第百六話「4vs1」

 吹き出すホロの怒気が。

 殺意となって吹き荒れる。


 そんな戦闘開始直後。

 瞬時に全員が動く。


 意外というべきか、真っ先に動いたのはシオネ。

 その行為は。


 退却である。


「ありゃあ、できることはないね」


 あくまで笑いながら、しかし顔には汗が滲む。

 ホロの殺意を目の当たりにしたシオネは、スクイとの戦闘を思い出す。


 100%を、絶対を持ちうる存在に、彼女ができることはなく。

 ホロはその点に限って言えば。


 スクイ以上であると認識した。


 異常とすら言える魔力の奔流。

 加護とはいえ、その量は人間の域を超え。


 神聖魔法使いのマーコにも届きうる。


 距離をとり、様子を見る。

 邪魔にならないようにすることしかできないという判断。


 そしてそれとほぼ同時に放たれる。

 ホロには視認すらできない速度の移動から来る、抜刀。


 戦士のそれは、街一つ吹き飛ばす威力を一点に込めた。

 最強の斬撃。


 それをホロは、紙一重でかわす。


「ちっ」


 舐めた。

 何をしてくるかわからないが、格下。

 そういった相手には速攻で一撃入れるべきというゲーレの考えは間違っていない。


 しかし、格下と呼ぶにはホロは強く。

 ゲーレの動きは見えずとも、軌道を予想し動く技術と準備があった。


 そして、その避けた先をさらに読んで放たれる。

 森1つ吹き飛ばす、戦士すら巻き込んだ。


 狩人、カサドルの射出。


「これで終わりでしょ」


 ゲーレと同じく、強力な魔法による一撃。

 一流の魔法使いが束になろうと、受け切れない攻撃に。


「馬鹿が!」


 ゲーレは叫ぶ。

 膨大にして単純な魔力の放出は、上空の雲をも吹き飛ばし。


 曇り空を晴れに変えるほど。

 ヒュドラが受けても、消えて無くなる威力と範囲。


 その攻撃にも。

 ゲーレは火傷を負いながらも、怯んだ程度であり。


 そして。


 ホロは、服の一部を焦しながらも、無傷。

 その理由は。


「ゲーレを盾に」

 

