日常7 女友達、早速ツッコミ疲れる
翌日。
「服や日用品を買いに行きましょう」
朝起きると、優弥が開口一番そう言ってきた。
ふむ……。
「行く意味あるか?」
「ありますよ。だってまひろさん、成長した姿の服を持っていないじゃないですか」
「いや、あの姿は腹が空くからなる気はないんじゃが……」
「だとしても、です。あった方が色々と便利でしょう。その姿でいないとも限りませんから」
「えぇー、面倒じゃよー……」
「まひろさん。せめて、最低限の女の子としての心持くらいはしましょうよ……」
「そう言われてものう……」
昨日の今日でそんなことを言われても、普通に無理じゃぞ?
だって儂、女になりたい、何て言う願望はなかったわけじゃからな。
……まあ、今の姿は可愛いと思っておるが。
「なんだろう。こいつ、普通にビジュアルは可愛いし、声も甘い系の可愛い声なのに、中身のせいで色々と魅力が半減だよな、マジで」
「ふっ、儂じゃからな」
「なんでドヤ顔なんだよ」
下げるだけ下げておいて、あとあとギャップを見せることで魅力を倍増、とかかの? まあ、そんな打算的なことは考えんがな。
「……しかし、儂は外へ行くのがだるい。最悪、ネット通販でよくないかの?」
「それだと、もしサイズが合わなかった時とか面倒ですよ? 返品しなくちゃいけませんし、何より届くのにも時間がかかります」
「ならば、男の物の服で……」
「と、言うでしょうが、今の体格に合う服は持っているんですか?」
「……ない」
「でしょう? ですので、買いに行きますよ。必要な物、多いんですから」
なぜかはわからぬが、優弥が本気すぎる気がする。
なぜ、ここまで儂の世話を焼こうとしているのか。
……理解できぬ。
「とりあえず、服は昔来ていた服でいいでしょう。靴は……って、そう言えば昨日、靴はどうしたんですか?」
「普通に女装させられていた時の靴が残っておったんで、それを履いて行ったが?」
「……こいつ、なんで女装させられていたことに対して、そこまで軽いノリで話せるんだよ。普通の奴だったら、恥ずかしくて言えねぇだろ、絶対」
「いやなに、過去は過去、じゃからな」
「ポジティブなんだか、めんどくさがりなだけなんだか……」
呆れながらそう口にする健吾。
めんどくさがりなだけじゃと思う。
まあ、儂は細かいことは気にしない質じゃからな。
「ともあれ。近くのショッピングモールでいいですかね? あそこなら、何でもありそうですから」
「そうじゃな」
近くにあるショッピングモールは、何でもそろっているが故に、学生がよく利用している場所じゃ。
儂が気に入る服も、きっとあるじゃろう。多分。
「しかし、このグループに女性がいないのは問題ですね……」
「む? 何かあるのか?」
「いえ、僕と健吾さんは根っからの男なので、女性用品とかについての知識とかはないんですよ。いえ、まひろさんはエロゲとかよくしていらっしゃるので知っているかもしれませんが……」
「それはダメじゃね? 二次元の知識も役に立つことはあってもよ、現実的なものは、現実の奴に教えてもらった方がいいって」
「……それもそうですね。仕方ありません。応援を頼みましょう」
「応援じゃと? それは、儂の知り合いか? それとも、優弥の知り合いか?」
「僕たち全員、知り合いです。では、連絡を取ってみましょうか」
そう言うと、優弥はスマホを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。
「もしもし、三島です。……えぇ、そうです。はい、少々困ったことがありまして、今ってお時間ありますか? ……そうですか。それはよかった。いえ、まひろさんの身にとんでもないことが起きましたので、応援を――あ、来てくれますか? わかりました。では、まひろさんの家に直接来てください。あ、住所は――って、おや、切れてしまいました」
「俺、今の電話でなんとなーく誰か察したぜ……」
「なんと。儂はまったくわからんかった」
「……こいつ、色々と鈍いからなぁ……」
それ、今のと関係あるのかの?
優弥が電話してから、十分程経過した頃、不意にインターホンが鳴った。
「来ましたか」
「一体誰が来たんじゃ?」
「知り合いですよ」
「……まあ、行けばわかるか。ちと、玄関に行ってくる」
二人断って、儂は玄関へ。
……む、そう言えば服装、これで大丈夫なのかの?
