第九十六話「理想」
魔王城潜入計画までの準備は滞りなく進んだ。
僧侶の人徳のなせる技もあるだろう。
僧侶は街の人間を集め、計画について、そしてポリヴィティを認めてもらいたいという想いを町中に訴えかけた。
そしてそのためには住民の助けがいると。
大した負担ではなかったが、一緒に事を成したという名目が必要だった
「私と共に、どうかこの街を、世界を救ってください!」
僧侶の言葉は住民の胸に響いた。
全員が雄叫びを挙げ、感涙に咽ぶ者も後を絶たない大演説。
そしてその裏でスクイは根回しも行う。
既にペーネファミリーが教会についたことは周知され、ある程度のマフィアからも提携の声が来ている。
そしてこの祭り騒ぎである。
教会の力を示すのに大いに利用できた。
あわよくば計画成功の暁には自分たちも手伝ったと言いたい。
そういった目的の組織も集まり、実に僧侶が演説をはじめ計画当日までの十数日で、ポリヴィティの半分以上の地域が教会と何らかの関わりを持つことになった。
もっとも、地域、組織の浄化は完全とは言い難いものの、提携してしまえば時間の問題である。
一大組織となった教会の意向を無視できる組織はポリヴィティにはほとんどないだろう。
上々。スクイはしかし、この結果は読めていたものとしてあまり気にしていなかった。
僧侶はもちろん喜びを露わにしていたが、本番は魔王城潜入計画である。
大成功が必須とは言わなくとも、この計画が大きく失敗に終わると、煽った分のしっぺ返しは想像に固くない。
住民、提携組織からの信用のためにも、手ぶらで帰れはしないだろう。
「しかし!私たちならば問題ありません!」
複雑な組織と利害関係が頭をよぎるスクイの横で、ホロが明るく言い放つ。
魔王城潜入計画、当日。
念を入れて魔物襲来の翌日。
街中に見送られながら魔導車に乗り込み、向かうのはスクイ、僧侶。
そしてホロとなった。
「もう実力を隠す必要はありませんからね!私も全力で行きます!」
ホロはローブの下の武器を鳴らしながら意気揚々とスクイの横に座った。
「ホロさんが来てくださるのは心強いですが、今回は今まで以上に危険な上、頭数が必須というわけではありません。待っていてくださってもいいんですよ」
「嫌です」
ぷいっとそっぽを向くホロに、スクイは困ったように笑う。
その横では、僧侶が微笑ましいものを見るように2人を見ていた。
「来るなとは言いませんが」
あくまで本人の意思を尊重するスクイの方針では、危険をわかっているのであれば実力者のホロの同行を止めるつもりはない。
ただこれまでのようにホロの意思を貫き通すための命懸けではないとは思っていた。
もっとも、スクイの隣に居続けることがホロの意思を貫くことに繋がる以上、スクイの思いは的外れと言える。
「ではせめて、持ってきた転移の指輪だけはしておいてくださいね」
スクイはオンスの街で買ってきた魔道具の1つである転移の指輪を、ホロに渡す。
一度限り、魔力を込めれば指定の位置に転移ができる、最上位の魔道具である。
「はい!」
そう言ってホロは左手を差し出した。
スクイは手渡そうとして、ホロが手のひらを縦に向けていることに気づく。
嵌めろということだろう。
ホロの右手の薬指には、以前組織潜入時に買った遠隔通話の指輪が嵌っている。
同じ指の方が具合がいいだろうと左薬指に指輪を嵌めるスクイに、ホロは想像通りとばかりに満面の笑みを見せた。
「立派な門出じゃな」
ホロの頭を撫でながら、声援に応えていると、魔導車の隣にまでパーダーが見送りに来ていた。
住民の見送りは壁上で、門前には聖騎士団のみのはずだったが、顔の効く人間である。
方法はいくらでもあるのだろう。
「まさか初めて会った時はスクイくんがここまで大きな事を成してくれるとは」
想像もつかなかったと、感謝を述べながら、僧侶にも頭を下げる。
スクイの積極的な街の復興への貢献、その過程をよく見ていたと。
「いえ、パーダーさんにも良くしていただきました」
必ずいい結果を持って帰りますと伝えるスクイに、パーダーは顔を綻ばせ。
