日常12 新学期。悩みの種はそこそこ

 そこからの春休み、特にどうということはなく、家でだらだら過ごした。


 たまに、健吾や優弥が突発的に遊びに来て、謎のチェックをしてきたが。


 しかも、あやつらだけではなく、美穂と瑞姫の二人もうちに来る始末。というか、瑞姫はどうやって儂の家を調べたのじゃ?


 すごく気になる。


 じゃが、そんな春休みももうすぐ終わり。


 気が付けば最終日。


 儂のだらだらする生活も、今日で終わり、というわけじゃな……。


「くっ、もっとだらだらしたい……!」


 と、口に出してみるが……まあ、時間が戻るわけでもあるまい。仕方ないのう。


 そう言えば、時間系の能力を得た発症者とかいるのかの?


 まあ、さすがにいなさそうではあるか。どうやって使うのかわからんし。


 ……ふむ。考えてみれば、『TSF症候群』の発症者に、悪人がいないように思えるな。


 もし悪人がいるのならば、絶対にとんでもないことになっていそうなもんじゃが……どういうことなんじゃろうな? あれか。発症条件の一つに、善人であること、というのがあるのかの?


 ……ないな。ないない。そんな理由だったら、誰かが発症させていることになるしのう。


 そんなことよりも、今は明日の準備じゃな。


「……むー、女の制服か」


 姿見の前で、届いたばかりの制服を目の前で広げる。


 しかも、儂のサイズに合わせた特注品らしい。


 それは普通にありがたいところじゃな。


「……ふむ。なるほど、そこそこ似合うな」


 試しに着てみると、ちょっといい感じだった。


 うちの学園の女子の制服は可愛いと評判らしいからな。


 白と青を基調としたブレザータイプの制服。


 まあ、ほとんどワンピースに近いんじゃがな。まあ、嫌いではない。


「明日からこの制服か……。まぁ、前の制服はもう着れんしな。大きさ的に」


 男の物じゃから。


 成長すれば着れないこともないんじゃろうが、だとしてもぶかぶかになるか、胸の辺りがぱっつんぱっつんになるかのどちらかじゃし。


 要は、着れない。


「……絶対面倒じゃろうなぁ……」


 視線とか色々。


 儂の容姿自体、たしかに可愛いじゃろう。


 だからこそ、男どもから変な視線が来るやもしれんし、言い寄ってくるような奴が現れないとも限らん。


 まぁ、その時は『獣化』の能力で逃げるか実力行使じゃな。


 一応、休みの間に軽く実験はしておいたし。


 結果としては、あれらは動物の能力を顕現させるだけではなく、身体能力も大幅に向上させる、というものがあった。


 狼であれば『走力・スタミナ・筋力』で、兎は『脚力・スタミナ』で、猫は『柔軟性・俊敏性・夜目』などが挙げられる。


 この中のものすべてが荒事に対処可能というものだったので、こっちとしてはありがたいかもしれん。


 この体じゃと、筋力とかも低下しておるしな。


 ちなみに、これらすべてに付加されるものとして、『動体視力』がある。


 動物って、動体視力がよいしな。


 それに、別の手段としては成長する、と言うのもある。


 あれと『獣化』を組み合わせることで、さらに身体能力を上げることができるからな。まあ、その代わり腹が空くんじゃが……。


「明日から学園……。今年は、誰と一緒のクラスになるんじゃろうなぁ」


 その辺りだけは、少し期待するとしよう。



 そうして、新学期。


 目覚まし時計のうるっさい音で目を覚まし、朝食を作る。


 今の体も慣れたもんで、小さい体でもしっかり料理ができる。


 まあ、土台が必要なんじゃがな。くそぅ。


「……よし。こんなもんじゃな」


 今日の朝食は、白米と味噌汁、あと鰺の開きに、たくあん。


 やはり、和食よな。


 洋食も嫌いではないが、日本人と言えば和食じゃろ。


