第八十九話「笑顔」
一通りの商談を終え、スクイとホロ、アビドは行商人を見送った。
結果的にはアビドの思っていた以上の結果となったこともあり、上機嫌のアビドはスクイの肩を組みながら大笑いしている。
「兄貴も人が悪いっすよ。やるならやると予め言ってくれれば」
「商談は水物です。下手な打ち合わせより相手の反応を伺ったアドリブこそ本懐でしょう。それにしてもうまく乗ってくれましたね」
スクイは最後までアビドの予想通りの商談をしなかったが、アビドはしっかりとスクイの作った流れに乗りながら自分のスキルを発揮した。
「まあ、まだ足りてねえなあと感じましたがね」
どこでそのスキルを、とアビドが聞きかけた時、3人の横を見慣れた魔導車が通る。
「スクイさん」
魔導車が停まり、ふわりとした足取りで1人の女性降りてくる。
「お昼ぶりです。ホロさんと、そちらはパドレ商会のアビドさんですね」
スクイとホロは朝ぶりである綺麗な礼をする僧侶にスクイとホロは動じずに返す。
一方アビドは僧侶がスクイ達と知り合いであることを知らない。
そして自分の名前を知られていることにも驚いたようで、少々慌てるように遅れて礼を返した。
「わ、私のことをご存知で」
「はい、実際お話しさせていただくのは初めてですが、ポリヴィティ運営の面でパドレ商会さんとは懇意にさせていただいておりますから」
それはもちろん知っていますが、と呟くアビド。
アビドのパドレ商会は、僧侶の街運営物資の供給に貢献している。
とはいえ顔と名前を即座に出されるとは思っていなかった。
そのくらい僧侶は雲の上の存在である。
「この街の生活を支えてくださっている商人の方です。商才についても名高いとお聞きしておりますし、一度お話ししてみたかったのです」
リップサービス半分であろうが、アビドの能力はスクイも認めるところがある。
「いえいえそんな。私たちこそ僧侶様のおかげで安心して商売ができているというもので」
へりくだるアビド。
スクイとは別の意味での恐怖、恐れ多さを全身に滲ませるのを僧侶は困ったような顔で見る。
「街は誰か1人が作るのではありません。一人一人の協力、役割の分担あって成り立つのです。私は立場上指示を出す方が多いだけで、出す方出される方に本来上下も貴賎もないのです」
あくまで皆の街。
その平等理論にはスクイも頷くところがあったが、特に賛同に声は挙げない。
「スクイさんも来て間もないのにもう街のために働いてくださっております!」
一転、ぱちんと両手を合わせながら、華が咲いたような綺麗な笑顔を、心底嬉しそうに浮かべる僧侶。
「この魔導車も頂き物ですし、朝の戦闘では誰よりも率先して戦いに挑んでくださいました!」
まるでその後の見解の相違は忘れたような嬉しそうな表情。
スクイは真意を計りかねたが。
「新参者ですから、少しでもお役に立とうと張り切ったにすぎません。空回りにならずに良かったです」
とりあえず、そう定型句を返す。
「魔導車も早速有益に使っていただいているようで嬉しいです。見回りの途中ですか?」
「はい。今日も城壁の外の魔物退治と、お話したい方がいらっしゃって」
そう言ってから、ふと今思いついたように僧侶は目を見開いた。
「そう、そうです!」
僧侶は少女のように小さく飛び跳ねながらスクイに近寄った。
そしてその手を胸の前で握りしめる。
「よければスクイさんもご一緒しませんか?いえ、2人でいきましょう!」
その言葉にスクイはゆっくりと首を傾げ、ホロは頬を膨らませながらスクイの胴に抱きついた。
「ダメです。ご主人様は今日私と引越し記念手料理パーティをするのです」
「二夜連続ですね」
昨夜、ポリヴィティ初日の夜スクイはアビドから食材を仕入れホロとそれは豪華なパーティを行った。
もっともポリヴィティで急遽用意できる食料は最高の品とは言えず、旅の疲れもあり早々にホロも寝入ったのではあるが、それでも練習した手料理を披露するホロはこの上なく楽しい時間を過ごしていた。
「夜通しバージョンです」
「それは、お邪魔するのは忍びないのですが」
譲らないと言わんばかりのホロの様子を見て、少し申し訳なさそうに手を離す。
「夜にはお返しします。少しの時間でも構いませんので」
そう少しだけ食い下がる僧侶。
パーティを約束した記憶はないが、スクイにとっては僧侶の頼みはホロに劣る。
街の有力者との繋がりは大切だが、ホロが強く拒絶するのであれば優先する必要はないと考えていた。
「いや嬢ちゃん。せっかく僧侶様が能力を買ってくれてるんだ。断るなんて申し訳ねえぜ」
断ろうかと口を開きかけるスクイより先に、アビドがホロに諭す。
「嬢ちゃんが兄貴を好きなのはわかるが、僧侶様は2人が思ってるよりとんでもねえ方だ。ご本人は平等だと言ってくれてるが、この街で生きる以上この方の恩恵は絶対に預かる」
アビドは真剣な顔で続けた。
「恩を売っとけって話じゃなくて礼儀の話で、これから世話になる相手だ。邪険にすると兄貴の立場もないぜ」
「私は別に構いませんがね」
そうスクイは言ったが、良いことを言ってくれたのかもしれないと感じる。
