第百十一話「勇者」
飛んでくる。
3国まであと半分程度。
それはこの世界の中心を意味する。
そこで、スクイは見つける。
「確か」
サルバを思い出すスクイだが、記憶にある彼とは大きく異なる。
一度出会った時、彼はまだ鍛えたとは言っても普通の少年で、聖剣も絶対切断こそあれ、斬れると言う以上のものはなかった。
しかし、当然のようにホロ以上の速度で空を飛ぶ。
そしてその目。
遠目にも、彼が当時からどれだけのものを積み上げてきたかがわかる。
「勇者」
魔王となったスクイに対して、勇者が来るのは当然。
眼前に迫ったサルバに、スクイは歩を止める。
「スクイさん」
サルバは、尊敬するスクイとの再開に対し。
それがこのような形になったことに対し。
思うところがあったのだろう。
スクイの今の姿にも、耐えられないものがあるはずだった。
それを全て。
スクイの前に立つ前に捨て去り。
名前を呼ぶ。
「ホロさんは、どうしました」
色々と聞きたいこともあるだろう。
その中で、その選択肢。
甘さともとれる言葉に、スクイは笑う。
「死を与えました」
いとも簡単に、答える。
「彼女は良い死の理解者となってくださると思っていましたが、残念です。死の救いを理解しきれなかったようでした」
しかし、そんな彼女にも。
死は平等。
「死は平等に、全てを救い、そこに苦痛も絶望もありません。彼女にも、もう」
地獄は訪れない。
そう、滔々と狂気を語るスクイ。
その姿を、サルバは見たことがない。
彼はスクイが死を信仰していることを本人から聞いていない。
狂気もなく、優しく接された記憶だけしかない。
「あなたは」
しかしゲーレから、そして他の仲間、噂から。
スクイの信仰を、その異常性を、サルバは伝え聞いていた。
そして、確信を持っていた。
「ホロさんを、殺していない」
スクイという人間の狂気。
その根幹を。
「ん?」
確実に殺した。
スクイはサルバの言葉に首を傾げる。
「何故?」
サルバにも、ホロの気配がこの周辺から消えていることはわかっている。
生きていれば感じ取れる距離のはずである。
それでも、言う。
「あなたは、彼女を殺せない」
魔王の狂気に犯されている。
スクイは普段と比較できないほど、常軌を逸している。
これまでの尺度では彼を測れない。
「殺せない?」
死を与えられない。
そんな存在がいるはずがない。
死は平等なのだから。
これまでのように優先順位をつけていたことがおかしいのだ。
スクイはため息をつく。
「そうですか。あなたも死の素晴らしさ理解できないのでしょう。死を悪しき者と見る生の洗脳。残念です」
死を与えましょう。
そうすればわかるだろうと。
そう説くスクイに、サルバはゆっくりと首を振る。
「死が魅力的なのは、わかりますよ」
それは、本音。
誰も救えない、弱い自分。
この世界では善は犯され。
努力は無碍にされ。
弱者は食い潰される。
そんな中。
手を伸ばしたところにいる人間を、何度も取りこぼし。
救えたはずの人間を、失った。
「生きていると、嫌なことばかり起こる」
曇った表情で、これまでの旅を思い出すサルバ。
それでも、毅然として。
「でも、死では、救えない」
そう、言い放つ。
「救えない?」
そんなはずはない。
死のみが、世界を救う。
「僕も、死んでしまいたいと思ったことがありました」
研究所で。
人々を守れず。
「でも、生きて救える人がいるはずです」
死の誘惑に負けそうになった。
「誰だって、生きていれば誰かを救える。死んで救える人なんていない」
死ねば、苦痛はない。
しかし。
誰かの苦痛を取り払ってやることも、できない。
「辛くても、生きて、生きて、生きなければ救えない人たちがいる!」
だから、死では救えない。
だから、生きると立ち上がった。
「それを僕に気づかせてくれたのは、あなただった」
だから、止めるのだと。
死を持って世界を救う。
そんなスクイの間違いを、止める。
「そうですか」
スクイは、酷く無関心なように。
一言だけ述べる。
しかし溢れ出る泥からは。
殺意が膨らむのがわかる。
「以前会った時、お礼のできない僕に言ってくれましたよね」
サルバは、ゆっくりと聖剣を引き抜く。
「何かに困ったら勇者として助けてほしいと」
そして、それをスクイに向けた。
「今が、そのときです」
勝手な言い分だが。
それを承知で、サルバは言う。
「あなたを倒して、あなたを神々の狂気から、魔王から解き放つ」
世界を救う。
そして、スクイも救う。
ただ倒すだけでは、意味がない。
死を救いだと呼ぶスクイに死を与えて解決しても勝ったことにはならない。
死が救いでないと、生きてできることがあるとスクイに伝える。
そう告げて、彼は魔王に対峙する。
「勇者として」
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