第八十七話「子育て」
「あ、おかえりなさい」
スクイとホロが家に帰ると、前で話をしていた青年が手を振る。
パーターの家で出会った青年である。
話し相手は商人、アビド。スクイのお遣いは終えた様子だが、青年と顔馴染みなのかとスクイは意外に思う。
確かに歳は両方30手前と同じくらいだろうが、接点が感じられない。
「へへ、おかえりなさいませ。兄貴」
そう話すアビドは少々参ったような表情をしており、スクイの帰りに少し助かったような素振りすら見えた。
厳しい顔つきで詰め寄る青年と、困るアビド。
どうにも、アビド青年に説教を受けていたようであった。
「すみませんスクイさん。パーターさんからアビドのやつが悪さしに来たって聞いて」
聞くところによると、パーターが青年にアビドの取り立てを告げ口したらしい。
パーターはスクイがアビドに危害を加えられるとは毛程も思わなかったようで、気にも留めていなかったとのことだが、青年は激昂。急いでアビドにきつく言いにきたとのことである。
普通の青年に見えるが、アビドに説教する立場なのかと考える。
「結果はパーターさんの言う通りでしたが、いやはやすみません兄弟が迷惑を」
改めまして、ソプラと言いますと挨拶をする青年。
兄弟、その言葉にスクイは合点がいく。
「ああ、実の兄弟というわけではないのですが、私もアビドも幼少期パーターさんに救われたものでして」
「なるほど、確かパーターさんは昔、身寄りのない子供の世話をしていたと」
騎士団もパーターの家の近くなら安心という言葉があったが、どうにも彼はこの辺では一定の知名度があるようである。
子どもを守ると言ってもこの街である。単なる好々爺というだけではない。
もっともスクイもホロもある程度彼の実力については察していたが、アビドが関係者だということは予想外であった。
「元々スクイさんの家もパーターさんが僕らと住んでましてね。アビドも僧侶様がきてからは悪さから足は洗ったと聞いていたんですが」
パーターがこの家に人が入るのを喜んでいたのは、そういった意図もあったのだろう。
思い入れのある家である。空き家のままというのは寂しいものがある。
一方でアビドは新人がそこに我が物顔で住むのが癪に触った部分はあるのだろう。
稼ぎがあるにしては狡いことをしにきたとスクイも思っていたが、納得する。
「いえ、結果としてアビドさんとは良い仲になれたと思っているので」
パーターとの関係を思えば仕方のないことですよと笑うスクイに、青年は頭を下げ、アビドは怯えを滲ませる笑みを返した。
「しかしそのアビドを返り討ちとは。彼も悪さをやめたとはいえこんな街の商人、腕っ節に自信はあるはずですが」
「ええ、危ないところでした」
しれっと嘘をつきながら、スクイは質問する。
「にしてもパーターさんは顔が広いのですね。名前も広がっているようで」
子どもの世話をしていたという言葉からソプラは元々パーターに恩があったのだろうと推察していたが、どうにも名が知れていること等考えるに、スクイが思う以上にその人数は多いらしい。
「ええ、僧侶様が来る前はパーターさんに救われた者は少なくなかったですから」
この街では子どもなど明日には死んでいてもおかしくはなかったという。
そんな中多くの子ども達を助け育てていたそうだ。
「もう歳もあって一人暮らしですが、彼のおかげで大人になれた奴はここらへんじゃ珍しくないんですよ」
なるほど、スクイたちに声をかけたりアビドの話をしたりと、その面倒見の良さは健在ということなのだろう。
スクイは少しの疑問を残しながらも頷く。
「とはいえ正しいだけで生きられる街ではなかったもので、私たちも手段を選べる身ではありませんでしたが、そこらへんは僧侶様のおかげで」
今や真っ当に生きられる。
ソプラも今は街の復興のため建設、古い家屋の修繕等を行っているとのことである。
パーターに育てられた恩を街に、そして今後を生きる子ども達に返したいというものは少なくない。
そんな中スクイにちょっかいをかけようとしたアビドを叱るのは真っ当といえた。
「悪かったさソプラ。ちょっと脅かそうと思ってさ」
ちょっと程度の人数ではなかったが、アビドにも思うところがあったのだろう。
スクイは気に留めていなかった。
それに安心したようにアビドはバツの悪そうな表情を商人のものに変える。
「ちゃんと兄貴の遣いも済ませてきましたぜ。流石質の高い貴金属が多い」
この街では流通していないものばかりであるとアビドは語る。
あえてそういった種類を選んだ部分もある。金があるだけでなく外から来たというメリットを街に提示したかったのだ。
が、とアビドは言葉を切る。
「どうされました?」
金貨より物の方が使い道はある。
持ち金だけであればヴァン国の金貨だけでも換金方法さえ探せば問題なかった。
しかし貴金属は今回のように商人に卸すことで恩を売れる。要は貴金属の目的は金を手に入れることでなくその過程での商人とのやり取りや、希少な品を持っているという示威行為にあった。
実際アビドは高価な商品の販売という実績が手に入るし、独自の販売経路を同業者に匂わせることもできる。
分け前もあり、決して悪い話ではないはずだった。
「いえね兄貴、どうにもこの街では貴金属は値段をつけにくいんでさあ」
スクイはそれもそうだろうと思う。
なにぶん僧侶のおかげで復興しかけているとはいえ元はスラム街。
明日生きることの方が大切な中で奢侈品に大金を払うのは難しいだろう。
「無論大金に変えること自体は造作もねえっすが、価値に釣り合うとなると」
「手荷物にならないよう質を選んで持ってきましたが、逆効果でしたか」
より良い宝石を、などというものは贅沢の上の話である。
より高く売りたいとまでは言わないにせよ安く売り払うのも意味がない。
この持ち物は一旦保留かとスクイは考えた。
「そこで、なんすけどね」
アビドはにやりと笑う。
流石、やり手の商人だけあって次策を用意してきているらしい。
スクイは彼の能力をそれなりに評価していたが、それが間違いでなかったと思う。
「ちょうどベインテの方から行商人が来てるんでさ。そっちならある程度高級品も買うだろうし目利きもある」
行商人。
ポリヴィティは閉じた街であるが、一応3国とのやりとりがないわけではないらしい。
魔王との最前線で戦うものに対する物資支援という名目が昔はあったようだが、今では単なる貿易と化している。
物資に窮するポリヴィティ側の立場が低いのは当然といえた。
街で販売した方が商人としての宣伝には使えたろうが、3国の行商人に商人としての腕を認めさせるのも同等の価値があるそうである。
「商談の予定は入れてありやす。今からそこで売り捌くのに、兄貴もどうかと思いやして」
「私もですか?」
本来であれば高価な品をアビドに持たせたのは、アビドに高価な品を手に入れられる商人としての箔を与える意味もあった。
その出所であるスクイを紹介する行為の是非。
スクイは意図を一瞬測り、良しとする。
「かまいませんよ。ホロさんも一緒にどうです?」
「はい!商談を見るのは楽しみです!」
ホロは商人の思考を追うのに必死になっていたが、スクイの誘いに嬉しそうに笑った。
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