日常8 ショッピングモールでいい雰囲気になったのに……

 そんなわけで、ショッピングモールへ出向く。


 髪色を戻したかったのじゃが、どうやらまだ一時間経過していないらしく、戻すことはできなかった。


 まあ、銀髪も好きじゃから全然いいんじゃがな。


 理想の異性、と言うのもなかなかによいものじゃ。


「しかし……随分と視線を感じるのう」


 ショッピングモールに来てからと言うもの、やけに視線を感じる。


 昨日から春休みであり、今日が土曜日ということもあって、建物内は割と人が多い。家族連れもそこそこいるが、どちらかと言えば学生の方が多めじゃな。


 そんな学生たちからの視線が儂に多く来ておるせいで、少し気になる。


 ふむ……やはり、儂のこの容姿はそれなりに整っている、ということかの?


「そりゃ、まひろは美少女だからな。いや、どっちかっつったら、美幼女?」

「たしかに、背格好的には幼女かもしれんな」

「かも、じゃなくてどう見ても幼女でしょうが、ほぼ。というか、なんでその姿なのよ」

「知らん。儂の二次元の好みがこう言ったキャラクターだったからじゃろう。それ以外、あの病でこんな姿になることはあるまいよ」


 そもそも、理想の異性の姿になる病、でもあるからな。

 それ以外でこうなることはないじゃろう。


「しっかし、やはりスカートはひらひらするのう……。ズボンがよかったんじゃが……」

「なかったの?」

「ないんじゃよ。儂の母上がやらかしておってな、過去に儂を女装させていた時の服しか残っておらんかった」

「……あんたの母親、おかしくない?」

「よく言われる」


 少なくとも、普通ではないの。


 男じゃと言うのに、女装させて来るわけじゃからな。


 まあ、抵抗するのも面倒じゃったから、ほとんど断ることはなかったがな。


「……ん? ってことはもしかして、服を買う必要はなかったりするの?」

「一応そうなんじゃが……」

「買わないとダメです。成長用の」

「この通りでなぁ……」

「ふーん、三島君ってちょっとおかんみたいね」

「違います。まひろさんがだらしなさすぎるんですよ」


 頭が痛そうな表情を浮かべ、優弥が美穂の発言を否定。


 たしかに、おかんかもしれぬな。


「それは激しく同意」

「いや、儂普通に家事とかやっておるぞ」

「そんなの、一人暮らしなんだから当たり前でしょうが。一人暮らしで家事とかしてない何て言ったら、あの家、ゴミ屋敷じゃない」

「……それもそうじゃな」


 儂とて、快適な睡眠環境を作ることには基本的に全力を出すからのう。

 やはり、睡眠は大事よ。


「……あれ? ねえ三島君。さっき、成長用のって言ったけどどういうこと?」

「それは能力に関わる事なんですが……まあ、簡単に言えば、まひろさんは自分の体を自由自在に成長させたり、退行させたりできるんですよ。なので、一応は成長時――できれば、十六歳くらいの服も必要なんですよ」

「別にいらんと言っておるのに……。金がかかるだけじゃぞ?」


 一応、あのカードを用いればそれで買い物ができないわけではないが、月の限度額十五万円。そんなもの、日用品に食費、光熱費でほぼ消化できてしまうようなものじゃ。


 まあ、そこまで食費はかからんが、だとしても他の部分で使いそうになる。


 極力、金を使いたくないものじゃな。


「成長に退行って……とんでもないものが発現したのね、まひろ」

「そうではあるが、儂はそこまで使う気はないぞ」

「なんで? 結構便利そうじゃない」

「そう言うがな、デメリットもあるんじゃぞ? 実際、成長した姿は腹が空いての。正直、変身しているのが地味にキツイ。慣れ次第ではずっと固定もできるみたいじゃが、基本したくはないの」