スクイはホロに甘い。余程のことがなければスクイは何よりもホロを優先するだろう。
しかしそれではホロのためにならない部分も多い。
代わりにそれを言ってくれた部分は、悪いことではないと素直に受け取った。
ホロは頬を膨らませつつも手をスクイから離す。
もちろんホロも美人僧侶と2人きりの誘いなどという状況でなければ邪魔などする気はなかったのだが、アビドの言葉ももっともである。
「夜ご飯までには戻りますよ」
スクイは身をかがめ膨らませたホロの頬を指で優しく抑えて潰す。
「……はい」
少々不満げではあったがスクイの言葉をトドメとして、頬の空気を吐き出しながらホロは頷いた。
「せめて送らせてください。というのも、頂いた魔導車でおかしな話ですが」
そう僧侶は言いながら魔導車にホロを乗せる。
アビドは寄るところがあるとのことだったが、恐れ多かったのだろう。
「スクイさんが帰るまで家の周りに数名張っておいてください」
そう護衛まで万全にする。
防衛以上に、そこまで気にかけている、ホロの心配を怠っていないというスクイへのアピールとも取れた。
「それで、どこへ行かれるんですか?」
ホロとアビドを見送り、スクイは僧侶に向き直る。
「はい。今日はB区ペーネファミリー様に挨拶に行く予定です」
「B区?」
B区。
ポリヴィティには特別地名がない。
そのため僧侶達教会では管理のため、いくつかの地区を分類分けしている。
スクイもそこらへんは雑談の中で聞いていた。
「大通りから離れますね。それに名前、マフィアですか?」
「そうですね。そこらへん一帯を根城としています」
大通り以外の場所はスラム街。
治安も何もないが、そんな中でも当然徒党を組む人間は現れる。
そのうちの1つがペーネファミリーと言えよう。
「というと、罰しに行くのですか?」
スクイもまだこの街の裏社会に詳しいわけではなかった。
この街の悪党の数はスクイとしても看過できておらず今日にでも訪ねるつもりであったが、スクイとは僧侶の訪問目的は違うだろう。
「いえ、とんでもありません」
僧侶は行き先を示し、歩きながら話す。
「ポリヴィティにはいくつかマフィア組織があり、未だに私の賛同者は表れておりません」
当然だろう。
強力な魔法使いであっても求めることがマフィアの利にならなければ賛同しない。
そもそも利を理解できるか謎であるし、まして完全な善人が救いをもって手を差し伸べれば、拒む悪人も多い。
「その中でもペーネファミリーは構成員数の多い部類です。引き込むことができれば教会の協力者はもちろん、正常化できる地域も広がります」
それだけではない。
マフィアを1つ傘下におけば他のマフィアも多かれ少なかれ影響される。
それが良いようにも悪いようにも進むため慎重さは大前提であるが、ポリヴィティ平定の大きな一歩となるだろう。
結局のところ、僧侶含めた教会もポリヴィティの1つの勢力に過ぎないのだ。
「なるほど、それで何故私を?」
僧侶とスクイの悪人に対する考えはまるで異なる。
僧侶ももちろんマフィアを説得し味方につけたからと言ってこれまでのことについてお咎めなしとはしないだろう。
その上で今後の悪事は禁止し監視もつけるはずである。
そして街の復興に協力させる。
妥当であるが、スクイは違う。
ペーネファミリーがどのような組織かはスクイも知らないが、もし一定以上の悪人であればそれは救済対象である。
連れて行かれればすぐではないにせよ話の結果、その場で皆殺しという可能性の方が高いだろう。
「それはですね!スクイさんがちゃんと良い人だからです!」
僧侶は本日否定したばかりの言葉を自信ありげに繰り返した。
「口で何と言おうがあなたは優しい人です。先ほどまでもポリヴィティの物資供給のために商談に参加されていたと聞いています。能力のある商人さんとのパイプも作って、アビドさんからの信頼も高い」
早い。
スクイはそう少し驚く。
それは情報である。スクイが行商人との商談に行ったのはつい先ほど。
行くと決まったのも直前である。
僧侶の能力で街の把握をしているとも考えられたが、おそらく迅速な情報入手手段と膨大な情報管理能力によるものだろうと推察する。
「でも、だからでしょう。優しくて強いあなたは、悪人が許せない」
そんなあなたに見ていて欲しいのです。
僧侶は笑って言う。
「悪人も、また人です。切り捨てるべきではない大切な。そしてそれは道を正しさえすればきっと変われる」
スクイはあえて否定しなかった。
悪人を許さないなどと言うことではなく、悪人を救うために死を与えるのだと。
僧侶はそれをわかって話しているのだから。
「私は、あなたとなら変えられると思っているのです」
この街を。
例え信念が違っても。
誰かを救いたいという強い想いが共通している。
「今日はその一歩にします!」
だから、私をよく見ていてくださいね。
そう話す僧侶の笑みは。
誰もが付き従いたくなるのも無理はないほどに。
愛情を向けた笑顔だった。
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