第九十四話「宝」

「困りますよ」


 スクイは目の前の男に声を掛ける。


 ゴミ処理所。

 ポリヴィティではゴミは街の外の一箇所にまとめられているが、まとめられているだけである。


 ゴミを処理する手段を持たないポリヴィティでは、燃やしてしまう物を除けばどうすることもできない。

 そしてゴミの山が出来上がっている。

 

 僧侶が来る前からゴミ捨て場として利用されていたそこからは有毒なガスが出ることもあり、明確な害となっている。

 

 スクイの用事はその検分にあった。

 スクイもゴミ問題に明るいわけではない。


 死の魔法で一度に片付けるくらいしか案はなかったが、とりあえず見に来た形である。


「なんだ」


 しかし、このゴミ山は現在とある組織が近づくことを禁ずると声明を出していた。

 ペーネファミリー、先日スクイが訪れたマフィアである。


「ゴミ処理所は公共のものです。一組織が使うななどと独占されては困ります」


 先日の訪問で、ペーネファミリーとの協力については一旦延期となった。

 話し合いの場では賛同を得られていなかったし、その後のスクイの行動で賛同に変わってもそれは脅しと変わらない。


「知らん」


 スクイの方も見ず、ゴミ山に男、ペーネファミリーのボス、ペーネは歩を進める。

 ボロボロである。前回はアジトで陣取っていたからこそ風格もあったが、今や作業着のような服を汚しゴミ山を漁る様子は乞食とさほど変わらない。


 元々小柄なことも相まって、先日とは別人に見えた。


「そうですか」


 ゴミ問題については教会の議題。

 そしてペーネの奇行については僧侶からの依頼である。


 ここ数日、ペーネファミリーがゴミ処理所を独占している。

 目立つ悪事は前回以降僧侶の説得もあり目に見えて起きてはいないものの、何かを考えているのであれば探って欲しい。


 そしてそれをスクイに任せる。

 それはもし、スクイにとって彼らが悪人だと思える何かをしているのであれば殺すもやむなしということになりかねない。


 僧侶としては根気よく改心を勧めたいだろうが、悪を野放しにするのが良いというわけではない。

 先日スクイの信念を曲げさせた筋を通す意味でも、今回の判断はスクイに任せたのだろう。


「そうは言いますが」


 スクイは、あくまで僧侶の信念に一時的に協力するに過ぎない。

 目の前の男は救うべき悪人である。


 問答をする気がなければ、すぐに救いを与えることもわけはないのだ。


「しつこいぞ」


 そう言うペーネ。

 先日のことで、少なからずスクイへの恐怖は刻まれているはずであるが、流石は裏社会のボスというべきか全くその素振りは見せない。


「殺しに来たなら好きにしろ。あとは知らん」


 スクイなど眼中にないと言うように、ゴミ山を漁る。

 奇行。


「失礼、何をなさっているんですか?」


 ペーネは位の高い人物である。

 大きなマフィアのトップであり、このように一部地域を独占することも、一時的には可能な人物だ。


 それが1人、離れたところにガードマンこそいれど、薄汚れながらゴミ山にいる。

 1日2日ではない。しばらくゴミ山で生活したように服も髪も汚れがついている。


 ゴミ山は時に宝が眠ると言われるが、それでもマフィアが、ましてトップが1人で来るところではない。

 スクイたちのいる最近の手前あたりでも、急に崩れたりガスが出ると平気で死人が出るのだ。


「あ?」


 スクイの言葉に、ペーネは初めて振り向いた。

 その反応は攻撃的にも聞こえたが、初めてスクイを意識した言葉だった。


「何って、なんだ、探してんだ」


 それが何かを聞いているのだが、そうスクイは思う。

 いちいち詳細を聞き直さないと答えないタイプか、と思いながら一旦付き合うことにしようと考え。


 足元を見る。

 ペーネは乱雑にゴミを漁っているわけではないらしい。

 彼の近くには、鉄の塊だけを集めたスペースがあり、どうにも彼はそれを集めている様子だった。


 鉄資源の枯渇。

 などという話であるはずもないが、他に心当たりはない。


 スクイは積み上げられたゴミ山の上の方に、同じく鉄屑を見つけると、急くように拾いによじ登るペーネを見て声を掛ける。


「崩れますよ」


 ペーネは聞こえていないように登り続ける。

 話にならない。スクイは位置を計算し。


