、儂、さっきから取られては取られて、取られては取られてを繰り返しているせいで、気持ち悪くなってきたんじゃが……」


 こう、シェイクされまくってるようなもんじゃし。


 儂、そんなに三半規管が強い方じゃない……。


「す、すみません!」

「ごめん!」


 儂が気持ち悪くなってきたと伝えた瞬間、二人は慌てて儂を離した。


 お、おー、久しぶりの地面な気がする……。


「まったく……。よいか? 儂が好きなのは、まあ……わかったが、だからと言って、その相手を取り合うのだけは勘弁してくれ。儂は一人じゃ。分身出来るわけじゃあるまいし……。儂、死ぬぞ? 死んじゃうぞ? というか、儂はただ楽に生活したいだけで、こんなことを望んでおるわけじゃない」

「「はい……」」

「……なぁ、説教してるように見えて、あれ、要は自分が楽したいからあまり喧嘩するんじゃない、と言いたいだけじゃ……」

「聞こえておるぞ、健吾」

「すんません!」


 まったく……。


「そもそも、じゃ。なんで儂のことが好きなんじゃ? こう言ってはなんじゃが、儂、そんなにいい所ないぞ? ぐーたらだし、寝てばかりだし、なんじゃったらデリカシーがないかもしれぬ。そんな相手、好きになるのか?」

「なる」

「なります」

「お、おう、そうか……」


 やばい。


 この二人、割とガチじゃ。


 お、おかしい……一体どこにこんなフラグが立っておったんじゃ?


 特に、瑞姫の方。


 儂とこやつに接点はほとんどなかったはずなんじゃがな……。


 ……そう言えば、瑞姫は儂のことをよく知っていたような……なぜかは知らぬが。


「それで、結局どっちを選ぶのよ?」

「どっちを選ぶと言われてものう……。いきなり言われたんじゃ、儂としても答えを出しあぐねるぞ」


 あれじゃな。いきなり告白されると、かなり困る、と言うのはマジでその通りだったんじゃな。


 恋愛マンガやら、ラノベやらでよくあるシチュエーションじゃが、こう同時に来るとなると……困る、という気持ちの方が強すぎて、すぐに答えが出せん。


「ともかく、じゃ。新学期早々にこんな状況になると、マジで困る。というか、あれじゃ。何と言うか……二人が儂を好き、と言うのが未だに信じられん。なんかこう、証拠とかないのか?」

「まひろさん、それは少々失礼では?」

「そんなこと、百も承知じゃ。しかし、儂じゃぞ? 絶対にモテることはないとか思っておった儂じゃぞ? こんな状況、信じられるわけなかろう」


(((いやそれ、お前が気付いてなかっただけで、クッソモテてたぞ)))


 む? なんじゃ、今クラスの連中ほぼ全員が同じ事を思っていたような……。


 気のせいか。


「じゃ、じゃあ、証拠を見せればいいってことよね?」

「証拠を見せれば、恋人になってくれますか?」

「む? いや、まあ……そりゃぁ、証拠さえ見せてくれれば、構わないと言えば構わないが……」


 なんて、儂が言った瞬間じゃった。


 不意に美穂が儂の目線に合わせると、なぜか儂の頬に両手を添えた。


 な、なんじゃ? この状況は。


『え、うそ……』

『ま、マジ?』


 周囲も騒がしくなっておるが……ハッ! ま、まさか!


「み、美穂――んむっ!?」

「んっ」


 儂が美穂のやろうとしていることに気が付いた瞬間には、時すでに遅し。


 儂の口は、美穂の口で塞がれた。


「んっ、んんんんんん!?」

『きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!』


 って、き、キスじゃないのかこれは!?


 え、は、なぬぅ!?


 しかも、周囲からも歓声が……いやいやいやいや!?


「ぷはっ。……ど、どうよ! これが本気よ!」

「え、は……ふぇぇぇ?」


 美穂の言葉が耳に届かない。


 わ、儂の身に、一体何が起こったんじゃ……?


 き、キス? キスをされたのか……?


 そ、そんなまさか……!?


「美穂さん抜け駆けはずるいのです! まひろちゃん、わたしもです!」

「へ……んむぅ!?」


 混乱する儂をよそに、今度は瑞姫が儂の口を塞いできた。


『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!』


 二度目の歓声。


 あ……なんか、美穂と違う感じじゃ……って、そうではなく!


