第九十二話「原罪」

 結局のところ、スクイは教会に籍を置くことになった。


 教会には僧侶をトップとし、騎士や多くの人間が在籍している。

 スクイはそのどれでもない、僧侶直属の部下のような立場となった。


「それでいいんですか?」


 少し不満げに聞くホロ。

 スクイが組織に属すること自体はさほど気にしていなかったが、人の下につくことに良い気はしなかったようである。


「まあ、とりあえずは構いません」


 異世界に来てからはなかったが、前の世界ではマフィアの殺し屋を長くやっていたスクイである。

 特段組織に苦手意識があるわけでもない。


「協会に籍を置くといっても、僧侶さんの指示を聞くだけですからね。頻繁と言うわけでもありませんし、ある程度の立場も保っていられます」


 悪いことではない。

 実際スクイは定期的に教会に顔出しが必要なわけでもなく、ただ僧侶から頼みがあれば聞くと言うだけである。


 それでこの街で権威のある教会メンバーという肩書がもらえる。

 権威といっても信用がある程度のことだが、その程度を手に入れるのが存外大変なのだ。


「ご主人様がいいのであれば構いませんが」


 ホロは特別否定はしない。

 半分は僧侶への嫉妬であるし、スクイが僧侶を色恋で見ていないのはわかっていた。


 スクイと僧侶がマフィアに話をつけに行ってから10日ばかりが経過した。


 ホロはスクイと僧侶の間でどのようなやりとりがあったのか、詳細までは聞いていない。

 ただ教会に籍を置き、僧侶直属の部下となると聞いているだけである。


 そしてその10日間、スクイは単体、あるいはホロと僧侶からの指示で活動を続けた。


 前回同様、魔物襲来の参戦や、犯罪者の捕縛、3国の情報を活かした商談や会議。

 忙しくはあったが、能力の高さとこれまでのことを考えれば、比較的安全ではあったと言える。 


 今日も前回魔物襲撃時に狩り損ねた飛行魔物の討伐に行き、家に帰ったところである。


「僧侶さんは魔王討伐を考えているんですよね?ご主人様も参加されるのですか?」


 スクイは夕飯の準備、ホロはその前の休憩がてらお茶を淹れ、ジャムを選びながら、教会の動向を聞く。


「立場上はそうなりますが、今のところ止めている状態ですね」


 魔王討伐についても、改めて会議があった。

 スクイは実力を示した上で、精鋭とされる騎士団があと何人いようが無意味だと進言。


 実際スクイ1人で完封できるメンバーであり、そのスクイが手も足も出ないと考える魔王。

 騎士団も納得せざるを得なかった。


「魔王と戦えるのは勇者と聖職魔法使いというのは、それ以下の人間が数を揃えても意味がないと言う話でしょうし、となるとこの街で魔王と対峙できるのは私と僧侶さんとホロさんくらいなものです」


 スクイは10日のうちにこの街の裏社会の人間とも接触していたが、Aランク魔法使いに匹敵する実力者は流石にいなかった。


 連れて行ってギリギリ損しない程度の実力者が数人いた程度で、それも信頼できない相手であることを考えればマイナスだろう。


「魔王の能力がわからない上に、情報だけ一旦持って帰るということも難しそうである以上、Aランク魔法使いレベル3人では心許ないでしょう」


 魔王討伐に向かった者、せめて情報だけでも取りに行ったものは歴史上少なくないが、帰還者はいない。

 魔王城自体が魔道具でもおかしくはない。入れば閉じ込められると考えるのが妥当だろう。


 ちなみにスクイは未だにホロが戦闘可能であることは誰にも伝えていない。

 僧侶は見破っているようだったが、会議では魔王と対峙できるのはスクイと僧侶だけであると話している。


「魔王がどんな存在かはともかく、諸悪の根源と呼ばれる存在。私も救いをとは思いますがね」


 僧侶からスクイへの指示には魔王討伐の実力者探しも含まれている。

 仕事である以上手を抜く気はなかったが、諦め半分という気持ちがないとは言えない。


「そうですね。流石に犯罪者の街、腕っ節が必要な場所だからといってご主人様の足を引っ張らないほどの人が見つかるとは」


 ホロも考えるように首を傾げ。


「あっ」


 ふと声を漏らす。


「どうされました?」


「いえ、実力者といえば」


 ホロは自分の考えが的外れでないか少し考え、話す。


「パーダーさんは昔とても強い方だったと言う話でしたよね。僧侶さんが来る前のポリヴィティで子どもを守れるくらいだったとか。でしたら何か強い人との繋がりとかあるかもしれません」