すっと、目を据える。
「そうか、それは嬉しい事だ」
それが、君を救えるのなら。
パーダーは、そっと呟く。
「君が、彼の救いかね」
パーダーは、ホロに話しかけるが、ホロは意味を読み取れないように、目を瞬かせる。
そんなホロと、隣のスクイの表情にに満足したように、パーダーは再び頭を下げた。
「古い言葉だが、年寄りからせめてもの祝言を」
貴殿の魂が、永久とならんことを。
「では!出発します!」
長い祭りとパレードを果て。
僧侶は魔導車から、外壁にずらりと見送りに並ぶ住民たちに声を掛ける。
「皆様のおかげで、私たちは安心して計画に向かえます!必ず、この計画に、この街に意味があったと私が証明してみせます!」
だからどうか、祈っていてくださいと。
僧侶を騙る盗賊は。
それでも聖女のような笑みで告げ、声援が返ってくる。
「大したものです」
声が届かなくなる程度に魔導車が進み、僧侶が手を振るのを辞め座り直したタイミングで、スクイは呟く。
「私も手伝いましたが、手伝ったからこそわかります。あの街の復興は才あるものが一生を任されてやっと希望を作れるかどうかといったものだったはず。それをこの短期間でこうまで」
それも、武力の行使による抑圧もなく。
能力こそ使えど、あくまで訴えることで変えてきた。
「神聖魔法が僧侶ではないとしても、この街への殉教心は僧侶以上でしょう。多くの方が貴方に救われたと聞きました」
スクイは、ポリヴィティで働くうちにどれほどの人間が僧侶に助けられているのか、嫌でも思い知った。
それは単なる身の危険でなく、心と呼ぶべきもの。
理想論を謳いながらも前に進み続ける彼女に、突き動かされた人物は、希望を与えられた人物は少なくない。
「いえ、私はそうあろうとしただけに過ぎません」
所詮は、偽物の僧侶であると。
少し、街では見せないような憂い。
「あくまで、僧侶のように理想を謳い、僧侶のように綺麗事を並べることで、人を救いたがっていただけに過ぎません。それを叶えてくださったのは、街の皆様の誠意のおかげなのです」
「だから、立派なのでしょう」
自分を卑下するような言葉に、明るく返すスクイ。
僧侶は驚いたようにスクイの方を見る。
「そうあれかしと思う心が大事。街の人のこの街を良くしたいという心が一番だというのであれば、それを突き動かした貴方の、誰かを救いたい心が蔑まれるものであるはずがないでしょう」
救い。
僧侶が成そうとしたのは、それなのだ。
スクイはそれを評価する。
「であれば、もう少し堂々と自分の成果を誇った方がいい」
これは戦略的な話です。
と付け加えると、ホロは無粋ですよと呟いた。
「そう、かもしれませんね」
ありがとうございます、と。
僧侶が話す間に、魔王城がその全貌を露わにする。
「大きいですね」
単純なホロの言葉であったが、それが全てと言えるだろう。
わかりやすく階層が外からはわからない、異質な形状をしてはいるものの、その大きさはゴールドドラゴンやヒュドラが出てきた扉を見るだけでも一目瞭然である。
そしてそんな扉が大きく見えないほどの比率。
城が自重に耐えられていることが不思議という大きさである。
少なくともスクイはこの規模の城を前の世界含めても見たことはなかった。
「正面から入るしかなさそうですね」
窓というものはなさそうである。
まずは周りをぐるりと散策する手積りとなっているが、そう抜け道があると期待するのは愚かであろう。
そもそも扉が開くのか、重量はもちろん、勇者でなければ開けないという可能性も十分にあるのだ。
「少し、歩きましょうか」
体を動かしておかねばと僧侶が提案する。
それもそうかとスクイとホロも賛成し、魔王城から少し離れたところで魔導車を停めた。
「魔力は問題ありませんか?」
「はい!魔力には自信がありますので!」
魔導車に魔力を注いでいたホロを気遣うように僧侶が声を掛けると、ホロは自慢げに返した。
「とはいえ神聖魔法使いの方と比べると流石に見劣りするかと思いますが」
「いえ、恐らく私も、神聖魔法使いとしてはそんなに魔力の多い方ではないんですよ」
