第百十三話「最終話」
「何故」
サルバの一撃は、スクイの体を斜めに両断し。
スクイの身体は、2つに別れ。
不死なき今、それはもう戻らない。
攻撃が成功した中。
サルバが絶望したように。
目を見開いた。
「何故今」
ナイフを振るわなかったのか。
震える声で、そう問う。
「何故?」
スクイは、上半身のみとなり。
溢れる泥も弱まる中。
意識が薄くなるのを感じながら、繰り返す。
「あなたは、止められたはずだ!」
泥がなくなり。
落ちそうになるスクイを受け止めて、サルバは叫ぶ。
下半身がない。
下の泥の中に落ちた。
サルバは上半身を抱え、地面に向かう。
「いえ」
サルバの渾身の一撃。
それは不利な体勢からでもスクイのナイフを上回る速度で振り下ろされた。
しかし、スクイはサルバより遅くとも、先に動いていた以上その攻撃を受け止めることは容易だったとサルバは考えていた。
聖剣はともかく、腕や肩を攻撃し軌道を逸らせば致命傷は避けられた。
だからサルバは、剣を振り下ろしたのだ。
「眩しくて」
急に晴れ渡った空。
そんなものに隙を作るスクイではないはずである。
「出血が」
サルバはスクイの言葉など耳に入らないように、顔を青くする。
出血が止まらない。
神々の権能があろうが、スクイは今、生身の人間と機能としては大差がない。
泥の中では多少、出血も収まるようだが。
もう時間はないだろう。
「なんで」
サルバは焦るように、スクイの半身を探す。
マーコから治療の魔法は教わっている。
勇者のサルバであれば、半身が離れていても見つけることができれば繋ぎ止めることができる。
「死んじゃダメです」
サルバは。
必死で。
涙を流しながら、歩く。
「僕はあなたを、勇者として救うと」
そう、先程まで殺そうとしてきた相手に嗚咽すら混じらせる。
その優しさと、スクイの最高峰のナイフ技術を上回る剣。
「ええ、救われましたよ」
泥が引いていく中。
半身はもう、泥で朽ちたのだろうと目を閉じるスクイ。
「そんな方法じゃない!」
サルバは大声で、叫ぶ。
「あなたを魔王から解き放って、一緒に世界を回るんです」
サルバ、よろよろと。
限界の近い身体の中。
それでも、もうないとわかっていても、歩く。
スクイを救うために、泥の中。
見つからない物のために。
「世界には悲しんでいる人が、間違っている人がいっぱいいて」
それを、正していく。
「仲間も一緒です。ホロさんも、もっといたっていい!みんなでそうやって、世界を良くする」
国王として座るのではなく。
スクイのように。
誰かのために動き続ける。
「そして、あなたにも、思ってもらう」
人々の涙を止め。
世界を正し。
「世界を、人々を救えたと」
それが、恩返し。
サルバの、世界を救う方法。
「なのにあなたがいないで」
どうやって。
「僕を救ってくれたあなたを救えないで、どうして僕に、世界が救えるんですか!」
何故。
救わせてくれないのか。
そんな、独善的な。
それでいて、献身的な。
「あなたがいたから!あなたが僕を救ってくれたから」
自分よりもどこかで苦しんで。
自分よりもどこかで誰かを助けているから。
「だから僕は頑張って来れたのに!」
サルバは、スクイを地面におろし、地に手をついて、涙を流す。
「あなたがいなければ、僕はどうやって世界を救えばいいんですか!」
わからない。
仲間にも吐いたことのない、弱音。
スクイを止める権利があったのかと疑うほどに。
彼には世界を救う術などなくて。
正解だと思える自分のやり方など、到底見つからない。
それほどに。
組織も、魔王も。
勇者の自分よりも先に。
使命などなくとも、誰かのために。
そんなスクイの生き方が彼の指標で。
「救うべき、人がいる」
スクイは、サルバを見ながら、小さく呟いた。
それは、あるいは先人としての。
世界を救おうとした者の言葉。
「それだけで」
それだけを理由に。
それだけを原動力に。
「救えるように」
たとえ孤独でも。
苦痛に塗れようが。
救うべき人を救う。
それができなければ。
誰かがいなければ成せない救いなど。
「ああ」
スクイの目は、もうサルバを見ておらず。
ただ、口から言葉がこぼれ出る。
「ローザさん」
その言葉はひどく弱々しく。
「フアンさん、ペドロさん、エレナさん、アンヘルさん、ルイスさん」
しかし、決して朧げでない。
それは。
「名前……?」
大量の名前。
スクイは朦朧とする中で、それでも最後に。
「そんな」
名前を呼ぶ中。
大量の何かが、ポリヴィティから。
上空へ舞い上がる。
それは。
蝶の見た目をしており。
「あれは、リバイブフライ」
その魔物は。
その魔物の命と引き換えに。
人間を生き返らせる。
「やっぱり」
神々の狂気に汚染され。
狂気に塗れ。
世界中の人間を殺すことしか考えられなくなったスクイの中で。
抗った何か。
「あなたは、救いたかったはずなのに」
この世界を。
その中で。
それでもスクイは。
「メイさん」
名前を呼んで。
呼び続けて。
「ホロさん」
そうやって。
終わるべきだと思っていた。
自分のような人間の最後には。
「救ってあげられなくて、すみませんでした」
その言葉がふさわしいと。
そんなことはないと否定する。
サルバの声も遠く。
スクイ・ケンセイは。
死亡した。
【残り2話】
【本日完結】
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