第5話  忘れ物

 突然の電話から家の中は大騒ぎ、近年稀にみる程の大型台風が直撃コースで迫りつつ有り、崖状の山を背負い20メーター先で海が有る粗平地が無い私の集落、風はまだ台風が遠い為左程では無かったが、既にかなりの雨が降り目の前の国道以外迂回路も無く、その国道さえ通行規制が掛かる降水量に達そうとしていた、夏も終わろうかという日の事でした。


 其の電話は地元の消防団から、崩落危険個所の確認に裏の山に入った際、壁面に亀裂が見つかったとの知らせ、地域の住民に上陸前に避難するようにと指示が出たのです。


 お世辞にも裕福とは言えない我が家では、両親と弟、まだ幼い妹、そして私の5人家族。

 車は有るが軽のバン<キャリーバンしかも360です>乗ってしまえば全員乗れるのですが、数日の着替えなど必要な物載せると中にスペースの余裕は無い。


「俺はいいよ、バイクでついて行くから!」

 避難先の小学校に向かい走り行く家族が乗った軽バンを追います。


 目的先の小学校に到着した頃、まだ雨は強いが風は出て居らず一安心、テレビから流れる台風情報を、大人たちは食い入るように見て居りました。


 最初に書いたような地域で、商業圏は無く一次産業がメインの地域、避難者は圧倒的に女性と高齢者が多く、何故なら農業と漁業の町、農業従事者と違い、漁業従事者は仕事の道具であり、また財産でもある船を待避させる為、台風の影響を受けずらい沖へと船を非難させるため、外洋に出て行き残された女性と高齢者が避難所に居るのです。


 15時を回った頃でしょうか、少しずつ横殴りの雨が打ち付けてき始め、段々緊張感が増し不穏な空気に押されたのでしょう、妹がぐずり始めました。


 母があやすのですが、よく見ると何時も引きずるように持って居る熊を持って居ません。


 悪い時には悪い事重なるものです、学校の電話で祖父母へ連絡していた父が険しい顔している、確かに祖父母の家は少し高台の安全な所に在るのですが・・。


「どうしたん?」

 何やら妹をあやしている母と相談しているので話に割って入る、状況は飛来物で雨戸が壊れ更にガラスが割れてしまった様子、補修出来ずに居るらしい。

「こんな事なら、向こうへ避難して置けば良かったと」

 今更何をと思ったが、後の祭りでしかないのです。


 確かに此方を避難先に選ぶのが当たり前、何故なら片道30キロ先で平時でも40分は掛り、況してや台風の中では…。


 此の避難所まで自宅より約4キロ、どちらを選ぶかは考える迄も在りません、私の学校とは反対側で、ほぼ海岸沿いの道が約10キロ、目の前は海。


 そうです其の先には日本の陸地が有りません、更に譲り合わなければバスと乗用車が離合出来ない道幅でヘアピンが連続する峠越の道が約8キロ迄ある始末…、其処は地肌剥き出しで落石対策も殆ど無いといった具合。


 此れでも国道なんです、避難先に此方を選ぶのは当たり前…。


 <さあどうする>一瞬躊躇いましたが既に答えは出ている。


「じゃあ行って来る、熊さん連れてくるから良い子で待っててな!」

 泣きじゃくる妹の頭を一撫でして避難所を後にした。


 まずは自宅へ向かう此処までは湾内、海側山側共に家並みが続く為雨風共に問題なし、家で子供部屋で大事な宝物を濡れない様にビニールに幾重にも包み、万一転倒しても大丈夫な様に更にタオルに包んだ上でリュックに仕舞い込み自宅を後にする。


「さあ、外海側はどんなもんだろな?」

 自然に言葉が零れる多分今の此奴なら走り切れる筈だ。

 何時もの無事に走り切る為の儀式、タンクに手を置き〈GR〉に声を掛ける。


「頼んだぞ、無事に走り切ろう!」

 ゆっくりと自宅から走り出した…。




 さあ次回は因縁の台風での高波との対決と、激しい降雨の峠越えに為ります。

 無事帰ってくるのでしょうか?、其れとも挫けてダウンするのでしょうか?


 此の時<DT>か<XT>が在れば楽勝だったんですがね、(ΦωΦ)フフフ…




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