第百七話「真意」

「何故、ホロさんがみんなと」


 呆然と、状況を見るサルバ。

 呑気にも見えるその行為に、ゲーレは舌打ちをする。


「知らねえよ。こいつが喧嘩を売ってきたんだ」


「こいつって」


 サルバは、驚いたようにホロを見る。

 その様子は以前見た時と比べ確かに変わって見えたが。


 それで、神聖魔法使い4人を相手にできるほどとは、到底思えない。


「勇者、サルバ・ハミルダッドさんですね」


 ホロは、サルバを見ると、そう確認する。


「あ、はい!」


 そう、元気良く挨拶しながらも。

 サルバは、警戒を解いていない。


 仲間がやられているのだ。

 当然である。


「そう、ですか」


 ホロは、4人に興味を失ったように、ゆっくりとサルバの方へ降りていく。


「なにが」


 あったのか、そう聞く前に、ゲーレが叫ぶ。


「知らねえが、サルバ気を許すな!そいつは以前のそいつじゃねえぞ!」


 神聖魔法使いを弱いと怒り。

 殺意を向けた。


 そして交戦へと発展し。


「4人がかりでこのザマだ!そいつに比べれば、私たちは雑魚だと」


 そう言いたいらしい。


 ゲーレのその言葉を、ホロを目の前にしたサルバは真正面から受け止めない。


「そうなのですか?」


「いえ」


 ホロは。

 いとも簡単に。


 ゲーレの言葉を否定する。


「はあ?」


 弱いと罵り。

 殺意をむき出しに。


 そして実際、戦況を優位に運んでいた。


 そんなホロの否定の言葉に、ゲーレは困惑する。


「あなたの仲間たちは、私なんかよりよっぽど強いですよ」


 そんな。

 今までのやりとりを無に帰すような。


 あっけない言葉。


「情報があって、隙をついて、なんとか本気を出させずに舐めてもらって」


 それでなんとか渡り合えただけ。

 そう、ホロは評価する。


 ゲーレは肯定しないが、その通りだとも、理解していた。

 極めて不安定な、賭けの要素も多く。


 自分たちが初めから強敵と、殺すつもりで対峙していれば。

 ましてほとんど戦闘に参加しなかったマーコのことを考えても、やはり。


 本来は一対一でもホロは分が悪い。


「では何故」


 弱いなどと言ったのか。

 サルバはゲーレとホロを見比べるように、キョロキョロと聞く。


「それは」


 魔王に比べて。


「ご主人様に比べれば、相手にすらならないという意味です」


 魔王。

 ご主人様。


 その言葉に、一瞬詰まり。


「そういう、ことですか」


 神との会話を果たした勇者と。

 その仲間はその意味を理解する。


「スクイさんは、魔王を」


 討伐した。

 そして、その狂気。


 神々の負の意識に乗っ取られた。


 魔王の正体を知るからこそ、推測できる。


「僕が」


 僕が、遅かったと。

 また、スクイが先にと自戒するサルバに、ホロは透明な手を差し出す。


「どう」


 サルバは違和感なくそれに応える。

 見えない手も、今のサルバには見えているも同じである。


「私が勇者さんに望むのは、1つです」


 それは。


「聖剣を、私にください」


 その覚悟。

 サルバは、その目が。


 例え狂気に満ちようが。

 己を貫く目が。


 自分のために怒りを見せた、スクイと重なる。


 やはり、彼の元にいたのだと。

 その影響から、サルバはスクイの凄さを改めて感じ。


「できません」


 そう、返答する。


「わかっています。その剣は選ばれし者にしか使えない」


 私は勇者ではない。


「それでも関係ないんです。その剣を」


「そうではありませんよ」


 サルバは、安心させるように、にっこりと微笑んだ。

 スクイと同じ、誰かのための笑み。


「使える使えないじゃありません。スクイさんを止めるのは」


 勇者の。


「僕の役目です」


 言葉には、その人間の人生が乗る。

 さらりと、優しげな笑みで発されたその言葉。


「おい」


 それをホロがどう感じたか。

 ゲーレが警戒する中、ホロはゆっくりと動き。


「では」


 サルバの目の前に、手の届く範囲にまで歩み寄る。


 剣を握りしめるゲーレ。

 対してサルバは、微笑むのみで


「せめて、私の後にしてください」


 ホロは、そう言って。

 頭を下げる。


「うん」


「おい!サルバ!」


 攻撃しなかったにしても、その言葉を。

 その願いを聞くことを批判するゲーレだったが。


「わかってるよ」


 サルバは、目を細める。

 ホロの行為は自殺に等しい。


 しかし、誰にでも、命を捨てても譲れない何かがあり。

 それを邪魔してはいけない。


 それが、自分に理解のできないものであっても。

 そう、サルバは勇者として積み重ねた人生で、知っていた。


 その覚悟。

 それは、ゲーレにも伝わる。


「ああ、わかったよ」


 さっさと行けよと言うゲーレに、無表情にサルバを眺めるマーコ。


「ありがとうございます」 


 そう、一言だけ告げると。

 もう興味を失ったように、ホロは岩の翼を展開させ、飛び立つ。


「お人好しが」


 仲間を攻撃した相手を見逃す行為に、ゲーレは責める。


「えっと、ごめんよ」


 マーコが即座に全員を回復させたが、サルバは申し訳なさそうに謝った。

 そのおどおどした様子が気に食わないかのように、ゲーレは舌打ちを重ねる。


「うるせえ。それが正しいと思ったなら」


 堂々としていろと。


 先程までの毅然とした対応はどこに行ったのかと、仲間たちはため息をついた。


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