「おっと、それは盲点でした」


 流石ホロさん、と干し肉をきれいに切り分けながらスクイは笑顔で言う。


「パーダーさんご自身は難しいでしょうが、類は友を呼びますからね。顔の広い方ですし何か頼れることもあるかもしれません」


 せっかくなので、夕飯を持っていき話を聞きますかと、スクイは提案し、ホロも了承する。


「それはそれは」


 スクイ達は一通り調理した鍋を持って、パーダーさんの家に向かった。

 お聞きしたい話があると言うスクイの言葉に、出迎えたパーダーは喜んだように迎え入れる。


「食事がまだだったもので、助かったよ」


 パーダーは老体を労るようにゆっくりと椅子に座る。

 前回と同じ席である。スクイは鍋を真ん中に置き、切ったパンを広げる。


「辛めの味付けにしています。そのままよりパンと食べるか」


 お酒も合いますが、とボトルを取り出した。


「おお、ありがたい。ここじゃなかなか飲めんからの」


 そう言いながらスクイにグラスを傾ける。

 スクイは酒を注ぎながら、部屋を見渡した。


 伽藍堂な部屋である。前回も思ったが、何もない。

 ポリヴィティという場所ゆえかと思っていたが、ここで過ごすうちにそこまで物資がない街ではないとわかった。


 物を置きたがらないのだろう。


「それで、年寄りの知恵を借りに来たとのことだったが」


 パーダーは酒に口をつけ、料理の入った皿を受け取りながら話す。


「ええ、と言っても大した内容ではないのですが」


 時間ができたので一緒にご飯を食べに来たのがメインだったりします。

 そうはにかんで見せるスクイ。


 人たらしだなあとホロは思う。


「ははは、それは嬉しい限りだ。噂ではスクイくんはもう教会に所属したとか」


 忙しくしているだろうとパーダーは話す。

 スクイもやりがいのある仕事だと話した。


「実はその件で、ご相談なのです」


 内密なのですが、と前置きする。


「現在僧侶さん主導で、魔王の討伐メンバーを募集しておりまして」


「なんと、勇者を待たずしてと?」


 当然の驚き。

 そしてどこか納得したような声色。


 僧侶を見ている人間からすれば、目の前の魔王を勇者待ちでなく、自分たちで倒そうという考えは予想のつく物であった。


 理想主義と言えばそうだが、その理想に全力を尽くし、成し遂げてきたからこその敬意が彼女にはある。


「ええ、この街を世界に認めてもらいたい、この街だけでも偉業をなせるという証明をしたいということでしょう」


「ふむ、おっしゃりそうなことだ」


 しかし、そう難しそうな顔をするパーダーにスクイは同意する。


「そう、勇者が聖職魔法使いを引き連れて戦うとされる相手です。僧侶さんは聖職魔法使いですが、他に同等の実力者はいません」


 スクイはあくまで自分を含めなかった。

 不死の魔法がSランク級であるが、実力は甘く見積もってAランク程度というのがスクイの自己評価である。


「勇者が引き連れる聖職魔法使いの人数に目安はありませんが、1人ということはないでしょう。それを勇者抜きで倒すとなると、聖職魔法使い程度の実力者があと数人欲しいところです」


 しかし僧侶の指示もあり街中を探しても、そのような人物は見つからなかった。


「僧侶さんには助言をもらっているとは言え私はこの街の新人です。そこで、昔からポリヴィティにいらっしゃるパーダーさんであれば心当たりもあるのではないかと」


「なるほどのう」


 そう納得しながらも、パーダーの表情は険しい。

 考えを巡らせては来れているが、流石にといった様子が見て取れる。


「聞けばパーダーさんは昔相当な実力者だったとお聞きしました。ソプラさんやアビドさんを育てたのもパーダーさんだとか」


「ああ、あの頃はひどかった」


 僧侶のくる前のポリヴィティだろう。

 今でこそこうして食事もかわせるが、誰かと食事をするということ自体考えられなかったと言う。


「危険な仕事ですから無理強いはしません。しかし声がけだけはしたいのです」


 僧侶さんの頼みでもありますので、と念押しする。


 パーダーは思い返すように、宙を眺める。


「そうじゃな、確かに当時のポリヴィティでは子どもが生きれない時代。ワシも拾った子どもを守るために戦い、自衛を教えたこともあった」


 ソプラやアビドはそれもあり、ある程度戦える様子である。

 

