第九十三話「戦場」
「こんな感じでしょうか」
スクイは、街から少し離れた魔物の住む場所まで出てきていた。
周辺の危険生物の討伐も僧侶からの指示であり、今日はダイヤモンキーの討伐に来ていたが、それは即座に終えている。
「そうですね。あとは圧縮ですね」
では何をしているのか。
スクイは死の魔法の操作を練習していた。
先日、ナイフを失ったスクイは勢いのままに死の魔法を解放した。
フェルテと戦ったときには全くの無意識であったが、それからスクイは自分の植物魔法への違和感等から自分の魔法に気づいていた。
天使にも既に気づいていることに指摘され、使えと捉えても良い発言をされていたが、この魔法はそう簡単なものではない。
「ミストル司祭は相当練習したようでした。ご主人様は習得が早いですね」
全身から瘴気を発する。
瘴気に触れたものは時が経ったように風化していくという魔法であった。
即死というわけでないにせよ、使うだけで相手を死に至らしめる。
「いえ、なかなか思うように動きません。練習が必要ですね」
しかし、相手を殺すだけであればスクイはナイフで良い。
死の魔法は瘴気の密度を高めることで、より即座に相手を死に至らしめることができるが、現状スクイはそこまで死の魔法を活かせていない。
もう少し練習が必要だと感じていたスクイであったが、街中で使える魔法ではないのだ。
少量であれば家の中でも練習できたが、戦闘で使えるほどの量を操るのであれば場所は限られる。
「思えば魔法はあまり使ってきませんでしたからね。いい機会です。もう少し扱えるようになっておきたいものです」
自動発動の不死の魔法と、間違った使い方としての死の魔法。
魔法を放出し操るということはしてこなかったスクイはここで、魔法の達人であるホロに助言をもらっていた。
「一方向に出す、自在に操る、圧縮するというのが魔法の基礎的な部分です。」
スクイは初めての練習で真っ直ぐ一方向に魔法が放て、数回の練習でほとんど意図の通りに自在に魔法を操っていた。
ちなみに全身から吹き出すという今までのやり方はむしろ高等技術である。
本来は手から出すのが一般的と言え、例えできてもすぐに魔力が尽きてしまう。
ホロは全身から魔法を出した上で、尽きない魔力量があったが、スクイの魔力量は少ない。
振り撒くより使い方もあるだろう。
「最終的には圧縮した瘴気を操ることができればいいのですが、慣れるまでは無駄に魔力を消費しますね」
魔法を操作できる以上ゆっくりと圧縮することはできるはずである。
あとは反復練習。
「おや?」
スクイは魔法を出そうと手を出した瞬間、引っ込める。
「どうしました?」
きょとんと首を傾げながら、スクイのもとに駆け寄るホロ。
少し怪訝そうにスクイは俯いた。
「街が少し騒がしいですね」
街から離れた森の中である。
小さな騒動では流石のスクイも気づかない。逆に言えば、街全体といえる程度の騒動となっているということになる。
「気になります。急いで帰りましょう」
少し離れたところに待機させてあった馬車で街に戻る。
門兵も減っており、火急であることが伺えた。
「なにがありました?」
「スクイさん!」
スクイに初め突っかかった門兵が、よくぞ来てくれたとばかりに勢いよくやってくる。
「魔物の襲来がありまして!人が少なかったこともあり門は破られていませんが、空を飛ぶ魔物が数匹街中にまで」
「襲来は明日のはずですが」
そう言いながら、スクイはその予定が確かなものでないと理解していた。
前回も想像以上に早く襲来が始まったと聞いていたし、徐々に時間が早まっている話は僧侶からも聞いている。
それを見越して明日は早めに集合を予定していたが、1日単位で早まるとは誰も予想していなかったのだろう。
「ご主人様!」
逡巡。
スクイが戦闘に参戦することは確定である。
しかしホロ、未だに彼女の能力の高さは街に隠してある。
それはホロを守るためでもあった。
「私なら飛ぶ魔物も空から攻撃できます!させてください!」
何人も、成長しようとする者の心意気を邪魔する権利はない。
スクイはゆっくりと目を瞑り。
「任せました」
即座に協会側に向かって走り出す。
途中馬を借りれば、この街の大通り横断はそれほど時間のかかるものではない。
3匹。
スクイは街の状況から飛来したという魔物の数を測る。
2匹は大したことはないが、1匹大型の魔物が暴れている。
とはいえ、ホロであれば苦戦しないはずの相手である。
とりあえずそちらは問題ないものとして、スクイは教会の町側の門を開ける。
中は混乱している。戦闘員は当然出払っているが、中にはそれだけではない。
パニックに陥っているものも少なくはなかった。
街の構造として、魔物の来る門は教会に入る門となっている。
ここに魔物がいない以上、まだ魔物は門を破ってはいないようだが、一刻を争う事態に違いはない。
最短距離、スクイは壁をナイフで切り裂きながら、外に出る。
門を開けるわけにもいかない。前回同様壁の上に登る。
「100近いですかね」
10数人というこちらの勢力に対して、大勢の魔物の群れ。