 ぐらり、とゴミ山が動く。


「ほら」


 スクイは当然のように呟く。

 揺れるゴミ山はその一部を落としながら、異物であるペーネを宙に吐き出す。


「だから、言いました」


 スクイはそれを読んで、落ちる位置に移動。

 抱き止めるようなことはせず、足で受け止め、地面に返す。


 汚い、というのもあったが、スクイにとってのこの男の価値などこの程度である。


「お、お前には」


 関係ない、と言おうとしたのだろうが、即座に言葉を切り、あたりを見渡す。

 どこか痛めたのだろう。這うような起き上がりではあるが、急いで見つけたものに走り寄った。


 その先は、先程ゴミ山の上にあった鉄屑である。

 全身を打ちつけ、痛みに悶えていることなど関係がないと言うように、ペーネはそれを拾い上げると、落胆したように他の鉄屑と同じ場所に置いた。


「何がしたいんです」


 先程話そうとした続きを聞こうと、スクイはペーネに近寄る。


 ペーネはスクイを見る。そこに、恨みや恐怖はなかった。


「お前はあの時、怒ったな」


 あの時。

 前回の訪問であろう。

 ペーネが自分の子どもを殺したという話を聞き、即座に殺しに向かったのだ。


「ええ、人からのプレゼントを大切にできない悪人。あなたにも救済が必要と」


「あんたの教義はいい。そこじゃない」


 ペーネは、少し、沈黙した。

 ゴミ山を、そしてかき集めた鉄屑を見る。


「俺の、子どもを名乗る奴がいた話はしたな」


「ええ」


 スクイは忘れない。


「そいつは俺にゴミを渡しやがった。そしてそれを俺だと言いやがった」


 だから殺した。

 特に何の感慨もなかった。


 しかし。


「ずっと、ずっとだ。あの日から俺は、何かを失った」


 それは子どもの命だろうと、軽蔑したように見るスクイ。

 それに気づかないようにペーネは言葉を続ける。


「ずっと、そのガキの顔が頭から離れない。お前と会う前から違和感はあった。そしてお前と会って、お前の怒りを見に受けて、思ったんだ」


 あの、ゴミは。


「あれは、悪意あるゴミなんかじゃなかったんじゃないか」


 当然である。

 聞けばすぐにわかる。


 側から見れば鉄屑だったと言うが、子供が作ったものである。

 ゴミからでも必死にかき集め、父親の人形を作ったのだろう。


 母親が遠目にも父親を何度か見せていたのかもしれない。

 いつか会える父親に渡せるよう、用意したものだったろう。


「わからないんだ。わからない。その中で、俺は何かを逃した」


 スクイはペーネが集めた鉄屑の山を見る。

 かなりの数である。あの日からずっとこうしているのだろう。


「それは、たぶん大切な何かだ。俺はそれに心当たりがない」


 それでも、ずっと何かを恐れている。


「何かわからないんだ。だが、俺はそれを見つけないといけない」


 ゴミだと笑った、それを探し出さないといけない。

 それを見つけてどうなるかもわからないが、絶対に見つけ出さないといけない。


「お前が怖いんじゃない。ガキを殺したことも、たぶん怖くない」


 ただ、俺のために、それを見つける必要がある。


「だから邪魔するな」


 そうスクイを振り返る。

 その目には、絶望はない。


 今この瞬間にもスクイがペーネを殺せるとわかっていて、そうなる可能性もわかっていて、それでいてそんなことはどうでも良いかのようだった。


「手伝いましょうか?」


 スクイは、大して興味なさそうに、話を聞き終わり言う。

 ペーネは体格が良くない。身体能力も高い方ではないだろう。ゴミに足を取られ、何度転んだかわからない。


「いや」


 明確に、ペーネは答える。


「わからないが、何もわからないんだが、これは俺が見つけなくちゃならないんだ。俺じゃなきゃダメなんだ」


 だから、いらない。


 そう話すペーネに、スクイはそれならと、近くで座り込んで言う。


「あと1日猶予を与えましょう」


 スクイは優しげに伝える。


「あなたの事情は知りませんが、公共の場所の占拠を続けられると厄介です。早めに退散いただきたい」


 ところが、用事があると言う。


「今が夕方と言ったところでしょう。ここから明け方まで、それまでにあなたが探し物を見つけられれば占拠する必要はなくなり解散。私もその旨を僧侶さんに伝えます」


 見つからなければ?