まあ、Yシャツじゃし、いいか。ワンピースみたいに見えないこともないからの。
さて、一体誰が来たんじゃろうか。
「どちら様でー……って、む?」
「こんにちは! まひろがヤバいと聞いてきた……って、うん? あなたは……誰?」
「なんじゃ、優弥が呼んだのは、美穂じゃったか。たしかに、儂らの知り合いじゃな」
玄関前に立っていたのは、音田美穂という女子じゃった。
こやつは、高校で知り合った奴で、クラス委員を務める、所謂真面目ちゃん、と言う奴じゃな。まあ、柔軟な考え方もできるので、頼りされているところをよく見かける。
赤髪ポニーテールの美少女でもある。
本人はそこまで可愛くない、とは言うが、男子的に見たら十分美少女に入る部類だと思っておる。
まあ、儂の交友関係にある女子の中で一番仲はいいがな。と言っても、恋仲とかいう関係ではなく、友達じゃけどな。個人的に、告白されたら付き合う、くらいの考えはあるが、さすがにこやつが儂を好きになることなどないじゃろうな。儂だし。儂としては割と気に入っておる。
「え、どうして私の名前を……というか、その喋り方……どこかで……」
儂の正体に気づかず、美穂は怪訝そうな表情を浮かべる。
「すまぬな。まあ、上がってくれ。面倒なんで、中で説明しよう」
「え、あ、はい。お邪魔します……」
玄関で話してもいいが、こう言うのは素っ頓狂な声を上げると相場が決まっておる。
そうすると、近所迷惑になって儂に面倒が降りかかる場合がある。ならば、家の中で説明した方が、面倒が少なくて済む、というわけじゃ。
「連れて来たぞ」
「はぁ、応援ってやっぱ音田のことかよ」
「ご足労いただきありがとうございます。音田さん」
「って、三島君はわかるけど、なんで笹西までいるのよ」
「決まってんだろ。昨日、まひろん家に泊まったんだよ。ってか、こんな奴が応援で大丈夫なのかよ、優弥」
「こんな奴とは失礼ね、筋肉バカ」
「なんだとがり勉女」
「「アァン!?」」
出会って早々、喧嘩勃発。お互いにメンチを切りあっておる。
「はぁ……優弥よ。本当に人選ミスではないか、これは?」
「……そうですね。僕も今、少し後悔しています」
儂と優弥は目の前の光景を見て、溜息を吐いた。
見ての通り、この二人は仲が悪い。
事あるごとに喧嘩しているようなもんじゃからな。
まぁ、心の底から憎み合っている、というわけではなく、あれじゃな。喧嘩するほど仲がいい、みたいな感じじゃろ。
「二人とも落ち着け。こんなところで喧嘩するでないわ」
「「だってこいつが!」」
「それを止めろと言っておるんじゃ。……まったく。余計に面倒が増えただけな気がするぞ、儂は」
めんどくさいことは嫌いなのに、どういうわけか、儂の周りには面倒なことが転がり込んでくる。今回も、それと言えばそれじゃな。
儂の家で喧嘩しないで欲しいものじゃ。
「だがよまひろ。こいつが――」
「ちょっと待って」
と、健吾が何かを言いかけようとした時、美穂が健吾の言葉を遮った。
「なんだよ音田。遮んなよ」
「いや、遮るでしょ。え、待って? いま、まひろって言った?」
「言ったな。それがどうかしたのかよ?」
「いやいやいやいや! どうかしたじゃなくて、え、何? このものすごい可愛い銀髪幼女って、まひろなの!?」
ふむ、やはり混乱したか。
まあ、概ね予想通りじゃな。
しかし、面白いのう、こうして知人が混乱している姿を見るのは。
「ええ、そうですよ。こちら、まひろさんです」
「う、嘘、よね……?」
「嘘じゃないぞ。儂じゃ儂。桜花まひろじゃ。ついでに言えば、おぬしは音田美穂。一年四組でクラス委員をやっていた、じゃろ? ちなみに儂は、帰宅部じゃ」
「ほ、ほんとに? まひろの親戚とかじゃなくて……?」
「なんじゃ、信じてないのか? ほれ、あれじゃよあれ。『TSF症候群』じゃよ。昨日発症してしまっての。まあ、こうなった。ちなみに、今のこの髪は地毛ではない」
「それは今はどうでもいいわ」
まあ、そうじゃな。
普通ならば、性別が変わったことに対して驚くものじゃからな。
「えぇぇ……マジかー……まさか、女子――どころか、小学生になっちゃうなんて……くっ、こんなことなら、さっさと言っておけば……」
悔しそうな表情を浮かべながら、ぶつぶつと何かを呟く美穂。
「む? 何がじゃ?」
「な、何でもないわよっ!」
「なぜ怒る。儂、何か変なこと言ったか?」
こやつ、たまに怒るんじゃよなぁ……。
儂、なんもしとらんというのに。
「い、言ってないけど……あ、あれよ! ちょっと昨日作っていたプラモが失敗しちゃっただけよ!」
「それを儂にぶつけられても困るんじゃが……というか、何を作っていたんじゃ?」
「あ、あれよ! 十分の一レオパルト2よ!」
「ほほう、ドイツ戦車か」
「ってか、でかすぎじゃね!?」
「うっさいわね、なんか文句あるの!? たかだか全長90センチあるだけのものよ!」
それをたかだかと言うとは……たまーに豪快じゃのう、美穂は。
しかし、なぜ顔を真っ赤にして怒るのか。
そんなに嫌なのか? 健吾が。
「……プラモデルの話はさておき。音田さんを呼んだ理由を説明しましょう」
