第百十二話「世界を救う方法」
不死の魔法を失っている。
傷の残るスクイを見て、サルバはそれを理解する。
ホロの功績だろう。スクイの強力な魔法を無効化していると。
しかし、彼を纏う泥の塊。
神々の狂気。
スクイの狂気と合わさることで、魔物という生命を生み出す能力は失ったように見える。
代わりに、触れればその部分はただでは済まない。
勇者でさえ。
「世界を救うと言うのなら」
辛くとも生きることこそが、その一助。
サルバは、剣を振りかぶり、躊躇いなくスクイに突撃する。
「だからあなたも死ななかったんじゃないんですか!」
スクイの手前。
泥に触れる直前で、サルバは剣を振り下ろす。
Sランク魔法、聖剣。
その力を最大限に発揮したその攻撃は。
その衝撃だけで、振るった先の山肌に線をつけるほどの斬撃を生み出す。
一度振るっただけにしか見えないが、その先の地形から振るった斬撃は優に10を超えているとわかる。
大振りに見えて、極めて速い剣捌き。
「死ねなかっただけですよ」
その間にいながらスクイは。
泥が少し揺れた程度。
「違う!」
わかっていたはずだと。
自分と同じ答えに。
「救えなかったから、辛かったから、死んでしまいたいと思うほどの絶望があったから」
だからこそ、死んで楽になることを自分に許せない。
生きて、今度こそ誰かを。
救わなければならない。
「あなたはだから生きて、誰かを救おうとし続けたはずだ!」
その誰かはたくさんいて。
サルバもその1人で。
ホロは1番の存在だったはず。
「だからこそ」
覚醒した勇者の能力。
それに加え聖剣を開放し。
同時に。
「使うよ」
生命力強化。
そう呟くと、勇者の側に。
1人の女性が現れる。
「やっぱり!必要になりましたね!」
その女性は、吸い込まれるような真っ黒な髪に、触れるだけで汚してしまいそうなほど美しい肌。そして希望に輝くような黒色の目。
人間の理想の女性を作ればこうなると言わんばかりの容姿で。
場違いなほどに明るく、勇者の下に現れる。
「うん」
そう、呟くサルバに、彼女は嬉しそうに頷いた。
「そうでしょうそうでしょう!それでは与えましょう!」
生の神の持つ、最高の魔法。
生命力強化。
神が手をかざす。
そこには、何も起きはしない。
しかし、明白に。
サルバの何かが変化していると、スクイは感じ取る。
「死の神の選んだ存在」
生の神はスクイを見て、顔を顰める。
「死が正しいなど、到底ありえない話です」
神々に死をもたらした要因。
それと対照的に生まれた彼女はそれが理解できない。
生きることが正しいのに。
人生は生きていればこそなのに。
「なんで、死なんかに希望を見出してしまうのか。全くわかりません」
生きるのが嫌になったら。
生き方を変えればいい。
人生は、自分で変えられる。
死ぬ以上に、生きる方向で何かをすればいい。
「死ぬような覚悟があれば、幸せに生きる挑戦をすればいいというのに。おかしな話ですよ」
しかし。
理解する必要もない。
「Sランク魔法、魔王。本来神が産むべきではなかった最強の魔法の1つ」
勇者が破壊するか、手懐けることが想定される。
強大な魔法である。
「それがどうしましたか。サルバは、Sランク魔法実質3つ」
成長限界を無くし、神聖魔法使いを上回る力を得た勇者の魔法。
聖剣に認められるほど強くなり、振るうだけで遠山に跡を残す聖剣の魔法。
そして、生の女神の与えた魔法は。
生命力を増幅させる。
「あなたの、死の泥は凶悪ですが、サルバがそれ以上の生命力を持てば関係ない」
あなたに勝ち目などない。
「頑張って生きようとする者に、簡単に死ぬことを賛美するものが、勝てるわけがない」
生の神は、そうスクイを否定すると。
スクイの目の前に近寄る。
「神々の制約などなければ、あなたのような人間、私が」
「簡単に……?」
生を語る神。
その神の存在に、口を出さなかったスクイは。
呟く。
「死が、簡単?」
生きることは困難である。
苦しく、辛く、理不尽で、不平等。
しかし。
「あなた如きが」
何も知らず。
死んでいってもののことも考えず。
「死を平気で語るな」
増える。
街一つ滅ぼすスクイの泥の奔流が。
国1つ飲み込まんとするほどの洪水となり。
波のように勇者と生の神に襲いかかる。
まさしく、世界を滅ぼす力。
同時に、スクイもまた、泥の中、生の神に腕を振るう。
その手は、固められた泥で覆われており。
「いくら魔王とは言え、人間が」
遥か上空からもあたり一帯を死に沈めるほどの魔法。
神に攻撃など。
そう、話そうとした生の神は。
自分の胴体が、両断されているのに、気付くのが遅れる。
「馬鹿な」
ありえない。
それは勇者であっても。
人間の身で、神に傷をつけることなどできない。
それほどの生命としての差。
「まさか」
しかし、生の神は。
それを可能にする理屈があると知る。
本来、言葉を発することもままならないはずの魔王の狂気に苛まれた者。
それが会話を行なっているという状況。
「喰ったと言うのですか」
神々の権能。
魔王は神々の狂気の産物。
とはいえ飲まれるだけであれば、狂気を撒き散らすだけの存在にすぎず。
人類にとってはともかく、神に届く脅威とは言えない。
しかし。
もしその力を、完全とは言えなくとも使いこなすことができれば。
神々の力を。
神にすら届く力を使えることを意味する。
