第八十五話「目的」

「なんだあいつは……」


 外壁から飛び降り、空中でゴールドドラゴンとヒュドラを瞬殺。

 そして向かいくる魔物を肉塊に変えるスクイを見て、その場にいる全員が固まった。


「この数と戦うのは流石に初めてですね」


 そんな中スクイは涼しげに、しかし一切止まることなく血飛沫と魔物の肉の中、舞う。


 今回の魔物の襲撃は今までのサイクルより時間が早く、また数、質も大きく異なった。

 ゴールドドラゴンやヒュドラというボスクラスの魔物はもちろん、その後にやってきた魔物の群れも今までの倍はいる。


 その上で強力な魔物も多かったが、スクイはどれも変わらないという風に1人で魔物を止めかけていた。


「人間なのか?」


 スクイはあまり魔物と戦った経験がない。

 生前はもちろん、こちらに来てからも戦闘経験をあまり積まなかった。


 その中でもアロンダ狼の群れとの戦いから反省し、複数の魔物との戦いについては対策をしてあった。

 それが紐によるナイフの振り回しであり、外部から見ればスクイに近づいた魔物が自動的に切り付けられているようにしか見えない。


 その上でただその場に留まるのではなく、動き回り別の攻撃も並行して行う。


 攻撃すらまともに認識できないスクイを見て、驚きに身を固めた騎士団と戦士たちだったが、流石のスクイも1人で止め切れるわけではない。

 向かってくる魔物たちを見て、すぐさま負けてはいられないという思いへと切り替わる。


「危険ですね」


 同時にスクイは行動を弱めた。

 スクイが外壁の上から攻撃するという戦法を取ったのはこれが理由である。


 スクイは群れると弱くなる。


 ナイフの振り回し等が仲間に当たらないように配慮する必要ができるのはもちろん、サポートを並行するため自身の動きに専念することをやめる。


 偏に彼の面倒見の良さや、行動方法によるものであるが、これは戦いに限らない。

 能力の高さから補助やチームプレイにも秀でているものの、1人で完成された能力を持っている以上、他者は結果としてスクイの足を引っ張ることになりかねない。


 とどのつまり、中途半端な加勢は状況をあまり変えはしなかった。

 溢れる魔物の群れは集合時間より早かったこともあり、人数の足りない戦闘員たちの脇をくぐり抜ける。

 門周りにも騎士は控えているが、長時間の足止めは期待できない。


 即座に門前への援護を決めたスクイだったが、同時にその門が開かれるのを見た。


「おお!」


 魔物を前に門を開く愚行。

 それを感じさせない周りの歓声。


 門から現れたのは1人の女性。

 僧侶であった。


「皆様、よくぞここまで持ち堪えてくださいました」


 僧侶は、ここが戦場であることを忘れたかのような笑みを浮かべ、向かいくる魔物など見えないかのように兵士たちに語りかける。


 服装も真っ白で柔らかな、戦闘におよそ向かないであろうもののままであった。


「あとはお任せください」


 そう話すと、僧侶を囲んだ魔物が全て、動きを止める。


「あれが」


 スクイは戦いを続けながらも確認する。

 神聖魔法、僧侶の魔法。


 僧侶の周りの魔物たちは次々と倒れていく。

 僧侶が歩を進めるたびに、また一体と魔物が息絶える。


 その理由は明白で。

 僧侶が差し出した手の中には、魔物の心臓と思われる臓器が、まだ脈打つように新鮮な状態で盛られていた。


「僧侶様の魔法だ!」


「流石は神聖魔法!無敵すぎる!」


「僧侶様の信仰心の前には魔物ですら、心臓を捧げるんだ!」


 心臓を捧げる。

 スクイは目を細める。


 戦士や狩人といった神聖魔法に比べ名前から魔法の想像がつきかねたが、内容は信仰を表すものだと推測できる。

 もっとも、神聖魔法は1つの能力に限定されない。


 信仰により心臓を捧げさせるというものは能力の1つに過ぎないと考えるのが妥当だろうが、それにしても強力な魔法である。

 何かしら制約はあるのか等、スクイは少々考えを巡らせ。


 その日の戦いは終わった。


「お疲れ様です」


 戦闘後、大聖堂に戻るとスクイは興奮気味のホロに迎えられる。

 思えばスクイがホロの前で戦うのはさほど多くない。


 明らかな強敵との戦いはもちろん、外壁の上ではスクイを褒め称える声も多く、ホロは誇らしげにスクイの凄さを語っていたという。


 そしてそれは共に戦った者たちも同じであった。


「いやあんたマジですげえな!なんの魔法だよ」


「魔法ではありませんよ。ナイフを振り回しているだけです」


「そのナイフか……信じられんが、そうだとすればとんでもない技術だ。騎士団に来てくれればさぞ……」