戦闘向きではない。
スクイの見立て通り、神聖魔法使いと言っても横並びでなければ、得意不得意も違うのだ。
「代わりに小回りのきく能力なのでしょうが、いかんせん鍛錬不足は否めず」
そう、雑談に興じる。
それはあるいは、緊張をほぐす意味もあったろう。
僧侶にスクイを取られたように思わないでもなかったホロだったが、いざ話すと僧侶は魅力的な人物である。
良い傾向だと、スクイも思い。
3人の神経が、張り詰める。
一定、魔王城に近づいた瞬間である。
歴戦、スクイはもちろん、その教育を受けたホロ。
そして神聖魔法を扱う僧侶もまた、常人では持ち得ない、第六感とでも呼ぶべき鋭い感覚を持ち合わせる。
その3人の動きが一瞬止まるほどの、激しい緊急信号。
アラート。
その正体は、スクイ以外の2人が戦闘態勢に入るよりも早く、眼前に現れる。
魔王城の扉が、開いた。
「まさか」
僧侶の呟きはもっともである。
いくら魔物襲来のサイクルが変化しているとはいえ、昨日あったばかりである。
否、その厳しく見積もったサイクル計算すらも最近は怪しかったこともある。
または魔王城に一定以上近づくことがトリガーとなった可能性も高いだろう。
何せ現れる魔物の数も、その凶悪さも、扉の隙間から覗き見えるだけでも今までの比にはならないのだ。
そして厄介なのは、同時相手をしなければならないということ。
街に着く速度にバラツキがあり、順に相手にしていたのとでは訳が全く異なる。
あまりにも強大な暴力の塊。
扉から押しあうように現れる異形の存在に言葉を失ったのは、たった3人という目の前にこれほどの魔物が現れたから。
ではない。
「街が」
3人の脳が、即座に動き、そして一瞬にして結論を出す。
問題はここにいる3人ではない。
尋常ではない相手とは言え、A級魔法使いクラスが3人。
生き延びるだけであれば可能性は高いと言える。
しかし、倒し切ることはほぼ間違いなく不可能である。
となると溢れた魔物は当然街に向かう。
スクイが緊急で駆けつけ、ホロも手を貸した、僧侶がいても抑えきれなかった魔物の襲来時を大きく上回る魔物。
そして現在、街にはその3人がいない。
まして、住民の大勢が壁際にいるのだ。
3人の見送りのために。
真っ先に決断を決めたのはスクイだった。
単純な頭の回転の差。
策と呼べるものではない。
考えたのはスクイが死の魔法を全開まで放出し、魔物を一網打尽にする
距離をとり、残りで凶悪な魔物の心臓を奪い僧侶が対応。
ホロはさらにその残りを、空を飛ぶ魔物優先で対応する。
これが最善である。
そう感じながらも、それでもこの数は、おそらく対応しきれない。
スクイの死の魔法は一定まで密度を上げなければ、さほど驚異とはならない。
前提の一網打尽にできるまでの密度を作り出すだけでも、かなりの魔物を逃すだろう。
僧侶の心臓の抜き取りは手で奪うという工程上、あまりスピードがない。
こちらも対応力が高いとは言えない。
ホロの範囲魔法も強力ではあるが、これまでの魔物であればともかく、目の前の魔物たちであれば傷を負いながらも街に向かえる程度である。
即座に大勢を対応できるのはあるいはホロが一番だったかもしれないが、1人に任せられる状態ではない。
だが、それも含めてスクイは全身から瘴気を発し。
スクイの出方によるパターンを想定していたホロは、意図を汲んで即座に距離を取ろうとし。
「すみません」
そんな2人に遅れて、僧侶は呟いた。
反応が遅かったのは、2人に比べ僧侶の頭の回転が劣った故ではない。
それは、覚悟を決めるため。
「私の理想に、あなた方を巻き込んでしまった」
僧侶は、にっこりと、邪気のない笑みで2人に手を伸ばす。
それが、一緒に頑張ろうなどという差し伸べられた手ではない事を、スクイもホロも知っている。
「街をお願いします」
「駄目です!」
そう叫ぶスクイの声も届かぬように。
2人の視界は暗転した。
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