第九十五話「会議」

 会議。

 僧侶と聖騎士団、場合によってその他の人間を交えた定期的な話し合いの場。


 今日は僧侶と聖騎士団、そしてスクイと、同伴者としてホロが席についていた。


「ペーネファミリーより僧侶様のポリヴィティ復興への全面的な支援の話が来ています。条件として土地の提供の代わりに、金銭等による報酬の増加を要求しています」


「提案額の倍を約束する旨、お送りください」


 僧侶は上司として指示を出しつつ、しかし喜びを隠しきれない表情で、スクイをちらちらと見る。


 スクイはその目線から逃げるように上に目線をやりながら、関係ないように無言を貫き通した。

 しかし、報酬を倍。念願の大手組織との提携が叶ったと思えば財布の紐が緩むのもわかる。


 しかしそれだけではないだろう。

 ペーネファミリーは初の教会と提携したマフィアとなる。


 他組織が様子見の段階である以上、ペーネファミリーは格好のモデルケースだ。

 言わば歩く広告塔である。早く手を組めばこれだけ優遇されると言う噂を立てたい。


「かしこまりました。教会への連絡共有は以上となります」


 事務的な報告を終え、騎士は座る。

 僧侶は経営が上手い。仕事の割り振り、スケジュール管理、そして人心掌握。


 ここらへんがスクイの僧侶という神聖魔法への違和感の始まりであり、盗賊という神聖魔法への疑いの始まりでもあったわけであるが、しかしこのようにしっかりとした報連相を行える組織体系を短期間で作り上げたの技量に関してはスクイも素直に感心するばかりであった。


 僧侶のまとめを一通り聞き、今度はスクイの番と口を開く。


「前回僧侶様からの指示事項13点について、結果資料を用意しております。特別報告すべき点としては」


 スクイは資料を元に襲来する魔物の詳細な資料を用意し、前回より魔物の質が明らかに上がっていることを語る。

 基準は冒険者ギルドのランク付である。


 その他ゴミ山を占拠していたペーネファミリーとの問題を先程のペーネファミリーの動向に追記する形で報告。ゴミ山の現状等、必要な箇所のみつらつらと述べた。


 ホロは予め見せてもらっていた資料に目を通しながら、わかりやすく仕事をするスクイが意外に映ることに気づく。

 やればなんでもできるイメージと、このような真っ当な仕事をしているイメージのなさが驚愕を生んでいた。


 失礼とも言える。


「以上となります。ご質問等あればおっしゃってください」


 そう優雅に頭を下げるスクイ。

 特に質問はない。批判的な声もなく、むしろ賞賛の声が上がるほどである。


 ペーネファミリーとの折衝は、僧侶指示の元スクイが行ったという認識が既にされており、スクイは僧侶の右腕としての地位をある程度認められつつあった。


 外様というイメージもスクイの献身的とも言える仕事量と、人当たりの良さが貢献し、ほとんど消えかかっている。


「ありがとうございます。資料ですが」


 僧侶から数点、魔物の特徴について元冒険者のスクイに質問があった。

 それを元に次回の対応策について意見を交わし、今後の方針が僧侶から語られる。


 スクイも僧侶の方針に反論はない。


「そして」


 僧侶は、少し空気を変えて話す。


「お任せしていた魔王討伐のメンバー探しについてですが」


 場の空気が、より一層張り詰めたものに変わる。

 それを感じさせないように、スクイはゆったりと、先程以上に穏やかな表情を浮かべた。


「結論から言えば、進展はありません」


 現状、魔王討伐に向かえるのは甘く見積もってスクイと僧侶のみ。

 この結論に変わりはないということになる。


「組織提携と並行して各マフィア、及び各地の猛者にもお会いしました。聖騎士団を大きく上回る実力者も少なくはありませんでしたが、僧侶様と肩を並べて戦うには力不足と言えましょう」


「後方支援という形では?」


 鋭い指摘が飛ぶ。

 例え肩を並べられなくとも、助けになる魔法をもうものは少なくない。


「難しいですね。神聖魔法使いの方々は肉体的にも魔力的にも、元々一線を画す能力を与えられます。半端な強化魔法や援護射撃は無駄か、むしろ邪魔になる可能性の方が高いでしょう」