「そんなはずが」
否、あるいはこの人間の狂気がそれほど異常、そして。
完成した魔王。
その神々の狂気と、その答えと。
一致することがあれば。
生の神は、驚愕のまま。
スクイの泥に埋もれて、消える。
「神様!」
サルバは、聖剣を振るい、泥を薙ぎ払う。
聖剣は泥の影響を受けないが。
サルバがどうかは、怪しいと考える。
「神など」
この世界の宗教など。
無意味だ。
「生きることが正しい?死ぬことが簡単?」
死は救いである。
しかし。
「そんなはずはないでしょう」
スクイは泥の中、サルバに突撃する。
泥を纏いながらの、手刀。
それをサルバは聖剣で受け止める。
「今も!」
絶対切断を持つ聖剣の刃で受け止めた。
にも関わらず、その手は、斬れていない。
「どこかで子ども達が泣いている!」
スクイの手刀は、サルバの剣の腹を摘んでおり。
そのままサルバを振るうように真下の泥の中に投げ飛ばす。
「だから、誰かが救わなければならない!」
世界を。
人類を。
「気楽なものか!簡単であるはずがない!」
それでも。
だからこそ。
無念のうちに。
生きる術もなく死なせてしまった子ども達。
彼らが常に。
スクイを狂わせる。
「死ぬことでしか救われない!生きる希望も与えられない!」
そんな多くの存在のために。
「誰もが幸せな世の中などありえない!」
だから。
全て。
「世界を救うには、全てに死を与える他ない!」
常に、沸き立つ狂気がある。
死を信仰しなければならない、理由がある。
それは、幸せに生きることを許されず死んでいった子ども達。
その死が幸せでなくとも。
せめて不幸ではなく。
救われたと言えるように。
「あなたの正義でそれができるといいますか!」
これからそんな不幸が生まれないように。
何度だって。
失敗して、失敗して、失敗して、失敗して、失敗して、失敗して。
やはり幸福な人間もまた。
不幸を産んでいる。
世界は、決定的に不平等なのだから。
「できる!」
泥を吹き飛ばし、スクイの問いに。
地よりサルバは答える。
「この世界を、生きて救う!」
その身体はスクイの泥によりボロボロと崩れ。
傷だらけであったが。
目は、強く熱を帯びる。
「できませんよ!」
あなた如き。
たかが勇者1人。
世界を救うなど。
到底できはしない。
「わかってますよ!」
スクイが両手を振るうと。
上空から、濃度を上げ、固めた死の泥の刃がサルバを襲う。
「僕1人では誰も救えない!」
サルバはそれを、聖剣で切り裂く。
斬られた泥は、地面を抉り。
底まで達するのではないかというほどの、黒い穴となる。
「でも!」
弱かった。
守ってもらわなければ、強くもなれないほどに。
1人では、誰も救えないほどに。
「僕だけでも、仲間とでも、きっと世界を救うなんてできはしない!」
悪人を倒し。
国を変え。
それでもどこかで、誰かが泣いている。
「でも」
サルバは、決めていた言葉があった。
次にスクイに会った時に言いたかった言葉が。
「あなたとなら、それができる!」
わかっていた。
どれほど強大な力を持ってしても、仲間がいても。
全てを救うなどと言うことはできず。
いつだって何かを取りこぼす。
そもそも全てを救いたいと言うこと自体が間違いで。
そんな間違いを。
共に願ってくれる者がいるのであれば。
「あなたとなら、世界だって救える!」
だから。
サルバは手を伸ばす。
「僕を信じて欲しい!僕と一緒に、世界を救って欲しい!」
あなたが私を救ってくれた。
サルバの原点。
だからこそ。
「できませんよ」
スクイは、サルバの想いを、一言で否定する。
「誰にだって、そんなことはできはしない」
一瞬。
彼の脳裏に浮かぶ。
白い女性。
「だができると、私となら世界を変えられると言うのなら」
「示しますよ!」
サルバは空を飛び、スクイを斬りかかる。
泥の痛みも関係なく。
生の神の魔法なくしては、即座に灰すら残らない中。
ただ一直線にスクイに向かう。
渾身の一撃。
対するは。
無手。
サルバの振り上げに、スクイはぐるりと身体ごと下を向け。
両手を差し出す。
「まさか」
サルバの剣、その腹にスクイは。
両手を合わせる。
白刃取り。
「で、」
サルバは、叫ぶ。
「できるかああああああああ!!!」
泥により体力は減らされ、勢いも落ち。
それでも。
振るう。
一瞬、止まったかのようにも見えた聖剣は。
スクイの手を吹き飛ばし。
上空まで泥をそして雲すらかき消す。
天を衝く一撃となり。
辺りを照らす。
その先に。
スクイはいない。
「甘い」
消し飛んだ?
否。
白刃取りは、聖剣を止めるためでなく、方向を変えるためのもの。
その威力ゆえそれは叶わずとも。
前に突き出した両手を犠牲に作った一瞬で、スクイは射程から身をズラし。
最高の一撃を撃ち放った、サルバの隣に移動する。
泥で作られた手に持つのは。
固められた泥の塊。
それで作られた、ナイフ。
死の概念。
「させる」
振るえば容易に、サルバの生命をも刈り取るそれを。
スクイが振るうよりも速く。
「させるかあああああ!」
サルバは、その体勢から。
剣を振り下ろし。
スクイを袈裟斬りに。
斬り落とした。
【明日5月3日更新分、残り3話で完結となります】
【最後までお付き合いください】
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