 ゲーレごと巻き込む形で撃ち込んだ狩人の攻撃。

 その予備動作から、ホロはその攻撃内容を予想し。


 つまり、巻き込むということはゲーレは耐えられる攻撃だと理解。

 射線状にゲーレが来るよう、回り込んだ。


 その一瞬が。

 攻撃を打ち終わった2人と。


 それをすべて察知していたホロの明確な差となる。

 ホロはその時間で用意されている。


 身の回りに圧縮した岩の塊。

 そして全てを溶かし尽くすマグマを纏う。


「避けろ!」


 あれは、まずい。

 神聖魔法使いですら直感する、魔力量。


 ホロにとっては、攻撃を避けるという準備期間。

 ゲーレたちにとっては、攻撃を打った後という隙。


 ホロは、その岩全弾を。

 一瞬の躊躇いもなく、カサドルに全て撃ち込む。


「ちっ」


 全員に通用するほどの威力と数量が用意された攻撃手段。


 それの狙いを絞る。

 遠距離攻撃可能なカサドルのみを真っ先に排除。


「頭の回転が速すぎる」


 欲を出さずに、まず1人もっとも先に排除したい者を。

 ホロの岩は、加護を行使した膨大な魔力で練られており。


 ゲーレが振り払うにも、衝撃だけでは撃ち落とせない。


「間に合わ」


 数十の弾丸。

 そのいくつかのみがゲーレに切り刻まれ。


 残りを。


「転移直後は」


 カサドルの前で、銀色の大盾が、受ける。


「厳しいって言ってるのに」


 即座に戦闘に参加できなかったマーコの、振り絞る魔法。

 無理をしたとはいえ、神聖魔法使い。


 彼女が即座に発生させた盾はカサドルの身を。


 なんとか、死なない程度に受け止めさせる。


「くそっ!」


 実質戦闘不可能。

 神聖魔法使いでなければ死亡しているレベルの攻撃。


 凡人が傷をつけることすら難しい神聖魔法使い。

 しかし。


「だから、なんだ」


 ホロはまだ目の前にいる。

 正面から堂々と虛を突いたホロに、ゲーレは感心するが。


 それだけ。


 広範囲を巻き込むように、スクイのナイフを同等の速度で。

 剣が振り下ろされる。


 戦士という魔法の一振り。

 岩も、マグマも。


 関係がない。


 荒野が消し飛ぶほどの威力。

 その中で。


「なんで」


 振り下ろした剣を、予めわかっていたように。


 ホロは上空を陣取っている。


「わかりませんか?」


 ホロは。

 文字通り見下しながら、呟く。


「私にとっての脅威は他の人たちで」


 ゲーレさん、あなたの攻撃は。


「全て見えてます」


 目ではない。

 それはつまり。


「あの野郎」


 スクイを見てきたから。

 わかる。


 武の極み。

 その一端を誰よりも側で見てきた。


 無論、見ていたからどうというわけではない。

 そこに。


 狂気的な執着が混じり。


 さらに。

 明確な対策まで打たれている。


「熱」


 もう一点。

 戦闘開始と同時、ホロの下準備が済んでいた。


「そういう、ことかよ」


 火の魔法。

 その温度上昇を、ホロは全域に使用していた。


 単なるホロの火では、神聖魔法使いに火傷ひとつ負わせられない。


 しかし。


「ええ」


 蜃気楼。

 揺れるようなホロの動きは、それのカモフラージュでもあり。


 ほんの半身程度であったが、ホロの位置を、動きを、ズラす。

 同時に。


 この空間全てにホロの魔法が展開されているということは。


「あなたたちはもう、私の掌の上です」


 ホロは自分の魔法の揺らぎから、相手の動きを先んじて察知できる。

 簡単に言うが、高等技術どころではない。


 しかしそれがあって、ホロはゲーレの初撃を、カサドルの不意打ちに対応できた。


「私より、魔法の使いは上」


 魔力量、魔法範囲で誰にも負けない神聖魔法使い。

 その魔法使い、マーコすら、不可能な魔術利用。


「それだけじゃねえ」


 そして、その微細な魔術の変化から。

 即座に相手の動きを想定し、最善を選ぶ速度。


 武、魔術。

 その、神域にあるとすら、言える。


 だが。


「わかれば、変わんねえな」


 ゲーレは、刀を振るう。

 理解さえすれば、ホロの手段は小技に過ぎず。


 ゲーレのひと薙ぎで、その熱は吹き飛ぶ。


「終わりだ」


 高く飛び、ホロに接近する。

 ホロは即座に岩を撃ち込み、用意していたマグマを流す。


「効かねえよ」


 ゲーレには、その程度の攻撃は吹き飛ばされる。

 カサドルへの攻撃を広い範囲で防ぐようにならともかく、自分に向かってくる程度であれば大した攻撃ではない。


 即座にホロの正面へ。


 ホロは剣の間合い分下がり、手を出す。

 至近距離で最大火力を打ち込む。


 目の前で溢れかえる魔力の濃度に。


「腕」


 貰いだ。


 その一瞬を許さない。

 ホロの差し出した手を奪う一振りは。


 空振りする。


「は?」


 一切、理解できない。


 目の前にあった腕。

 蜃気楼のズラしや、先読みがあっても、腕を引く方が遅いはずである。


 そのくらい確実な距離。

 しかし。


 上から下へ。

 空振った刀は、地を指し。


 目の前には、切ろうとした腕が。

 ない。


 理解不能。

 間違いなく攻撃が空振った。


 にも関わらず、目の前からは斬る予定だった腕はなく。

 それでいてそこには、ないにも関わらず。


 腕が残っているのだ。

 そしてそれが今。


 自分の顔に触れている。


「魔力強化」


 隙を見せたゲーレに、ホロは近づき。

 腕のないはずの、本来あった部分から。


 岩が吹き飛ぶ。

 圧縮準備をしていない、今発生した岩。


 しかし、その魔力は先程カサドルを襲ったものに以上であり。

 顔面に受けたゲーレは、地面に突き落とされる。


「愛の魔法」


 体の一部を失うことで、透明な、そして強力な部位を作り出す。

 そしてその部位は。


 触れたものの動きを封じる。


「神聖魔法使い相手であれば、動作を遅くする程度ですか」


 片手を失ったホロは、それに何も思わないように使用感を確かめる。


 ゲーレに近づかれ、攻撃を受けそうになったホロは、身を引いた。

 無論、そのままだとゲーレは詰めて攻撃するのみ。


 故に、隙を与える。

 魔法を放つように、腕を出せば、ゲーレはまず魔法を放つ腕を切り落とす。


 先の蜃気楼や先読みによる一撃必殺の失敗が、ゲーレに目先のダメージを優先させた。


 そこで、急に消える腕。

 そして動きを封じる腕で、ゲーレの顔に触れ。


 強化された腕から放たれる魔術は、圧縮の時間なしに、強力な魔力を込めたものとなる。


 それを連射。


 吹き飛ばされ、動揺し、動きを封じる魔法が身体に残る以上。

 十全にホロの攻撃を防ぐことはできず。


 ホロが連射を止めた時には。

 血まみれになったゲーレが、刀を支えに立っていた。


「流石神聖魔法使いの肉体」


 普通であれば死んでいるだろう。

 そう、冷静に判断するホロに。


「そんだけで終わりか?」


 ゲーレは挑発する。


 マーコは、ゲーレを回復しようと考え、やめる。

 魔力が戻り、カサドルの傷は回復済みであるが、意識を失ったまま起こしていない。


 ゲーレが、それを望まないだろうと、わかっていた。


「まさか」


 用意していた。

 ホロは、手に、圧縮を尽くしたナイフを持つ。


 神殺しのナイフ。


「やはり、神聖魔法使い4人ともなると」


 使わずにはいられませんね。

 そう、呟き。


「何をしてるんですか!」


 ゲーレの傷が癒えていき、第2回戦といったところで。

 場違いな声が、その場に響き渡る。


「はええよ」


 ゲーレもホロも、その方向を確認する。

 そこにいたのは、安っぽい駆け出し冒険者のような格好に。


 あまりに不釣り合いな、美しい剣を腰に携えた。


 金髪の少年。


「あれ、ゲーレと、あなたはスクイさんの」


 今代の勇者。

 サルバ・ハミルダッドが現れた。


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