 そう、少し強調して話す。

 スクイの意図に、僧侶は一瞬顔を顰めるようにしながら、ため息をつく。


「残念ながらスクイさんの用意くださった資料を見ても、その推察は間違っていると言えそうにありませんね」


 スクイは調査した実力者のプロフィールを数人載せていたが、それを見ても飛び抜けた存在はいない。

 もちろんポリヴィティという場所で生きる以上強者と呼べる人物は少なくなかったが、相手が魔王で、比較対象が神聖魔法使いである。


 僧侶も別方面から勧誘に当たっていたが、形のある成果は挙げられていない。

 僧侶は自分に比肩する能力を求めていなかったが、スクイは足手まといを連れていくことに反対しているという意見の食い違いもあるだろう。


「そこで、提案です」


 一旦保留という形で落ち着き、引き続き調査という話で終わりかけた議題に待ったをかける。


「魔王討伐を諦めてはいかがでしょう」


 先日と同じ意見。

 魔王を倒すのは不可能である。

 勇者に任せるべき。


 しかしそれを前提としてポリヴィティで成果を挙げ、この街を認めてもらうということがこの計画の根幹である。

 難しいことは承知の上である。その上で何か方法はないかと時間をかけて策を練っているのだと数人が顔を顰め、僧侶が口を開こうとするのを、留めるようにスクイは続ける。


「諦める、と言ってもそれは魔王討伐に関してのみです」


 スクイの言葉に、先まで理解が及んだのは僧侶とホロのみである。

 場に湧いたのは疑問、それは計画自体を諦めることとどう違うのか。


 あえて興味を惹かせる話ぶりは癖付いたものとも言えた。


「僧侶様、本計画は、元来名目としてしか魔物討伐を期待されていないポリヴィティが実際に魔物を、そして魔王を打ち倒すことで、その価値を世界に知らしめるということでしたよね」


 スクイは確認する。

 要はポリヴィティが大義を忘れたただの流刑地ではなく、世界に誇れる場所であると示したい。


 そのわかりやすい功績が魔王討伐である。


 僧侶は先の話をある程度考えながら、ゆっくりと首肯する。


「であれば、魔王討伐は目的ではなく手段。目的はポリヴィティが世界が認める功績を上げることとなります」


 となれば、魔王討伐は必須ではない。


「勿論これは妥協案です。魔王討伐まではできないがそれに大きく貢献したという結果を残す。その上で勇者がその功績を持ち帰ってポリヴィティを認める発言をすれば、効果は限りなく近いものとなるでしょう」


 スクイの提案は、僧侶を除く全員をある程度納得させるものであった。

 元より魔王討伐が現実的に可能だと思いにくかったところに、現実的な妥協案とそれでいてそれほどメリットを損なわないという利点。


 各々考えることはあれど批判はない、というよりは全員が考え込む僧侶の言葉を待つ。


「内容は」


 当然、用意している。

 この妥協案の問題は、では何をするのか、である。


 半端な協力であれば、魔王討伐は勇者のおかげとなかったことにされてしまうだろう。

 ポリヴィティの協力もあったと付随されても、明確な功績でなければ気にも留められない。


 実際、ポリヴィティは僧侶の参加という点だけでも勇者の手助けはできるのだ。

 それを僧侶が拒むのは、それで得られるのは現地にいた神聖魔法使いが協力した、であってポリヴィティが協力したとはならないからである。


「当然、魔王城の視察です」


 どよめく声。ホロも内容までは理解していなかったが、聞けばこれしかないと納得する。


 現状、魔王城の中は完全なブラックボックスとなっている。

 魔王城に向かった歴代の勇者含め、中に入って帰ってきた者は誰1人としていない。


 魔王城構造、また中にいる魔物の詳細、さらに言えば。

 魔王の情報。


 それを持ち帰るのは歴代勇者ですらできなかった偉業である。


 賛否が分かれる中、僧侶は内容を想定していたのだろう。

 少し考えるように、口元を覆う。


「それは場合によっては功績と呼べるものになるかもしれません」


 しかし。

 その先はスクイもわかっている。


 結局のところ、この作戦もスクイと僧侶で行くこととなる。

 ポリヴィティの功績というよりは、やはり神聖魔法使い僧侶の功績というべきであろう。


 スクイは、僧侶があえて普段から自分だけでなく、時に足手まといの騎士団を率いて戦うことをわかっている。

 しかし、スクイの考えうる妥協点はここまでである。


 討伐ではない情報の持ち帰り、討伐以上に人数が足を引っ張る。

 行くのは2人がベストだろう。


 もちろん勇者にはポリヴィティ総出で掴み取った情報と伝える。

 あながち嘘でもない。僧侶を送り出すということは何も手を振るだけではないのだ。


 準備や僧侶の穴を埋める、それだけでも価値のある仕事である。

 否、そういうことにすればいい。


 しかし僧侶はそうは思わないだろう。

 勇者と同行するのと根本何が違うのか、そういった疑問に悩み。


「それが、最善でしょう」


 飲み込む。

 大事なのは僧侶の納得ではなくポリヴィティ。


 そう思えばわからない僧侶ではなかった。


「街の空気も大切です。何もしなくとも僧侶様が情報を持ってきてくれたと単に喜ぶだけでなく、自分たちも協力したという意識付けをしたいところです」


 スクイはあえて街を巻き込む応援体制を提案し、ポリヴィティの功績で情報を持ち帰ったとできるように提案する。

 そして肝はポリヴィティのスクイが同行しているという点、つまり聖職魔法使い1人が向かったのではないという点にある。


 提案の時点で既に綿密な計画といくつかのパイプを提案するスクイ。

 妥協案であるが、十分すぎるだろう。


 ただ、それでも曇りの消えない僧侶の表情が。

 スクイの最後の懸念であった。


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