 などとペーネは聞かない。


 しかし、スクイは明言する。


「見つからなければ、この場で死を与えます」


 このゴミ山で。

 一緒に朽ちてもらう。


「悪事を続けるようであればある程度の罰は仕方ないと僧侶さんも説得しています。安心して死の救いに身を委ねてください」


 このゴミ処理所は、捨てるだけの場所ではない。

 場合によっては持っていくこともあるし、稀ではあるが魔物が荒らす場合もあり、またここに捨てると言う決まりも薄いため、最近のゴミが必ず街方向にあるとも限らない。


 要は、ここに捨てられたものが、ここにあるとは限らない。


「わかった。邪魔するなよ」


 そんなことは当然だった。

 ペーネは、大した興味もないようにスクイから視線を切ると、また同じようにゴミ山を漁り始めた。


 夜になり、視界が見えなくなっても松明を使って作業を続けた。

 死にかけたことも、今日だけで1度や2度ではない。


 暗所にも関わらず、ペーネは鉄屑があれば走り、高ければ登り、転けて落ちて、切り傷だらけであった。

 深いものもいくつかあったろう。


 即座に命に直結しないとしても、どのみち傷口によっては良い魔法使いがいなければ死につながりかねないと思われるものも少なくなかった。


 だが、そうは見えないほど、怪我を庇う仕草もなく、作業を続ける。

 弱みを見せないのは、マフィアに必要な条件である。


 そしてその作業は、明け方になるまで続き。

 スクイの目の前には、ペーネが命懸けで集めた鉄屑の山が積み上がっていた。


「そろそろ時間ですね」


 感慨深くもなさそうに、その山を眺めながら呟くスクイ。

 ペーネは抵抗することもなく、その鉄屑の前に立つ。


「この中に、息子さんからのプレゼントがなければ死を与えます。今一度確認ください」


 そう話すと、ペーネは黙って自分の持ってきた鉄屑を手に取る。


 確実に違うと言えるものも多かった。子どもの足りぬ材料とは言え工作である。

 せめて人の形をしていたはずだが、そうでないものばかりである。


 可能性があれば、取ってきたのだろう。


 1つ1つ、ペーネは検分し、首を振って捨てる。

 その形相は、苦いもので、必死に見えた。


 しかしその必死さは、スクイに一切向いてなどいなかった。


 鉄屑はもうほとんどない。

 そんな中、ゆっくりとした手つきで、1つの鉄屑を手に取った。

 それは、手のひらサイズの鉄の箱に、長い針金が4本、手足のようにさしてあった。


 ゴム玉のような、子どもの遊ぶ小さな玉が、接着されており、頭のようにも見える。


 それは明らかに、人型をしていた。


「こ。これ」


 震える声で、ペーネはそれをじっと見続ける。

 体も震えている。


「これ、ですか?」


 スクイは見る。

 確かに、大人からすればゴミだろう。


 針金の長さは不均等で、顔となったボールには似顔絵もない。

 胴体の鉄屑など、ゴミどころか危険で、今も握りしめたペーネの手を切り、血を滴らせていた。


「お、俺は、よう」


 スクイの問いに、ペーネは答えない。


「こんな街に産まれて、生きていてよかったなんて思ったこと一度もなかった。嫌な思いしかしてこなかったし、嫌な思いをしないためには嫌な思いをさせるしか教わらなかった」


 ぽつり、ぽつり、と彼の口から、言葉が漏れ出る。


「体も弱くてなあ。弱いと舐められる。そう思ってもなかなかうまくいかん。背も伸びず、昔からずんぐりした体型と短い手足を詰られたもんだ」


 そう言うと、傷口に切り付けるかのように、ぎゅっとその鉄屑をもう一度持ち直すと。


 それを手放した。


「あのガキはよ、ちゃんと俺のこと見てたよ。俺の手足はこんなに長くねえ」


 俺が探してたのはこの鉄屑じゃねえ。

 確信を持った、何度も何度も、思い返した人形とは似ても似つかない。


 思い返すたびに、わかったからだ。

 自分がゴミだと捨てた人形が、どれだけ自分を見て、どれだけ工夫して、どれだけ時間をかけて。


 金のない子どもが必死で作ったか。

 わかったから、違う。


「明け方だ。スクイって言ったな」


 ペーネは初めて、嬉しそうに笑った。


「あんたが息子に似てるって言ったこと嘘じゃねえ。馬鹿な夢に目を輝かせて、意味のわからんことを言う」


 でもせめて。

 そう続けようとしたペーネの喉元を、スクイは掴んだ。


「な、なに」


「拾ってください」


 スクイは、足が浮くほどに掴んだ首を持ち上げながら、ゆっくりと話した。


「鉄屑をです。これから毎日拾ってください」


 ペーネは不思議そうな顔をする。


「毎日、毎日拾って、あなたが覚えている息子さんのプレゼントと同じものができるまで、部品からでも集めて作ってください」


 できるはずのないこと。

 それだけのために生きろ。

 

「スクイさんよ」


 ペーネは呆れたように声を絞り出す。


「俺は、ここであんたに殺されるなら、それも悪くないって思ってたんだぜ?」


 スクイは、ペーネをおろすと、ため息をつきながら笑顔を作る。


「私もですが、残念ながら僧侶さんは厳しいもので」


 そりゃあまあ。

 救われてみるか、と。


 そう笑うと。

 ペーネは倒れるように気を失った。


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