日常14 新学期早々大騒動。マッドサイエンティストは爆弾投下
『ま、マジでお前あの桜花なのか?』
自己紹介終了後、軽い休憩時間になると、新しいクラスメートたちが、儂の所にやってきた。
中には、去年儂と同じクラスだった者もおるし、ちょっとあれじゃな。
「うむ、そうじゃぞ。というか、さっき自己紹介をしたじゃろ」
『だけど、元の姿とかけ離れすぎててわからないって言うか……』
『本当に、誰!? 状態だしな……』
「まあ、髪色が一番変わっておるしな」
『『『いやそこじゃねえだろ!?』』』
「ははは、仲がいいのう」
『……あー、こいつやっぱ桜花だわ。この、ちょっとずれた感じの性格に話し方。桜花だ……』
む? 儂、そんなにずれておるかの?
その辺りはよくわからん。
『……で、質問なんだが』
「なんじゃ? 儂に答えられることなら、なんでも答えるぞ?」
『そうか。じゃ、遠慮なく……お前、羽衣梓さんと何があった!?』
「どういう意味じゃ?」
『なんでお前……羽衣梓さんの膝の上にいんの!?』
そうツッコミを入れた男子に賛同するように、他の者もうんうんと頷いていた。
あぁ、これか。
「いや、なんかこやつ、儂を抱っこしたがるんじゃよ。断ろうとしたら、なんか泣かれかけたんで、まあ、仕方なく許可した。あと、普通に座り心地がいい」
『それはどうでもいいわ!』
現在の儂、休み時間になるなり、なぜか瑞姫が儂を抱っこし、そのまま膝の上に乗せていた。
そんな瑞姫はと言えば、
「ふふふ~」
にっこにこの笑顔を浮かべながら、儂の頭を撫でておった。
あと、たまに自分の頭を儂の頭に載せたりもしてくる。
ちなみに、さっき儂が言ったように、座り心地はかなりいい。
太腿はものもちもちとしていて柔らかいし、寄り掛かると胸に埋まる。儂の頭が。
なんかあれじゃな。人をダメにするクッションを思い出すのう。
恥ずかしさに関してはそこまでないな。
だって儂、どこからどう見ても幼女じゃもん。
そんな姿の儂が、こんな風に抱っこされていたとしても、恥ずかしさは出てこんな。これってあれかの? 思考が体に引っ張られておるのかのう?
まあ、そんなことはどうでもいい。
「見ての通り、瑞姫がこうしたいらしいので、別にいいかなと」
「えへへぇ、まひろちゃんを抱っこするの、かなり嬉しいのです」
「そうか。ま、儂も別にいいと思っておるんで、構わんがな」
「じゃあ、今後はずっとやってもいいということですか?」
「いや、さすがにずっとは……」
と言いかけたところで、少し考える。
儂を抱っこして移動してくれたり、膝の上に座らせてくれたりする……ということは、
「のう、瑞姫」
「はい、なんですか?」
「儂を座らせてくれる、ということはもしや、昼食の時とか……」
「もちろん、食べさせてあげますよ?」
そのつもりだったんかい。
「マジで?」
「マジです♪」
「ふむ……」
食べさせてくれるとな。
つまり…………儂自ら食す必要はないということかっ!
そ、それは嬉しいかもしれぬ!
ひたすらぐーたらするのが好きな儂じゃ。とことん楽できるところは楽をしたい。そう考えるのは当たり前のこと。
しかし、食事くらいは自分で食べないといけなかったが……今は違う! 瑞姫が食べさせてくれる、ということは、儂自身の労力が減るということ!
しかも、向こうからやりたいと思ってくれておるらしいし、これは断るのも悪いというもの!
な、何と言う夢の生活じゃ!
女になったことで、まさかこんな楽な状況を得られようとは……!
「よし、頼もう」
「いいのですか!?」
「うむ。正直、楽したい」
「わかりました! では、これからはそのようにしますね!」
「うむ」
ふっ、『TSF症候群』いいものかもしれんなぁ……。
なんて、今後の生活に夢を馳せていたら、
「何言ってんのよ!」
突然、美穂に頭を叩かれた。
「あいたっ! な、何をするんじゃ、いきなり!」
「当たり前でしょうが。あんた、さすがに瑞姫に頼りすぎじゃないの?」
「そうは言うがな、瑞姫がやってくれると言うんじゃぞ? 別によくないか?」
「はい、わたしは構いませんよ! むしろ、わたしがしたいのです!」
というと、美穂がたじろぐ。
しかし、なんだか不機嫌な気がしてならない。
怒っているような気がするんじゃが……一体、何に対して怒っているんじゃろうか?
