日常13 抱っこされるまひろ。断り切れない
去年クラスが同じだった、健吾、優弥、美穂だけでなく、春休み中に友達になった瑞姫までもが同じクラスというミラクルが起きた。
せっかくなので、ということで一緒に教室へ向かうことに。
……なんじゃが、
「……すまぬ。なぜ、儂が瑞姫に抱っこされておるのじゃ?」
「え? いえ、美穂さんに抱っこされていたので、わたしも抱っこしていいのかな、と」
「どういう理屈じゃ……」
儂はどういうわけか、瑞姫に抱っこされておった。
事の経緯を簡単に説明すると、
「あ、美穂さん。わたしもまひろちゃんを抱っこしてみたいのです!」
「ええ、いいわよ。はい」
「わーい! ありがとうございますっ!」
「……おぬしら、なぜ当人の儂の許可なしに渡しておるんじゃ」
ということじゃな。
小さくなると、こう言うことも増えるのかの?
「でもよ、抱っこされて歩くのって、楽なんじゃねーの?」
「……楽。すっごい楽」
「となれば、まひろさん的にも素晴らしい状況なのでは?」
「……いやまあ、たしかによいぞ? なんか、気持ちいいし……主に後頭部が」
なんと言うか、ふわふわとした感触が儂の後頭部を包み込んでおるし……。
胸じゃろうな、これ。
事実、瑞姫の胸はでかいしのう。少なくとも、服の上からでもわかるほどに、膨らんでおったし。
「くっ……やはり、胸かっ……!」
「何を悔しがっておるんじゃ、美穂は……。胸なぞ、ない方が動きやすくてよいじゃろ?」
「持つ者に、持たざる者の気持ちはわからないわよっ!」
うーむ、これは何を言っても無駄じゃな。
だが、そこまで悔しがるほどか? しかも、微妙に涙が見えるんじゃが。
「はぁ~~~、幸せです……」
反対に、瑞姫の方はやけに蕩けた表情を浮かべておるし。
「急にどうしたんじゃ、瑞姫」
「いえ、まひろちゃんのような子を抱っこするのが好き……と言うか、してみたかったのです」
「ほう、そうなのか。よかったな、夢が叶って」
「はい!」
面白い奴じゃな、こやつ。
たまーに、言い表すことができない何かを感じることがあるが……まあ、何の問題もないじゃろ。
しかし、この状況目立つな……。
『羽衣梓さんが抱っこしてるの、誰だ?』
『妹……にしては、似てない』
『でも、すっごく可愛くない?』
『あんな娘がいるんだな、ってくらいに可愛い』
……うむぅ。
「ほら、可愛いらしいわよ? まひろ」
立ち直りが早いな、こやつ。しかも、ニヤニヤしながら言うし。
「聞こえておるわ。……しかし、あれじゃな。やはり、この姿は目立つようじゃな」
「そりゃそうだろ。桜色の髪とか普通コスプレしない限りいないわけだしな。しかもお前の場合地毛だろ? 目立つに決まってるって」
「ですね。まひろさんは、かなり可愛らしい見た目をしていますから。当然かと」
「……そうか。なんか、そう褒めちぎられると、むず痒いのう」
「あ、照れてるわ」
「わ、儂だって照れる時くらいあるわ」
「顔が赤いですよ? まひろちゃん」
「むぅぅぅ~~~~」
恥ずかしくなって、思わず頬を膨らませる。
「まひろが頬膨らませるとか新鮮だな。ってか、似合いすぎるぞ、その姿だと」
「う、うるさいわい!」
「ほんっと、可愛いわね、あんた。小憎らしいくらいに」
「くそぅ、男に戻りたい……」
「諦めなさい。一生、女の子なんだから」
「くぅ……」
なんという恥ずかしさじゃ……。
これは、男の方がまだよかったやもしれぬ……。
なぜ、発症させてしまったんじゃ、儂。
クラスの前まで瑞姫に抱っこされながら移動する、という状況が続いたが、さすがにクラスの前では降ろしてもらった。
抱っこされながら入るのは、いくら儂と言えど、いささか恥ずかしいものがある。
にしても、ドアが高く見える。
背が小さいとこうなるのか……。
「何してんのよ?」
「いやなに。ちと考え事をな。どれ、開けるかの」
取っ手に手をかけてドアを開ける。
ガラッと音を立ててドアが開き、五人で中へ。
「おぉ、見知った顔もやっぱりおるな」
「まあ、一学年七クラスだしな。そりゃ、何人かは同じになるだろうよ」
「というか、まひろへの視線がすごいわね」
「じゃな。まあ、仕方あるまい。どれ、儂の席は、と」
ふむ……やはり、一番右側の列か。
一番後ろとな。
……これ、黒板が見えないのでは?