「空腹ねぇ……確かにそれは嫌ね」


『成長退化』のデメリットを聞いて、美穂が地味に嫌そうな顔をした。


 うむ、理解してくれて何よりじゃな。


 世の中、デメリットがないものなど、そうそうあるまいよ。


「じゃろ? 他の能力だって、地味に面倒なデメリットもないわけじゃないしな」

「ふーん。……ま、能力云々はあとで聞くとして。さっさと買い物をすませますか」

「了解じゃ。では、行くとするか。健吾に優弥、おぬしらも来るよな?」


 と、儂が二人に向かって尋ねたら、


「いや、俺たちは行かないぜ?」

「ええ、行きませんよ」


 普通に断られた。


「む? なんでじゃ? 特に優弥、おぬしが買い物に行くと言ったんじゃぞ?」

「それはそうですが、さすがについて行くことはできませんよ。浮いてしまいますからね、僕たちは」

「浮く? どういうことじゃ? 別に、服や日用品を買いに行くだけじゃろ?」


 そこに行けない理由でもあると言うのか。


 首を傾げて不思議そうにしていると、美穂が説明してくれた。


「まひろ、普通に考えてみなさいよ。男がランジェリーショップとか女の子用の日用品とかのコーナーに行けるわけないでしょ?」

「……む? なぜじゃ? たかだか下着に、生理用品じゃろ? それでなぜ困っておるのじゃ?」


 美穂の発言に儂がそう返すと、美穂はものすごく頭が痛そうな表情をしながら二人を見て言う。


「……三島君、笹西、こいつもしかして昭和とかそれよりも前の生まれだったりしない? もしくは、そう言った価値観の家庭とか……」

「残念ながら、そう言う人です、まひろさんは」

「まー、原因はおそらく家庭環境とか、従姉のあの人だな」

「従姉?」

「おう。こいつの従姉は何と言うか……ヤベー人なんだよ。一口にヤベーと言っても、色々あってな。まず、ロリコンだ」

「え、その人は男の人なの?」

「いや、女」

「……待って。その時点で少し頭が痛くなってきたんだけど」


 しかめっ面をしながら、頭を押さえる美穂。


 まぁ、あの従姉は儂でもヤバいと感じるレベルの何かじゃからなぁ……。

 なんでまあ、会いたくはないと心の底からお持っておる。


「ちなみに、今のまひろの姿はドストライクだと思うぞ。従姉だからか、キャラの好みとか、まひろと若干似てるしな」

「……それ、遠回しにまひろがロリコンって言ってないかしら?」

「何を言う。儂はロリコンではないぞ。と言うか今、儂の方がロリじゃろ」

「いやそれ関係ないでしょ。……でもまあ、なんとなく理解。だけど、ロリコンってだけでヤバい判定喰らうって、どんだけなの? その人……」


 少し戦々恐々としながら尋ねる美穂。

 あやつは、何と形容してよいやら……。


「あー……何と言うか、だな……あの人の執念は凄まじいもんで、ソシャゲでクッソ好みのキャラがガチャで出たとしよう」

「ええ」

「で、そこに迷わず課金するような人なんだ。あの人は」

「? 別に普通じゃないの?」

「まあ、普通だな。そこだけ聞けば。だが、あの人がヤバいのそこじゃない。そのキャラのためなら、十万どころか、百万すらぶち込むレベルのヤバい人なんだよ」

「それ、自身の経済破綻してない?」

「現実にいるんですね、そう言う方」

「あぁ、いるんだよ……実際、あの人はマジで百万突っ込んだことがある」

「マジで!?」

「マジじゃよ」


 美穂の声に儂が肯定し、軽く説明をしだす。


 これはマジの話で、儂の従姉は一度百万を入れていたことがある。


 たった一つの、それもたった一人のキャラクターを手に入れるためだけに、な。


 何がヤバいと言えば、それが一度ではない、という点じゃな。


 ゲーム好きである儂の従姉は、ソーシャルゲームも好んでおった。

 それ故に、そこそこの数のゲームアプリが入っており、そのすべてに対し相当な金をつぎ込んでおった。


 キャラだけでなく、着せ替えにも入れ、更にはグッズにもつぎ込む始末。


 他にも色々あるんじゃが……。


「とまあ、こんな感じじゃ」

「えぇぇぇぇ……あんたの従姉、ヤバすぎない……? そもそも、そんな大金、どこから調達してくるのよ……」

「さぁの。何らかの手段で金を稼いでいる、とは聞いたことはあるんじゃが、手段までは知らんのじゃよ、儂は。まあ、それ以外はかなりオープンな奴なんじゃがな」

「へぇ~……。なんか、まひろの家系って、すごいのね」

「まー、こいつの家系――っていうか、親戚の方も結構すごいしな。たしか、医者とか政治家、研究者とかいなかったか?」

「まあ、いるな。と言っても、遠い親戚でもあるし、儂も会ったことがない者も多いぞ。たしか、二十代の研究者がいる、と言うのは最近聞いたな。なんでも、病気について研究しているそうじゃ」