「……もしかして、美穂さん」
「な、何よ」
一瞬何かを考えるそぶりを見せた後、ちょっとだけ微笑んで瑞姫が美穂に声をかける。
それに対し、美穂は少し警戒しておった。何に?
「美穂さんも、まひろちゃんを抱っこしたりしたいのですか?」
「なっ!?」
瑞姫の口から出た言葉に、美穂は目に見えて先ほど以上にたじろいだ。
なぬ。
「そうなのか?」
「ばっ、ち、違うわよ!? た、ただ、その……あれよ! 恥ずかしい行為をしているから、ちょ、ちょっと怒ってるだけよ!」
「怒っておるんかい」
「でも、これはまひろちゃんとわたし、合意の上でのことですし……」
「よ、よくないっ!」
「おぬし、一体何が言いたいんじゃ?」
去年も妙に儂に突っかかってくることもあったが、今年は去年以上じゃな。
なんでじゃろう。
「それなら、どうしてここまで言ってくるのでしょうか? 一応、美穂さんは関係ないような気がするのですけど……」
瑞姫も困ったのか、正論で美穂に言葉を返す。
これ、人によっては煽っているようにしか聞こえんな。まあ、本人を見る限り、そうではなさそうじゃが。
「~~~~っ! そ、そうよ! 私もまひろを抱っこしたいのよ! 文句ある!?」
「いや文句はない……って、なぬ!? マジで!?」
「マジよ!」
な、何ということじゃ……!
わ、儂を抱っこしたいとな?
……そう言えば、掲示板の前で抱っこされた時は、結構よかったのう……。落ち着くと言うか。
瑞姫はリラックスできて、美穂は謎の安心感があるんじゃよなぁ……。
個人的に、甲乙つけがたい。
「あらあら。美穂さんもやっぱり、まひろちゃんを抱っこしたかったのですね!」
「そ、そうよ! あと、その、お、お世話をしてみたり、とか……」
「なるほどなるほど……」
何がなるほどなんじゃ。
それにしても儂、なんかとんでもない状況になってはおらぬか?
……ただ、何じゃろうか。
美穂と瑞姫の間で微妙に火花っぽいものが散っているような気が……気のせいじゃな。
「では、こうしませんか? 一日交替でお世話をするんです」
「……なるほど。それで?」
「月水金でお世話した場合、次の週は火曜日と木曜日、となります」
「それはいいわね。公平で。その週は二日しかなくても、次の週は三日、ということになるわけね」
「その通りです。これならば、お互い喧嘩することなく、生活できると思うのですが……」
「私は異論はないわ」
「では、そういうことで」
ガシッ! と二人が固い握手を交わすが……
「ちょっとよいか?」
「なに?」
「なんでしょうか?」
「いや、な? たしかに儂も楽できるし、個人的に二人の抱っこはいい。個人的に魅力的なんじゃが……さすがに、こう、学園にいる間それをされると、トイレの時とか困るのでは? と思うんじゃが……どう思うよ?」
ふと、考えてみたらそうなんじゃね? と思い直し、儂がそう尋ねると、二人ともなぜかいい笑顔で、
「「一緒に行けばいいじゃない(ですか)」」
と言った。
「おぬしら正気か!?」
とんでもないことを言いおったぞ!?
一緒に行けばいいって……トイレにか!? さすがの儂でも、それはいささか恥ずかしいぞ!?
その二人の発言を聞いて、周囲もざわつきだす。
じゃろうね!
「というか、なんでそんなに儂の世話をしたがるんじゃ!?」
勢いでそんなことを訊いてみた。
すると、二人は顔を赤くしだし……
「「好きだからですが!?」」
ドストレートな告白をしてきた。
「……………………な、なんじゃとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!?」
そして、儂は叫んだ。
いや、叫ぶじゃろ!?
『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』』』
そして、周囲からも歓声が上がった。
「……ハッ! わ、私は一体何を……!?」
「い、言ってしまいました……! ど、どうしましょう!?」
おいちょっと待てい!
なんじゃこの反応は!?
恋する乙女が好きな男に告白しちゃった♥ みたいな感じになっておるんじゃが!?
え、ま、マジで?
……いやいやいやいや! それはなかろう! さすがに!