「……む、いかん」
「どうしましたか? まひろちゃん」
「いや、机が……でかい」
「「「「あ」」」」
そ、そうか。
本来ならば、高校生用として作られているはずの机や椅子。
儂のように、小学生くらいの体格の者向けに作られたものではない。
そのせいで、儂は今、足がぷらぷらとしておるし、机に至っては、脇より少し下くらいにあるぞ。
おぉう、まさか、こんなことがあろうとは……。
「あとで、担任に言っておかないといけないわね」
「じゃな……。これでは、授業を受けるのも大変じゃ」
「お前、色々と苦労しそうだな、マジで」
本当にな。
『お、おい、あの娘誰か知ってるか?』
『いや知らん』
『転校生……にしては幼いし、それにしては笹西とかと仲がいいみたいだしよ』
『……笹西や三島、音田と言えば、あいつがいなくね?』
『あいつ……あぁ、桜花のことか? そういやいないな』
『もしかして、あの幼女が桜花だったりしてな!』
『いや、そりゃないだろ。あのいつも寝てばっかの桜花だぞ? 女顔だったけどよ』
正解じゃ、そこで話している男ども。
しかし、気づかれないもんじゃな。
まぁ、性別が変わっておるわけじゃし、それどころか髪色や目の色まで変わっておるわけじゃからな。気づくはずもない、か。
少し、寂しいものがあるのう。
そうして、しばらく五人で話していると、予冷が鳴った。
うちの学園の特殊なところと言えば、HRとかする前に、先に始業式に行くことじゃな。
なんで、早速始業式が行われる講堂へと移動。
なぜかあるしな、講堂。
というか、この学園地味に広いし。
っと、そんなことはどうでもいいとして、講堂へ移動。
なんじゃが……。
「おい、瑞姫よ。なぜ、再び抱っこされておるのじゃ?」
「抱っこしたいからです」
またしても、抱っこされておった。
こやつ、どんだけ儂を抱っこしたいんじゃ。
「なんと言いますか、しっくりくるんですよ、まひろちゃん」
「しっくりとな?」
「はい。ここが定位置、と言うのでしょうか? そのような気がしてなりません」
「……いやまあ、儂も楽だからいいんじゃが……できる事ならば、そうほいほいと抱っこはしないでほし――」
「……(うるうる)」
なんでじゃ!? なんか、ものすごくショックを受けたような顔をした上に、背後にガーン! という文字が見えるんじゃが!?
どんだけ抱っこしたいんじゃ、こやつは!
「だ、駄目ですか……?」
「うぐっ」
な、なんじゃ、このどうしようもない罪悪感は……!
しかも、涙目なのが余計にこう、儂の良心をグサグサと突き刺してくるんじゃが!?
……い、いや、儂としても別段嫌ではない。嫌ではない、がっ……!
「……わかったわかった。儂の負けじゃ負け。抱っこしていいぞ……」
勝てなかった。
「~~~っ! はい!」
わー、すっごくいい笑顔じゃなぁ……。
はぁ。儂もダメじゃなぁ……。断り切れんかった。
どうにも、昔から女が泣くのは苦手じゃ。
まあ、別段抱っこするだけじゃし、問題はないんじゃが……。
それに、考えてみたら楽できるからのう。
抱っこされながら寝ることができるかもしれん。
……そう思うことにしよう。うむ。
「まひろって、めんどくさがりだけどよ、ああ言うのには弱かったからなー」
「お人好し、ですからね。まひろさんは」
「それはそれとして、瑞姫、すっごくいい笑顔ね、あれ」
三人が、そんなことを話しておった。
始業式。
面白いことに、儂と瑞姫は席が隣じゃった。
『う』で始まる者は瑞姫しかおらず、『え』で始まる者が一人もいなかった結果じゃな。そのせいか、瑞姫は嬉しそうにしておった。
そんなに、友達が隣で嬉しいのかのう?