 個人的に、こう言う朝食が好きだったりするので、よく作っておる。


 飲み物は、緑茶じゃ。


「……うむ。我ながら上手く焼けておる」


 家事をする期間も長いからのう。基本的なことはすべてこなせる。


 最初と言えば、上手く焼けなかったものよ。


 なんて、しみじみ思いながら朝食を食べ終える。


「ごちそうさまでした。……さて、そろそろ健吾が来る頃――」


 ブー、ブー。


「おっと、健吾からじゃな。どれ」


 コミュニケーションチャットツール、LINNにて健吾から連絡が来た。


『外にいるぜ』


 とのこと。


 どうやら、もう儂の家の前に来ておるようじゃな。


「行くとするか」


 儂は食器を軽く洗ってから、荷物を持って家を出た。



「おはよう、健吾」

「おっす、まひろ。……って、お前、エプロンしたままじゃんか」

「む、忘れておった。……これでよしと」


 健吾に指摘され、儂はエプロンを外すとカバンの中に畳んでしまい込んだ。


「カバンに入れるのかよ……」

「中に戻るのが面倒。……よし、鍵もかけたし、出発するぞ」

「へいへい」


 戸締りは完璧じゃ。



 二人で並んで通学路を歩く。


「しっかし、お前が女なのが未だに信じらんねー」

「ははは、儂はもう慣れたぞ」

「お前の場合、初日からすでに慣れてたろ」

「ま、女装させられていた時もあったからな」


 皮肉なもんじゃがな。母上の奇行が、今の儂の生活を手助けしたようなものじゃから。


「で、どうよ、女の生活は」

「どう、と言われても、結局のところそこまで変わったわけではないぞ? 普段通り、だらだらと過ごしておるだけだし」

「すげえな、お前。ネットとか見てるとよ、やっぱあれらしいぜ? 性転換した奴が最初にするのは、性的なあれらしい」

「興味ないな。儂は寝られれば、性別なんぞどうでもよい」

「……相変わらず強いなー、睡眠欲」


 儂じゃからな。


 しかし、逆にそやつらがすごいぞ、儂的には。


 なぜ早々にそんなことができるのかわからん。


 頭のねじ、どっか行ってるのかの?


「でもお前、今年から大変そうだよな」

「女になったわけじゃからな」

「いや、そう言うことじゃなくてだな。お前、メッチャ可愛いじゃん?」

「んー、まあ、それなりに可愛いとは思っておるよ」

「ということはだ。お前、ラブレターとか告白とか多くなるんじゃね?」

「……それは面倒じゃな」


 一応、昨日考えなかったわけではないが、もし健吾の言う通りになったら、相当めんどくさいな。

 儂は、のんびりと日常を送りたいだけじゃし。

 色恋などよりも、寝ていたいものじゃな。


「それにじゃな、今の儂は幼女よりじゃぞ? それで告白とか、ないない」

「いやー、世の中わからんぞ? 日本、ロリコン多いし」

「……否定できん」


 どっかのエロ動画サイトとか、ロリの検索ヒット数明らかに異常じゃからな。


 あと、普通にエロゲもロリキャラ多いし。


 何だったら、一本につき一人はいるんじゃないか、というレベルで。


「じゃが、そう言うのは表立って言わないのではないか? 儂、ちんちくりんじゃぞ?」

「そうか? お前、普通に可愛いと思うぜ? それによ、お前の能力で将来どういう風に成長するか、とか知ってるしな」

「……ま、それもそうか。となると、厄介なのは高校時代ではなく、その先、大学や社会人、と言ったところか」

「なんじゃね? あの姿ってことはそれくらいだろうからな」

「はぁ、今から憂鬱じゃ。最悪、『成長退行』の退行の方を使って、この姿で固定しようかのう?」

「あー、なるほど。ありなんじゃね? ってかそれ、やっぱ不老不死みてーなもんだろ」

「かもしれぬな」


 歳を取らないようなものじゃからな、これ。


 もしやこれ、赤ん坊になることもできるのでは?