「おい見ろよ、優弥。美穂の奴、とうとう言ったぞ」
「ですね。むしろ、なぜ今まで言えなかったのか、と言ったところでしょうか。しかし、肝心のまひろさんは……あ! ま、まひろさんが顔を真っ赤にしています!」
「なんだと!? あの、鈍感野郎が、顔を真っ赤にだとぅ!?」
「明日は天変地異かもしれません!」
「だな! ぜってぇ槍が降ってくるって!」
「おいそこの二人! 儂を貶しておらんか!?」
好き放題言いおって!
(あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……! わ、私はなんでこんな場所で告白してるのよぉ! 瑞姫に取られるんじゃないか、とか思ってたらなんか言い出してるしぃ……。だ、大丈夫よね? 私、嫌われたりとか、してないわよね!?)
(ど、どうしましょうどうしましょう!? つい勢い余って好きと伝えてしまいました……! 美穂さんが入ってきて、負けるかもしれないと思っていたら、つい口をついていました……。だ、大丈夫でしょうか? き、嫌われたりしていませんよね?)
ということの二人、一体何を考えておるんじゃろうか。
両手を頬に添えて、いやんいやんしておるし……。
まさか、勢い余って告白したから、恥ずかしくなった、とかじゃなかろうな?
ただ、儂は思う。この物語始まって、十四話目でこれはいささか早いんじゃなかろうか、と。
自分でも何を言っているのかまったくわからんが、ラブコメってこう……ある程度の馴れ初めがあるから面白いわけであって、昨今のネット上にあるラブコメのように一目惚れ、とか、助けられた、とかそう言う理由で惚れるのは何と言うか……違くね? みたいな。
いや待て。儂は本当に何を言っておるんじゃ。
あれか。唐突な告白で、頭が混乱しているのか。きっとそうじゃろう。うむ。
「そ、それで! まひろは、その……どっちを選ぶの!?」
「なぬ!? そ、それはあれか!? こ、恋人、的な!?」
「その通りです! どちらを選びますか!?」
「い、いや、突然そんなことを言われても、じゃな……。考えてもみよ。今日から新学期なわけで初日から告白されても儂は困ると言うかそもそもそう言う経験がなかったからすぐには答えられんし瑞姫に至っては最近出会ったばかりで何と答えればいいのかわからんしそれに儂は女じゃから女同士でというのも相手にとってどうなんじゃと思わないでもないと言うかおぬしらとて女の儂と恋愛するとか嫌じゃないのか?」
「す、すげえ! 普段は喋るのも面倒、とか言っているまひろが、息継ぎ無しであそこまで言ったぞ!?」
「あんなこともあるものですね。僕もびっくりです」
それくらい儂は混乱しているということじゃ!
「私は、まあ、構わないけど……」
「わたしも問題ありません」
「いや、さすがに瑞姫は問題ではないのか? 社長令嬢なんじゃろ?」
「はい、問題ありません。家業は兄が継ぐことになっていますから!」
こやつ、兄がおったんかい!
「なので、わたしには色々と自由があるのですよ。恋愛とか」
「いやまあ、儂自身は男女どちらとも結婚できるから、ある意味問題ないと言えば問題ないが……」
なるほど、こう言うことでもあったのか、あれの意味。
恋人同士だったのに、ある日同性同士になるとか、結婚できるなるしな。
……その割には、別の意図を感じるような気がするがな。
ブー、ブー!
「電話?」
ここで、儂のスマホが鳴る。
どうやら電話らしいが……誰じゃろう?
「す、すまん! 儂電話してくる!」
「「あぁっ!」」
儂は一言断ってから、逃げるように廊下へ出た。
後ろで、残念そうな声が聞こえてきたが……無理! 儂の脳内キャパシティーを超えておる!
「もしもし?」
『やぁ、元気かい? まひろ君』
「その声は……神か?」
『そうさ。悪いね、学園にいる時間だろうに』
「いや、正直助かった……」
『ん? どうした? 疲れた様子だが……』
「……いや、新学期早々、なんか女子二人から告白されてしまってのう……」
『ほっほー、色男ならぬ、色女と言ったところか。まひろ君も隅に置けないな!』
「面白がってるじゃろ!?」
くそう、儂の周囲には面白がるような奴しかおらんのか!?