「んむ!? んんんっ!」

「はぁっ。ど、どうですか、まひろちゃん!?」

「ど、どう、と言われても……え? あ、ぅ、ふえぇぇぇぇぇぇぇ……?」


 な、なんじゃ、どういうことじゃ……?


 儂、なんで二人にキスをされておるんじゃ……?


 ほ、本当に好き、だと言うのか? ま、まさか……そんなはずは……しかし、現にこうして潤んだ瞳に赤く上気した頬を見ていると、冗談でも遊びにも見えなくて……わ、儂は……儂は……!


「きゅぅぅぅ~~~~~……」


 気絶した。


「た、大変だ! まひろの脳内がキャパオーバーになったぞ!」

「保健室に連れて行きましょう!」

「「じゃあ私|(わたし)が!」」

「喧嘩しないでくださいね!」


 そんな、喧騒が最後に聞こえた気がした。



「……ん、んぅ……こ、ここは……」


 目を覚ますと、白い天井が見えた。


 そして、鼻につくこの消毒液の香りは……


「保健室、か?」


 どうやら儂は、気絶してしまったらしい。


 ……いや待て。もしかすると、今までのことは全部夢で、儂は女になっているわけでもなく、普通に寝ていただけなのではないか?


 ふっ……そうか。夢じゃったか。


 なら……


「すぅ……すぅ……」

「くぅ……くぅ……」


 儂を挟むようにして眠っているこの二人も、きっと夢なのじゃろう。


 なるほどのう……。


 …………夢じゃないじゃん。


「と言うか儂、起きられなくね?」


 だって、儂の両サイドにいる二人、幼女の儂を抱き抱えるようにして眠ってるんじゃもん。


 美穂は華奢で女の子らしい柔らかさをしている上に、花のような匂いがして落ち着かんし、瑞姫の方はその包容力のある胸によって儂の理性(?)を刺激している状況。いやしかし、男の時より興奮とかないんじゃな。あれか。女だからか。


 だとしても、この状況は何というか……恥ずかしい……いや、戸惑い、か?


 ともかく、ものすごく困る状況であるのはたしかじゃな。


 どうにかせねばならないが……。


「こうも気持ちよさそうに寝ていると、起こすのが忍びないのう……」


 あと、儂的にもちょっとこの状況は嬉しいかもしれんし。


 なにせ、美少女二人に挟まれている状況なわけじゃからな。


 いくら恋愛にそこまでというほどの興味がなかったとしても、これはかなり来るものがある。美穂なんて、普通に好きな相手じゃったから余計にな。


 瑞姫は……うん。個人的にいいと思っておる。


 なんで儂を好きなのかは不明じゃがな。


 実際、性格はよい。なんか、儂の世話を焼こうとしてくれるくらいじゃしな。あとは、話しやすくもある。


 以前の服選びの時は……まあまあ酷かったが、仕方ないとしても、決して悪い奴ではない。


 しかし……あれじゃな。これ、寝れるのではないか?


 二人に挟まれているとこう、温かくて眠くなってくるわけで……。

 人肌ってこうも温かいものなんじゃなぁ……。

 おかげで眠くなってきた。


「ふわぁぁぁ……うむぅ……寝るか……」


 おやすみ。



「すぅー……すぅー……」

「……」

「……」


 沈黙。


 まひろが眠りだしてから数分後、入れ替わるようにして美穂と瑞姫の両名が目を覚ました。


 そして、二人は起き上がるとそのまま向かい合うようにして座り、黙りこくる。


「……ねぇ」

「……あの」

「そっちが先に――」

「そちらがお先に――」


 と、動きとセリフがシンクロ。


 少し気まずい空気が流れる。


「……じゃあ、私から」

「はい、どうぞ」

「……なんか、やりすぎたわね」

「……ですね」

「自分でも、あれはどうかしていたと思うわ……。く、クラスメートがあんなにいる中でのキス、とか……あぁぁぁぁぁ、今思い出しただけでも恥ずかしいぃぃぃぃぃぃ……!」

「わたしもです……。人前であんなはしたないことを……」


 二人そろって、先ほどのことを思い出し、身悶える。


 普通に考えて、衆人環視がある中でのキスである。しかも、相手は一応女。正確に言えば、性転換した元男なため、そこまで問題はないように思えるが……そうだとしても、人前でキスをしたのは、やはり恥ずかしいものなのだろう。