 ……いや、絶対やらん。


 たしかに、ずっと寝ていられるかもしれんが、絶対碌なことにならないじゃろ。


「おはようございます」

「お、優弥。おっすー」

「おはよう、優弥」

「今日もお二人で登校ですか?」

「おうよ。幼馴染だしな!」

「なに、健吾がいれば、変な輩に絡まれにくそうじゃからな」

「たしかに。健吾さんは、筋肉質ですからね」

「ふっ、まさか、鍛えていた筋肉がここで役に立つとは思わなかったぜ」


 決め顔で何を言っているんじゃろうな、こやつ。


 こんな感じに、いつもの三人で仲良く学園へ向かった。



「……むぅ」

「おや、どうしましたか? 微妙に顔をしかめて」

「いやなに、視線が、な」


 儂が周囲の状況にしかめっ面をしていると、優弥がそれに気づき心配して来た。


 優弥に対し返したセリフがこれ。


 学園付近から、やけに視線がくる。


『な、なぁ、あの女の子、メッチャカワイクね?』

『すげー、あんななげー髪初めて見た』

『美幼女か……いいな』

『でも、なんでうちの学園の制服着てるんだろう? 小学生っぽいのに……』

『飛び級とか?』

「好奇の視線で見られてんな、お前」

「まったくもって、面倒くさい……。儂、早いとこ教室に行きたいぞ」


 そして、自分の机で寝たい。

 面倒は勘弁じゃ。


「では、早速クラス割を見に行きましょうか」

「じゃな」

「おう」


 さて、どんなことになっているのじゃろうか。



「……見えぬ」


 クラス割が張り出されている掲示板に来たのじゃが、一向に見えん。


 くそぅ、背の低さという問題がここに来てでてきおったか……。


 参ったのう。


 なんにも見えん。


 健吾や優弥に頼もうと思ったが、


『さすがに、幼女を抱っこするのは事案』


 とか言い出しおったので無理じゃった。


 なんてこったい。


「あら、まひろじゃない」


 儂が途方に暮れていると、背後から声をかけらた。


「む、この声は……美穂」


 後ろを振り向き見上げると、美穂が立っていた。


「おはよ。何してるの? ぴょんぴょんして」

「いやなに。クラス割が見たいんじゃが、まるで見えん」

「なるほど。……な、なら、私が抱っこしてあげましょうか?」

「む、よいのか?」

「え、ええ。あなたがいいなら、だけど」

「ならば頼む」

「了解。……うわ、軽」


 抱っこを頼むと、美穂は儂の胸に腕を回して持ち上げた。


「まあ、幼女じゃからな」


 おー、すごいのう。儂、初めて女子に抱っこされたぞ。


 なんと言うか、すごくいいのう、これ。暖かいし、柔らかいし、あと、いい匂いがするしのう。このまま眠れたら、気持ちよさそうじゃなぁ……。


「まひろ、ついでに私のクラスも見てくれない?」

「うむ、了解じゃ」

「お、まひろ、お前音田にだっこしてもらってんのな」

「健吾か。うむ。たまたま会ったのでな。美穂から名乗り出てくれた」

「さすがですね、音田さん」

「う、うるさいわね。いいでしょ、別に」


 はて、優弥は何か気に障ることでも行ったのかのう?


 まあよい。クラスじゃクラス。


「んー……お、あったぞ。儂と美穂、二人とも三組じゃな」

「ほんと? やった」

「うむ、儂も美穂と同じは嬉しいのう」

「そ、そう。わ、私も嬉しいわ」

「ふふっ、そうか。よかったのう、おたがいに」

「え、えぇ、そうね」

「……こいつら、いつくっつくんだろうな?」

「さぁ。音田さんは、肝心なところでミスをするタイプですから、もしかすると一生くっつかないかもしれません」


 む? 二人が何やらこそこそと話しておるな。


 ……何の話じゃろ?


「ところで、健吾と優弥のクラスは?」

「僕と健吾さんも、二人と同じクラスですよ」

「ほう。それはよかった。気楽な相手がおると、楽じゃからな」

「ちなみに、俺たちだけじゃないぜ」

「どういうことじゃ?」


 と、儂が首を傾げたところで、周囲がざわつきだした。


『おー、相変わらず綺麗だなぁ……』

『やっぱ、住む世界が違うのかね?』

『ふ、ふつくしい……』


 む? なんじゃろう?


 少し疑問になって、騒がしくなっている場所の中心を見ると、そこには黒髪黒目の女子が。


「お、瑞姫ではないか」


 黒髪黒目の女子は瑞姫じゃった。やはり、人気があるんじゃな。


「おはようございます、まひろちゃん」

「うむ、おはようじゃ。瑞姫は、クラス割見たか?」

「はい! みなさんと同じクラスでした!」

「おぉ! それはよかったのじゃ。これで、クラスに友達がいない、などということはないの」

「はい! これから一年、よろしくお願いします」

「うむ」


 瑞姫も同じクラスとな。


 今年は、楽しいクラスになりそうじゃな、これは。

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