 まあ、それだけでなく、うちの家系は何かとすごかったらしいがな。


 祖父曰く、うちの――というか、桜花家は所謂本家、というものらしい。


 なんで、分家と呼ばれる家がそこそこあるのだと。


 まあ、儂も詳しいことは知らないし、いつか教えるとか言っていた祖父も、儂が中学生になる前に死んでしまったからな。


 今となっては、調べようがない。


 ……まあ、祖父の部屋はある程度残してあるから、探せば見つかるかもしれんがな。


「病気ねぇ。やっぱ『TSF症候群』なんかね?」

「さぁの。……っと、ずっと話していたら日が暮れてしまうな」

「そうね。というか、なんでこんなことしてたんだっけ?」

「まひろさんの能力の話ですね」

「あ、それだ。……じゃ、私とまひろだけで日用品は買ってくるわ。洋服に関しては……あー、一応見てもらった方がいいのかしら?」

「儂はいい。さっさと終わらせて、さっさと帰って、さっさと寝たいからのう」

「……あんた、本当に寝てばっかね。というか、寝てばっかだと太るわよ」

「いや、儂は太らんぞ? そもそも、『成長退行』を得たことで、カロリー消費は容易になったからのう。何せ、カロリーを消費することで変身を維持しているわけじゃからな」

「何その羨ましい能力……!」


 心底羨ましそうな顔をしながら言われた。


 そんなに羨ましいものなのか? この能力は。


 ……しかし、女は日々体重と戦っていると聞く。ならば、容易にカロリー消費ができるこの能力は、まさに夢のような能力なのじゃろう。


 なにせ、変身するだけでカロリー消費ができるのじゃからな。


「……っといけないいけない。こんなことをしているから進まないんだわ。二人とも、とりあえずそう言うことだから、適当に時間を潰してきて」

「りょーかい」

「わかりました。では、フードコートで落ち合いましょう」

「うむ」

「了解よ。それじゃあね」


 そう言って、儂らは別行動をとった。



「さ、まひろ、行くわよ」


 む、なんじゃ急に声が弾みだしたのう……。


 何か嬉しい事でもあったのか?


 まあよいか。


「うむ。ならば、エスコートは頼んだぞ」


 そう言いながら、儂は美穂の手を握った。


「な、何よ突然」


 一瞬ビクッとしたものの、拒絶はされなかった。

 しかし、顔を赤くしながらちょっと怒ったような声音で訊かれる。

 ……ちょっと目を逸らしておるのが気になるな。


「いやなに。今の儂の姿的にこれもありなのでは? と思ってな。あと、今の儂は小学生くらいの姿になったことで、身体能力も外見相応になっておる。つまり、体力が落ちている、というわけじゃな」

「……そ、それで? ど、どうして私と手を繋ぐ理由に、な、なるのかしらっ?」

「おぬし、何をそんなにどもっておるんじゃ?」

「き、気のせいよっ!」

「そうか。……で、理由じゃったか。まあ、簡単に言えば、体力が落ちたことにより、儂はすぐにばててしまう可能性がある。そうなると、万が一美穂に置いて行かれたら、儂は迷子になってしまうわけじゃ。そうなると、厄介じゃろう? 美穂に迷惑をかけるわけにはいかんからな。今回は、優弥が頼んだとはいえ、儂の事情に巻き込んでしまった形になっとるわけじゃからな。それに、この方法を採れば迷子になる確率も下がるというものじゃ」


 と言うのは方便で、この姿ならもしかすると怒られないのでは? という打算的理由んもあるんじゃがな。


 儂とて、女子と手を繋ぐ、と言うのには少しだけしてみたいと思っておったしな。まあ、人生経験として、かのう。


「……あんたって、意外と他人のことを考えてるわよね」

「何を言う。儂は友人想いのいい奴、で通っているのじゃぞ? 当たり前じゃろ」


 何をそんなに意外そうにしておるのか。


 儂、もしかして空気の読めない奴、とか思われておったのか?


 だとすれば、心外じゃよ、儂。


「そ、そう。……と、とりあえず行くわよっ。手、しっかり握っててよね?」

「うむ。なんか、美穂と手を繋ぐと落ち着くしの」

「へ!?」

「む? どうした? 変な声を出して」

「い、いいいや、何でもないけど……。へ、変なことを聞くようだけど……な、なんでそう思ったの?」


 なんで、か。


 ま、言っても別に構わんか。


「まぁ、儂が女になったから言うんじゃが……儂、元々おぬしのことは気に入っておったんじゃよ」

「……え、き、気に入……?」

「うむ。そうじゃな……わかりやすく直球に言うと、好きじゃったぞ。もちろん、友人としてではなく、恋愛的な意味も含まれておったじゃろうな。あれじゃよ、告白されれば付き合うかなー、くらいには考えておったぞ、これでも」


 正直、恋愛とかは面倒だとか思ってはいたが、絶対にしないというわけではなかったしな。


 人並み以下ではあるものの、それでも興味自体はあった。


「………………」

「まあ、儂はおぬしに怒られてばかりじゃったからなぁ……。それに、今の儂は男ではない。女じゃ。なんでまぁ、同性同士に見えるわけでな。さすがに、おぬしに迷惑もかけられぬし、儂自身もどうなんじゃろ? みたいに迷ってきておって……って、む? どうしたんじゃ? 硬直しておるが……」

「す、好きって……」


 なんじゃ、顔が真っ赤じゃ。


 しかも、ちょっと声も震えておるし……あと、少しにやけそうになっておらぬか?