 普通に、身悶えるに決まっている。


「……でもこれ、最終的にどちらか一方しか選べない、のよね?」

「……そう、ですね。わたしとしましては、お互いにギクシャクするのはちょっと……。せっかくお友達になれたので……」

「そうよね……。どうにかする方法、ないかしら……」


 と、お互いうーんと頭を悩ませていると、


「むにゃむにゃ……かみぃ……多重婚をさせようとするなぁ……くぅ……くぅ……」

「「!?」」


 なんというタイミングだろうか。


 キス騒動の少し前に電話をして頭に残ったが故に、寝言として出て来てしまった。


「……今、多重婚って言ったわよね、まひろ」

「……言いました、ね」

「……もしかして、まひろとなら多重婚が認められている、のかしら?」

「……ちょ、ちょっとお父様に訊いてみます!」


 瑞姫はそう言うと、急いで電話をかけ出した。


「もしもし、お父様ですか? はい、ちょっと訊きたいことがありまして……。はい、はい。えっと、『TSF症候群』を発症させた方って、多重婚が認められているのでしょうか? ………………ほ、本当なのですか!? はい、はい。実は……好きになった方がそう言う方でして……。もう一人、その方が好きな人がいるのです。なので……え、二枚持って来てくれる? ありがとうございます! さすがお父様ですね! はい、今学園の保健室にいますので……はい、はい! それでは、よろしくお願いします!」

「瑞姫? あなた、一体何を話したの?」


 不思議そうな表情を浮かべながら、瑞姫に尋ねると、瑞姫はとてもいい笑顔で話した。


「はい! 実はですね――」



 一時間後。


「……んっ、ふわぁぁぁ……よく寝たのじゃ……」


 何やら酷い夢を見たような気がするが……まあ、よく眠れた。


 二人が一緒だったからかのう?


 まあよい。


「む? そう言えば、二人はどこへ……」


 気が付けば、二人がいない。


 さっきまでベッドにいたような気が……って、そう言えば儂、どれくらい寝ていたんじゃ?


「んー……体感的に、一時間、と言ったところかのう?」


 儂の特技の一つ。時計を見なくてもどれくらい寝たかがわかるこの特技。

 正直、何に使うのかわからぬが、場所によっては疲れるかもしれぬな。例えば、時計がない場所とか。


 現に、今使えているわけじゃし。


 ふふ、どんなくだらない特技でも、使えるところはある、ということじゃな。


 さて。


「起きるか」


 さすがに、一時間も寝ていたんじゃ、問題じゃろうからな。


 ……となると、今は入学式とかをやっておるのかな?


「ふむ……初っ端からサボりは不味いような気が……」


 しかし、儂が悪いわけじゃないし。


 悪いのは、キスをしてきたあの二人じゃし。


 ……いや、責任転嫁はやめよう。転嫁じゃなくとも、儂が気絶しなければよかったわけじゃからな。悪いのは儂。


「……しかし、高校のベッドは地味に高いのう……」


 ちと降り難いぞ。


 まあ、儂の体が小さくなっている以上、そこは仕方がないんじゃがな。


「よっと。……さて、保健室の教諭はと」


 シャーッとカーテンをずらし、ベッドエリアじゃない場所から出ると、


「あ、起きたわね、まひろ」

「おはようございます、まひろちゃん」

「……なんじゃ、なんで二人がおるんじゃ?」


 二人が見事な笑顔を浮かべて立っておった。


「ちょっと、あんたを待っていたのよ」

「儂を?」

「はい。ではまひろちゃん。こちらを」


 そう言いながら、二人は何かの紙を渡す。


 む? なんか、桃色じゃな、この紙。


 どれどれ。


「………………こ、婚姻届……?」


 なんか、好きだった女子と、母性溢れるお嬢様の二人が……儂に婚姻届(二人の箇所は記入済み。血縁者の部分も記入済み)を渡してきた。


 ……………………は?

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