第百二話「原点」

「ここは?」


 何もない場所。

 神々の世界のように、暗闇というわけでもなく。


 ただ白い空間が延々と広がり続けている。


 スクイは。

 魔王と戦っていた。


 自分を増やすという秘中の秘まで利用し、勝ち目のない敵にも勝ち筋を作れるナイフによって。

 討伐に成功したはずである。


 しかしこの場は魔王城でなく。

 自分も1人のみ。


「どういった」


 不思議に思いながら、とりあえず歩いてみるかと歩を進めると。

 どこからか声が聞こえた。


 否、聞こえたように思っただけだったのかもしれない。

 しかし、スクイの目の前にはいつの間にか。


 1人の男の子が蹲っていた。


「どうしました?」


 その子は、スクイに背を向けており。

 ただ無言蹲るのみであったが、スクイにはその子が。


 泣いているように見えた。


 歩み寄る。


 スクイ自身、ここがどこかまるでわからないままに。


「ここは」


 また、声がした。

 今度の声は、間違いなく目の前の子どもから発されていた。

 しかし泣いているようでなく、子どもの声ではあったが、むしろしっかりとした語感を伴う。


「君の心象風景」


 スクイは、目の前の子どもがただの子どもではないと気づき、歩みを止める。


「心象風景」


 心の中。

 ということだろう。


 スクイは首を傾げながら、笑顔を作る。


「意外と、すっきりしたところですね」


 狂人の自覚もあり、自分の心を覗き込み正気を失った者も見てきたスクイは、意外そうに返す。


「表面はもっと複雑さ」


 色々な想いが。

 様々な記憶が。


 入り混じり、絡み合う。


「その奥の奥。君の最も深い心の底」


 それが、ここ。


 何もない場所。

 ではない。


「貴方は」


 スクイは、それの言葉に納得せざるを得なかった。

 そう、ここが自分の心象風景。


 原風景であり。

 原点。


 目の前の、蹲る子どもは。

 幼いスクイ自身。


 何もないところで、蹲り泣いている自分。

 ただ、それだけの空間。


 それが、自分を形作る、根幹。


「そう、君という狂人の、始まりの場」


 そして、来るよ。

 そう、子どもは言う。


「来る?」


 スクイ自身がなぜこの世界にきたのかもわからないままに。

 まだ現れるものがある。


「魔王は、聖剣を持った勇者以外が倒してはいけなかったんだ」


 どちらにせよ、魔王が完成していれば一緒だったけど。


「それを倒してしまった」


 本当はどこかわかっていたから。

 魔王に手を出すのを止めていたんだろ?


「でも止まれない理由ができた」


 音がする。

 今度は、声ではない。


 あるいは声だとしても、それはスクイにすらそうは聞こえない。


 大きな、何かが迫る音。

 この世界に何か悍ましいものが、流れ込もうとしている。


「君には、誰も救えない」


 子どもは、はっきりとそう告げる。

 振り返ると、この白いだけの、限りない空間を埋め尽くすように。


 どす黒い、泥の波がこの世界を覆うように、襲いかかる。


「君自身も、同じく苦しむ人々も」


 いくら進み続けても。


 だからもう。

 終わってしまう。


 その、諦めるような、咎めるような。

 そんな言葉もまたスクイの言葉そのものであり。


 それに何かを言う前に。


 スクイの世界は、狂気の泥に埋め尽くされた。


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