「そうだぜ!アンタが騎士団に入れば俺たちも安心だ!せっかくだ!今日の打ち上げは奢らせてくれ」


 などと持て囃されながらスクイはとりあえずの功績は獲得できたと考えた。

 ポリヴィティにおいて魔物との戦いで結果を出すのは重要視されるだろう。


 あとはもう少し人脈を、とその後の打ち上げを考える。


「スクイさん」


 スクイが取り囲まれていると、優しげな声と共に僧侶が現れた。

 全員が一瞬話すのを止め、僧侶に声をかけようとし留まった。


 スクイにしたのと同じく今日のお礼を言おうとしたのだろうが、同時に僧侶の言葉を遮らないように配慮したのだろう。


「今日はありがとうございました。最近魔物の襲撃が早まっており、数も質も上がっているのです。あなたがいなければ危ないところでした」


 深々と頭を下げる僧侶。

 何度目かわからない感謝の言葉に、スクイは今まで通り謙遜で返す。


「いえいえ、早速お役に立てて何よりです。今後も参加させていただきたいと思いますので、よろしくお願いしますね」


 そう返しながら、スクイは僧侶のスタンスを考えた。


 しっかりとコミュニケーションを取ることを考えているのだろう。自ら受付を行うことや、今のように活躍した者に声をかけたりといったことも珍しくないように見える。


 本人の態度でそうは見えないが、権力能力共にポリヴィティのトップである。

 それがここまで現場に気を使うのだ。士気を高める存在として自分を極めて有効に使っている。


「それは心強いことです。皆さんもスクイさんがいてくだされば安心でしょう」


「いえ、僧侶さんに比べれば微力でしょう」


 スクイは少しバランスを考え、周りに僧侶の魔法について素晴らしさを語る。


「魔物の侵攻を止め切れておらず、非常にピンチでしたが僧侶さんがいらしただけで場が完全に変わりました。流石神聖魔法。いや良いものを見せていただきました」


 能力を示すという点ではスクイが持ち上げられるのは良いが、この場のトップは僧侶である。

 あまり持て囃されすぎるのも考えものだろう。


「とんでもありません。私は最後に少しお手伝いさせていただいただけ」


 スクイの言葉にも、僧侶は一礼し謙遜するのみである。


「私1人の力は非常に弱いものです。皆様がいてやっとこの街を守れるのですから」


 全員が心酔するのもわかる。

 そう納得する語り口調。


 その言葉に全員が歓声を上げた。

 スクイは確信する。


 彼女が慕われるのは、能力の高さでも人格の良さでもない。

 他人を必要をしていることなのだ。


「すみません。実はスクイさんには次の作戦会議についてお話ししたいのです」


「おお!」


 さっそく抜擢かと頷かれる。

 なんでも僧侶は定期的に騎士団幹部達や実力者を集め、今後の魔物討伐の作戦会議を行っているらしい。


「スクイさんは戦闘経験でなく頭も回る方です。外から来られた方に新しい意見をもらうのも大事かと」


「ええ、必要であれば是非。飲み会は名残惜しいですがね」


 そう周りに告げると、いつでも誘うと全員が笑う。

 流石に会議が終わるまで待ってもらおうとはスクイも思わなかった。


 ホロはいつの間にかスクイの腕を強く握っていた。

 会議には自分も行くという意思表示だろう。


 スクイは目線で僧侶に同行して良いか尋ね。僧侶はにこやかに頷いた。


「ではスクイさん、こちらへ」


 先導する僧侶の後ろをスクイとホロは歩き。

 階段を登り切った最上階の部屋に到達する。


 他より少々豪奢な扉の先には、数人の騎士が待っていた。


「お疲れ様です。僧侶様」


 一斉に頭を下げる騎士達。

 どれも手練れである。礼一つ取っても教養までうかがえた。


「ありがとうございます」


 それにやわらかく微笑む僧侶。

 実力者が呼ばれると聞いていたが、騎士しかいない。


 相当な特別待遇か、騎士以外は毎回呼ばれるわけではないのか。


 あるいは、そうスクイが考えると同時に、同じく頭を回したホロは警戒を高めた。


「さて、スクイさんをお呼びしたのは他でもありません」


 僧侶は窓から外を眺める。

 釣られるように外に目をやる。


 向こう側にあるのは一つである。


 魔王城。

 魔王の住処であり、魔物の発生源。


「私たちの作戦に協力を願いたいのです」


 その計画とは。

 ポリヴィティの人間による。


「魔王の討伐です」


 勇者を待つという神聖魔法使いは。

 変わらぬ優しさを持った声色で、そう語った。


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