『――というわけです。ここで一つ連絡事項です。春休み中に、我が校の一人の生徒が『TSF症候群』を発症させてしまったそうです』
……おい、何を言っておるんじゃ、学園長。
突然の連絡事項に、講堂内がざわつく。
『ですが、ただ性別が変わっただけですので、あまりちょっかいなどを出さないようにしてください。何か危害を加える人が出てしまった場合、その人には重めの罰があると思ってください』
それはありがたいが、それ結局、言わなければよい話ではないか?
……なんなんじゃろうな、この学園。
『あぁ、名前などは伏せておきます。無意味でしょうが』
絶対無意味じゃろ。
だって、さっきから儂に対する視線、半端ないしな。
桜髮じゃからな、今の儂。
『ですので、くれぐれも、問題を起こさないようお願いします。以上です』
儂としては、もうすでに問題が起きそうな気がしておるんじゃが。
始業式を終えると、やはりと言うか……儂は瑞姫に抱っこされながらの移動となった。
どんだけ抱っこしたいんじゃ、こやつ。
結局、教室までずっと抱っこ状態じゃったしな。
もう、諦めたわ。
好きにさせよう、と。
だって、ここで瑞姫のこれを止めたら、確実にさっきみたいに泣き出しそうじゃん。
儂、嫌じゃよ? 女子が泣く姿を見るのとか。
それにまあ、地味にあれはあれで気に入っておるから、まだいいんじゃがな。
自分の席に行き(抱っこで)、椅子に座らされた。
そこまでするのか、と思った。
「ふふっ、前後ですね」
「……そうじゃな。ま、これからよろしく、ということで」
「はい! 一年間、抱っこしますね!」
「そっちかい!」
くそぅ、普段はボケの儂が、ツッコミを入れてしもうた……。
どうなっておるんじゃ、こやつ。
そんなに儂を抱っこするのが気に入ったのかの?
「おーし、お前ら席ついてるかー……って、よし。ちゃんと座ってるな。今年、このクラスの担任になった、四方木京志だ。ま、よろしくな」
なんじゃ、今年の担任もこの教師なんじゃな。
「さて、新学期最初のHRと言えば、やっぱ自己紹介だよな。接点がなかった奴もいるだろうし、中にはマジで知らない外見の奴もいるだろうからな」
ニヤニヤとそう言いながら、儂を見る
あの顔、どう考えても儂が誰か知っておるな?
しかし、他の生徒は、儂が誰なのか気づいておらず、四方木教諭の発言に頷きながら儂を見ていた。
面倒じゃな……。
「よーし、こう言うのは、出席番号が若い順から行くのが定石だ。そんじゃ、1番よろしく~」
と、自己紹介が始まった。
と言っても、儂、5番じゃから、かなり早いんじゃがな。
なんて思っている内に、瑞姫の番になっていた。
「羽衣梓瑞姫です。みなさん、よろしくお願いします」
さすがお嬢様と言わんばかりの、綺麗な所作で自己紹介をする瑞姫。
おー、綺麗な四十五度。
すごいのう。
「おらー、5番のお前―。早く自己紹介しろー」
おっといかん。
自己紹介せねば。
「桜花まひろじゃ。一年間よろしく頼む」
と、儂が普通に自己紹介をしたら、教室内が固まった。
じゃが、健吾、優弥、美穂、瑞姫の四人はいつも通りじゃな。
その内、瑞姫以外の三人は『あー、まあ、こうなるよね』みたいな顔をしていた。
「はははは! お前ら、桜花がちんちくりんになったからって、固まってんじゃないぞー」
「教師がちんちくりん呼ばわりするでない!」
「いやだって、おもしれーんだもんよー」
「それが教師の言うことか、普通……」
なぜ教師になれたのか、不思議でしょうがないわ、この教師。
『せ、先生!』
「おう、なんだ戸田」
『あの幼女、マジであの桜花なんすか?』
「マジであの桜花だぞ? 春休み初日にああなったらしいな。そうだろ?」
「うむ。朝起きたら幼女になっておった。姿が幼女と言えど、中身は儂じゃぞ」
にっと笑ってそう言うと、
『『『うええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?』』』
そんな、素っ頓狂な声がクラス中に響き渡った。
おー、やはりこう言う反応になるんじゃな。
うむ、ちょっと愉快。
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