「む? あぁ、うむ。否定はせんぞ。と言っても、今はどうなのかわからんがな」

「……え、それってどういう……?」


 む? 少しがっかりしたような表情に変わったな。


 面白いのう、表情がころころ変わるのは。


「いやなに。今の儂は果たして、どちらに対して恋愛感情が傾くのかわからぬからな。こういうのは、しばらく生活してみればわかるというもの。まあ、儂としてはどっちでも構わない――」

「よくないわよっ!」

「うぉ!? ど、どうしたんじゃ? 突然大声出して……」


 久々にビクッとしたぞ、儂。


 もしかして儂、また何か怒らせるようなことを言ったのか……?


「べ、別にっ? で、でも、これだけは言わせて」

「う、うむ。なんじゃ?」


 なんか、すごい気迫なんじゃが……。


 一体どうしたと言うのか。


「絶対女の子の方がいいって! 本当に! 心の底から!」

「ど、どうしたんじゃ? そんなに力説して」

「あんたはその……な、中身は男だったわけだから、女の子と恋愛した方がいいのよ!」


 スルーか。


 と言うかここ、普通にショッピングモールで、周囲に人がかなりおるんじゃが……忘れておらんか? 美穂。


「……まあ、一理あるのう。別段男でも性別的には問題ない、とは思っておったが……ふむ。たしかに、女同士、と言うのも悪くないやもしれん」


 百合、興味あるしな。


 いや、この場合疑似的な百合になるのかの?


 まあよい。


 それにもともと、エロゲの三、四割くらいは百合ゲーだったような気もする。


 中にはTSタイプのものもあったはずじゃしな。


「ほ、ほんとにっ?」

「うむ」

「じゃ、じゃあ、女の子同士の恋愛を……?」

「別段否定はせん。まあ、まだまだ時間はあるしのう。ゆっくり考えていくとするさ、儂は」


 にこっと笑って美穂に言うと、


「――っ!」


 なんか、顔を背けられた。


 な、なんじゃ今の速度は……馬鹿みたいに早かったぞ?


 ただ、一瞬ものすごく顔が赤かったような……。


(や、ヤバいっ! まひろの笑顔が魅力的過ぎるぅ……! というか、え、ま、マジで? まひろ、私のこと好きだったの!? そんな素振り、一度も見せてなかった気がするんだけど!? くっ、本当に告白しておけば……って、ま、待って? ということは、今からでも間に合うんじゃ……。……女は度胸!)


「ま、まひ――」

「しかし、まさか美穂がそこまで百合好きだったとはのう……」

「……へ?」

「まあ、百合は嫌いではないからのう。儂もどちらかと言えば好きな方じゃしな。うむ。よいと思うぞ」

「…………こ、ここに来てそれぇ……?」

「む? どうしたんじゃ? すべてに絶望したような雰囲気を纏って」


 どんよりとした雰囲気を纏って、ボソッと呟いていた。


 儂、また変なこと言ったかの?


 しかし、そこまでおかしなことは言っていないような……。


 まあよいか。


「ともあれ、やけに目立つし、さっさと行かないか、美穂よ」

「……はぁぁぁぁぁ。そうね……あんただもんね……こうなるのはわかってたわよ……ふふ……」

「いや、本当におぬしはどうしたんじゃ」

「…………ねえ、この際だからハッキリ言うんだけど……」

「うむ」

「わ、私は……私はね……!」

「うむ」

「あ、あんたのことが、す……す――」


 と、美穂が何かを言いかけた時じゃった。


「――あら? そちらにいるのは……音田さんですか?」


 不意に美穂の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ちょっと誰よ!? 今、私の一世一代のこくは――って、え」


 文句を言おうとした美穂じゃったが、声のした方を振り向いて動きが止まった。


「む? おぬしは……」

「こんなところで奇遇ですね、音田さん。お買い物ですか?」


 そこにいたのは、黒髪黒目の大和撫子的な女子だった。


 おぉぅ。学園の有名人が出てきおったわ。

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