「あぁ、それよそれ。なんで私が呼ばれたのかしら?」
「ええ、呼んだのは他でもありません。少々買い出しを手伝ってもらいたいからです」
「買い出し? そんなの、笹西と三島君で……って、あぁなるほど。そういうこと」
二人だけでいい、と言いかけた美穂だったが、儂を見てすぐに納得した。
うむ、話が早いな。
「つまり、まひろのために女性用品を買いに行きたい。でも、ここには男しかいない。何を選べばいいかわからないから、女子を呼ぼう。それで、私に連絡が来た、というわけね」
鋭すぎるのう、美穂は。
「その通りです。さすがに、我々だけでは限界がありますから。いくら、二次元から得た知識があるとはいえ、現実とは全然違いますからね」
「ま、それもそうね。三島君はともかく、まひろと笹西には絶対無理そうだし」
「クソッ、否定できねぇ……」
「儂は別にいいんじゃがなぁ……」
「よくないわよ。あんた、まさかとは思うけど、『めんどくさいから、行かなくてもいいじゃろ』とか言ってないでしょうね?」
「……おぬし、実は『TSF症候群』を発症したりしておらぬか?」
「してるわけないでしょ。一年とは言え、同じクラスだったわけだし、それくらいわかるに決まってるでしょうが。だってまひろ、いつも寝てるじゃない」
「まあ、その通りなんじゃが……」
美穂は、何気に儂を見ているんじゃな。
席はそこまで近くないし、そこそこ離れているはずなんじゃが……なぜ、儂の事を知っているというのか。
やはりあれか。儂がいつも寝てばかりなせいで、イライラしているのか? クラス委員的に。
だとすれば、儂は嫌われていることになると思うんじゃが……それにしては、わざわざ儂の家に来るはずはなかろう。
優弥目当てだったとしても、こやつは嫌いな相手の家にわざわざ出向くほど、出来た人間ではないはずじゃからな。
だとすれば、なぜ知っているのかじゃが……わからん。ま、気にする必要はないものじゃろう。多分。
「ともかく、行くなら行くわよ。三島君、行くのは近くのショッピングモールでいいのよね?」
「ええ、問題ありません。あそこは、品揃えが豊富ですから、きっといいものが見つかるでしょう」
「そうね。ほら、行くわよまひろ。さっさと服全部着替えて」
「えぇぇ? 別にこの服でもよくないか?」
「……どう見てもそれ、寝るのに使った服でしょうが。しかも、裸Yシャツって……。パンツは穿いてるんでしょうね?」
「ん? ノーパンじゃが?」
「なんで穿いてないのよ!? 穿きなさいよ!?」
儂がノーパンであることを告げると、ぎょっとしたような顔で儂にパンツを穿くように叫んできた。
「いや、この姿になって気づいたんじゃが、どうも儂は女になると、服を脱いだ方が寝れるらしい」
「何、あんた裸族なの!?」
「さぁの。じゃが、昨晩優弥が『服はちゃんと着てくださいよ?』とか言うもんじゃから、仕方なくYシャツだけは着た、という形じゃ。別に自室くらいは許してほしかったが……まあ、裸Yシャツと言うのも、存外悪くはなかったがな。それに、裸の方が寝られる気がしているぞ、儂」
「あんたの睡眠事情はどうでもいいわ! いいからパンツを穿きなさいよ! というかあんた、その恰好で行くつもりだったの!?」
「いや、さすがにパンツは穿くぞ?」
儂とて、そこまで馬鹿ではない。
と言うか、パンツを穿かないで外に出たら、捕まると思うんじゃが。いろんな意味で。
「パンツだけじゃなくて、普通に着替えなさいよ! というか、パンツ『は』? あんたまさか、スカートとかなしで行くつもりとか言わないわよね!?」
「うるさいのう……いくら儂でも、そこまで変態じゃないぞ」
スカートくらいは穿くぞ。
「でも、あんたは変なところでずれてるから、やりかねないじゃない!」
「「うんうん」」
美穂の発言に、健吾と優弥は全く持ってその通り、と言いたげな表情で深く頷いていた。
「む、なぜそっちの二人も頷いておるんじゃ。そんなに儂が変態に見えるか」
「「友人の前で、平気で裸を晒す奴(人)を変態じゃないと言うなら、この世界に変態はいない(いません)!」」
「そ、そうか」
儂、変態じゃったのか?
いやしかし、元男であると考えれば、そこまでおかしな行動ではないような気がするのじゃが……。
何せ、『TSF症候群』を発症させた男のほとんどは、その日のうちにヤったと聞く。
それに比べれば、儂など可愛いものだと思うんじゃがな。
「仕方ない……着替えるとするかのう」
「最初からそうしてよ……常識でしょうが……」
「すまぬな。女になったことで、色々と勝手がわからなくてな。じゃから、さっきみたいなことを言ってしまったのじゃ」
「……あんた、どういう生活をしたら、そんなずれた思考になるのよ……」
「む、お疲れじゃな、美穂。もしあれじゃったら、ゆっくり休んでいてもよいぞ?」
「誰のせいで疲れてると思ってるのよ――――――――――――――――ッッッ!!!」
美穂は、朝から元気じゃった。
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