騎士団も決して弱くはないが、この数を相手にしては意味をなさないだろう。
僧侶も既に出てきていたが、明らかに疲弊している。
スクイはある程度推測していたが、やはり僧侶は神聖魔法使いとしては戦士や狩人ほど規格外の強さを持ち合わせてはいない。
もっとも、即座に相手の心臓を奪える盗賊の魔法は人間の域を出たものであったが、戦士や狩人であれば広範囲の攻撃で薙ぎ払うことができたはずである。
神聖魔法の中の違いもあるが、元々戦闘を得意とし磨いた者と、そうでない者の違いもあるだろう。
魔王討伐を可能にするために与えた魔法というが、神も適当であるとスクイは結論づけ、飛び降りる。
「スクイさん!」
上空から大型の魔物たちを切り裂きながら現れたスクイに対し、助かったという表情をする僧侶を咎めそうになったが、それどころではない。
「状況は把握しました。私は先陣を切ります。門周りを固めてください」
そう話し、魔物の群れに突っ込むスクイ。
僧侶の止める声も聞かず、スクイは全身が千切れ飛ぶのも気にせず、門から距離をとった魔物の真っ只中に到着する。
即座に紐を使ってナイフを振るうが、スクイのナイフ速度でも捌き切れない量である。
「使いますか」
距離と魔物の群れで門前から見えなくなったあたりで、うっすらと、スクイの周りを瘴気が漂い始める。
スクイにとってこの魔法は奥の手である。使わずに勝てる数ではないが、見られる場所での使用は避けたい。
ナイフで致命傷を与えられなかった魔物が近くに寄ってくるが、瘴気に入ると動きが弱まる。毒のように、ゆっくりと相手の勢い、生命力を削ぎ落としていく。
一定の範囲でその瘴気を固定させながら、徐々に濃度を上げ、また範囲を広げる。
やはり戦場こそ成長の場。
スクイは少し微笑みながら向かってきた大きな犀のような魔物を手で押し留める。
「流れ」
素手で突進を受け止められた魔物は、驚く間もなく後方へ吹き飛ばされた。
「力を利用する技との併用は良くないと思っていましたが」
突進する魔物の威力を対応可能な程度にまで弱め、投げ飛ばす。
吹き飛んだ魔物は小型の魔物を押し潰し、同時に入れられていた切り傷により絶命。
「悪くないですね」
巨大な4本手の猿が掴みかかってくるのを避け、逆に掴みかかってきた手を握り、握手。
「外し」
スクイの3倍はある背丈の魔物だったが、スクイの手を握りつぶす余裕もなく、足の関節から外されていく。
基本戦術のサポートとしても使えると思えば範囲も広い。
横から針を持った魔物が突き刺しにくるのを両手で挟み、その勢いのまま猿の魔物に突き刺す。
「縛り」
スクイは肉弾戦の中でも振るい続けていたナイフの紐を、針を持った魔物の首に巻き付ける。
ナイフ自体が高速である。当然その紐も一瞬のうちに何周も魔物の首に巻かれることとなる。
スクイが少し引っ張ると、魔物の首はブチンと音を立て、引きちぎれた。
「縄と杖は得意分野でしたね」
戦場で使うのはなかなか難しかったが、とスクイは懐かしむ。
明らかに戦闘能力がいつもより上がっている。
不死故に死ねないとしても、やはり死が自分を支えていると実感する。
それは魔法も同じであり、死の魔法はかなり密度をあげ、弱い魔物ではスクイに近づくことすらできていなかった。
「おっと、逃げられるのも困りますね」
そうやってしばらく、スクイは戦いに明け暮れた。
「助かりました」
魔物が目に見えて減り、スクイも門前に合流したところ、僧侶に声をかけられる。
既に騎士だけでなくいつも有志で集まっている者たちも来ており、急場は逃れたといったところであった。
「スクイさんがいなければ、門を突破されていたでしょう」
僧侶の言葉に、嘘がないことに気づく。
「失策ですね」
スクイは、疲れ果てた様子の僧侶に諌めるように言う。
満身創痍の僧侶は、しかしその言葉を忠言と受け取ったようだった。
苦い顔をしながら、僧侶は口を開く。
「間違ったことをしているとも思います。しかし、将来を見据えればこれが正しかったと思うのです」
スクイは僧侶の何が失策だったのか話していない。
だが、僧侶はわかっていた。
自分の甘さがこの状況を生んでいる。
「これも、救済のためと」
「はい」
断言する。
しかし前回ほどではない。
街にも被害が出る指揮を最良とは言い難いだろう。
スクイは僧侶が断言するのであれば、信念が揺らいでいない限りその意図を汲むと決めた。
この苦渋も、責めはすれどわからないとはいえない。
「魔物の侵攻は日にサイクルが早くなっています。数も増えています。このままというわけにはいきませんね」
「はい、やはり」
魔王を。
そう呟く僧侶。
あながち間違ったこととは言えない。この状況が続けばポリヴィティの壊滅は近いだろう。
せめて負けを待つなら攻め込みたいというのはおかしなことではない。
「逸ってはいけません」
そう言いながらもスクイは、ジリ貧でありながら勇者を待つことしかできない状態は、確かに気持ちの良いものではないだろうと感じ始めてもいた。
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