「たくさん殺した。子ども達を守るためじゃが、それでも血に染まり過ぎた」


 少々の後悔が滲む。

 昔を思う中で、嫌な思い出もあったろう。


 むしろそういったものの方が多いはずである。

 安易に昔話に舵を切りすぎたかとスクイは警戒する。


「そんな中じゃが、僧侶様と並ぶとなると」


 一瞬考え、答える。


「おらんのう。少なくとも当時のワシ以上ということになる。育てた子ども達はあくまで自衛の域でしか訓練させなかった。そして戦った中にワシより強いものがいれば」


 ここにワシはおらんからのう。

 そう話すパーダー。


 残念という気持ち以上に、当時のパーダーがいかに強力であったかが窺えた。

 複数の子どもを守り、世話をしながら、敵対者に負けたことがないということになる。


 あるいは彼が現役であれば、スクイは現在のパーダーに残る戦士としての残り香を見ても思わなくはなかった。


「そうですか。流石に聖職魔法使いほどの人がポリヴィティに何人もいるはずはありませんからね」 


 素直に勇者を待つべきだろうとスクイはパーダーに話し、それがいいとパーダーも同意する。


「僧侶さんも上司にするとなかなか厳しい方でしてね。下は苦労させられます」


「そういうのはどこも変わらんのう」


 雑談に戻そう。

 スクイはそう切り替える。


 ダメで元々の質問である。

 ホロは少々申し訳なさそうだが、近隣の付き合いも大切であったし、どちらにせよ良い機会だったと思った。


「ところで、家のことは1人でされているんですか?」


 パーダーは見るからに体が弱っている。

 先日ソプラが来ていたことを見ても、かつての育て子が来ているのだろうとは思っていたが、雑談がてら話題を振った。


「いや、人の手を借りてばかりじゃ。まだなんとか一通りのことはできるが、手際はダメでの」


「近くにいるんです。いつでも呼んでください」


 うまく懐に入るスクイを見ながら、ホロはふと疑問に思う。

 そのよく訪れる育て子達は、1人くらいここに残らなかったのかと。


 婚姻制度があるわけでもない。元はスクイの住んでいる広い家に住んでいたと聞いていた。


 こんな街である。支え合う意味でもパーダー含めて複数で元の家に住み続ける選択肢もあったろう。それに、まだ身寄りのない子供は大勢いるはずである。そのサポートを続けてもいい。


 そうでなくとも、1人くらいパーダーの面倒を見にこの家に住んでいてもよかったろうに。

 と、考え、恩人とは言え人の面倒を見る余裕のある街でもないかと思い直す。


「庭の手入れも、ご自身でされているんですか?」


「ああ」


 前回も気になっていた点である。

 庭自体がポリヴィティでは珍しい。そんな中庭の手入れを楽しむことは贅沢と言えるだろう。


「そうじゃな、そこだけは自分でやっておる」


 こだわりでもあるのか。

 雑草もなく、草木は整えられており、綺麗な花が咲いている。


 手を抜いた物でないことは明確であった。


「随分と凝ったご趣味で」


「そこは、なんというか、墓場でな」


 パーダーは、ゆっくりとしながらも、言いたくないわけではないように話す。


「それは、育てた子どもさんの」


 死を忌避しないスクイからは聞いたことに対する申し訳なさや、御愁傷様という言葉は出ない。

 雑談の延長というように返す。


「ああ、初めのな。あの子のおかげで、今のワシがある」


 そこには悲しみは感じられない。

 古い話なのだろう。もう風化した想い出かもしれない。


 それでも、忘れずにその子を想い、庭に手を入れ、眺めながら日々を送る。


「素敵な話じゃありませんか」


 死を、身近に感じるという意味か。

 あるいは別の意図があってか。


 単純に世辞かもしれないスクイの言葉に、パーダーはただ。


「ありがとう」


 と、感謝の言葉を。

 誰かに伝えた。


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