「で、なんじゃ? 何かあったのか?」
『いや、実は君に『TSF症候群』について言い忘れていたことがあったのさ』
「言い忘れてたこと、じゃと?」
『そう。いやぁほら、『TSF症候群』を発症させた人は、何と言うか……美形だろう?』
「そうじゃな」
それが何だと言うんじゃろうか。
『実はそれで、とある理由で暴動が起こったということを言い忘れていてね。それに関する法律を言うのを忘れていた』
「暴動? 一体何が?」
『君が今体験している状況さ』
「……まさかとは思うが、モテすぎて暴動が起きた、とか言わんじゃろうな?」
『そのまさかだ。過去に、この国のとある人物が『TSF症候群』を発症させたんだが、当時、その人物がかなりモテていてね。誰がその人と結婚するか、みたいなことで事件があったんだよ』
なんでそんなことが過去にあるんじゃ。
たしかに、『TSF症候群』を発症させた者は、例に漏れず美形じゃ。
モテていても不思議ではない。
じゃが……それで事件が起こるとは……一体何があったんじゃ。
『ちなみにこの事件、割と大きなものだったんだけど、国が思いっきり報道規制してね。表に出なかったんだ』
「それで儂が知らないのか」
『そうさ。で、本題ここから。『TSF症候群』を発症させた者は、かなり貴重なサンプルであり、本来ならば国が保護したりしなければいけない』
「サンプルって……研究対象としか思ってなくね?」
『ま、そう言うもんさ。で、そんなサンプルを殺すわけにはいかないだろう? そこで考えた。こんな事件を二度と起こさない方法と、保護しないでも安定した暮らしをさせる方法』
国から金の支給があると言うのに、安定した暮らしをさせる方法とは一体。
なんかおかしくないか? この国のその辺の考え方。
「……それはなんじゃ?」
『多重婚さ』
「……………………は?」
とんでもない方法に、思わず呆けた声が出た。
え、今何と……?
『だから、多重婚。みんなで平等にわけあえば事件は起きない。取り合いは起きない。これで万事解決。あと、複数人で働いて発症者にお金を貢げば、絶対に飢えることはないだろう?』
「何を言っておるんじゃ!? 唐突にとんでもないことを言うでないわ!」
『だから言っただろう? 言い忘れていた、と。そもそも、そんな状況は起こらないとか思っていたんだがね。私も。だが、実際は起きてしまった。そうだろう?』
「ぐっ……」
たしかに、今の儂はその人物と同じような状況に陥ってはいる。
しかし……しかしじゃ。
「そんなアニメやマンガみたいなことが……」
「そもそも、『TSF症候群』なんて言う、アニメやマンガみたいな病気がある時点で、今更だろう?」
確かに。
『まあ、いいじゃないか。これで万事解決だろう? だって、多重婚だぞ? 多重婚。まさにハーレムじゃないか』
「儂女! 今の儂女じゃから! ハーレムとは言わん気がするぞ!?」
『じゃあ、逆ハーレムをご所望かい?』
「……それはそれでなんか嫌じゃな」
想像したらちょっとこう……いい気分はしなかった。
恋愛するならどっちでもいい、とか言っておったが、意外にもそうでもないようじゃ、儂。
『なら、百合ハーレムでいいじゃないか』
「どんだけハーレムにしたいんじゃおぬし!?」
『だって、よくないかい? 百合ハーレム。一人の女の子に対して複数の女の子が好意を寄せているんだよ? いいと思わないか?』
「それは! …………」
ちょっと想像。
…………………………いや、悪くない、かも?
『お、やっぱりハーレムかな?』
「……もう口閉じろ、おぬし」
『気にしないでくれ。正直、私が今まで担当してきた人たちは、色々ヤりはしたみたいが、結局固定の恋人に絞ったみたいでつまらなかったんだよ』
「今つまらなかったとか言ったよな!?」
『仕方ないだろ、面白いんだから』
「面白がるでないわ!」
電話の向こうで楽しそうにしている気配がひしひしと伝わってくる。
やはりこやつ、マッドサイエンティストかなんかじゃろ。
『ま、そう言うわけさ。もし、君がその二人に対して恋愛感情を少しでも持っているのなら、その制度を利用するといいよ。ちなみに、君の結婚可能年齢、十六歳になってるから』
「お、おい、今何と――」
『それじゃ、私はそろそろ研究の方に戻らなくちゃいけないのでね。じゃ、頑張って。アディオス! また会おう!』
「お、おい神!? 神!? き、切りおった……!」
な、何と言うとんでもない爆弾を投下していきおったんじゃ、あやつ……。
儂の悩みの種が増えるだけではないか。
くそぅ、普通にだらだらとした日常を送りたかっただけだと言うのに、なぜこんなことになったんじゃ……?
ちくしょうめ!
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