第八十四話「弔い」
ポリヴィティ到着の翌日。
綺麗な家を手に入れたスクイは、一旦商人たちを下がらせ食事をとって普通に眠った。
次の日は魔王城からやってくるという魔物との戦闘が予定されている。
正確な時間を知らないこともあり朝から出かけるスクイは、商人らに家の補修を依頼。
同時に荷物から高価な宝飾品をいくつか渡す。
「換金用に持ってきていたものです。高値で売ってくれれば、家の補修も合わせてある程度はお渡ししましょう」
というスクイの言葉にすっかり心を掴まれた彼らは、朝も深々と頭を下げてスクイとホロを見送った。
渡された宝飾品も、家の中にあるスクイ達の私物も、盗難は容易なはずであるが彼らにその思考はもう一切存在しない。
「あと、旦那という言い方はやめてください」
「かしこまりました兄貴、へへ」
盗難どころか、私物が盗まれることを恐れているのはスクイより彼らと言えただろう。
逃げても殺される。それが彼らにはわかっていた。
その後スクイは馬車を借り、大聖堂に向かった。
もう数日街を散策しても良かったが、ある程度悪目立ちしている現状がある。
変な悪評が立つ前にある程度の活躍を見せ街に貢献できると思ってもらった方がいいだろうという考えであった。
ホロも同行しているが、戦闘に参加はせず見学となっている。
大聖堂には、昨日出会った聖騎士達が門番をしていた。
「スクイさん。おはようございます」
丁寧な挨拶。昨日のやりとりがある程度効いているようで、多少敬うような姿勢を見せる。
少なくない献金や贈り物、そして家を案内されるまでにコミュニケーションもとっておいた。
胡散臭い金持ちとは思われていないようである。
「おはようございます。本日は魔物討伐の日と聞いております。力不足ながらお手伝いできればと思いまして」
そう話すスクイに、聖騎士は驚くように笑顔を見せた。
「そうでしたか。しかしお早いですね」
「時間を知らず。あとなにぶん初なもので、説明を伺ったり、邪魔でなければ準備も手伝いたいと」
ホロは見学である旨伝えると、それが良いとのことである。
スクイの家のあたりは治安もマシであるが、女の子1人家に置いていくのは難しいとのである。
「まあパーダーさんのご近所ですし大丈夫でしょうが。にしてもそれはありがたい話です。ではまず中で僧侶様にお伝えください」
そう一通り話し、門を開けスクイを歓迎する。
中はこの街ではかなりしっかりした建物であった。
この街の指導者である僧侶の拠点である。人々も集まり、戦いの準備をする。
砦の機能もあるだろう。そう思えばある程度豪華な作りなのも頷ける。
同時にただ実用面でなく、指導者の建物に権威を持たせるような、見栄えにも気を使っているのが感じ取れた。
聖騎士の称号等、人を従う気にさせる工夫が随所に見られる。
中の聖騎士達に挨拶をしながら、受付のような場所に進むとカウンターに僧侶が佇んでいた。
「スクイさん。早速いらしてくれるとは」
ふわりとした邪気のない笑顔。
スクイもまた頭を下げながら声を掛ける。
「できるだけ早くこの街に馴染みたいもので。お邪魔かもしれませんがお手伝いさせてください」
「とんでもありません。いつもこの街は魔物の被害に脅かされています。腕に覚えのある方が2人もいらしてくれれば心強いです」
「いえいえ。でも1人ですよ。ホロさんは1人で家に置いていられないので、来てもらいました」
僧侶は深々と頭を下げる僧侶に、スクイは笑って訂正する。
「そうでしたか。身体が弱いとのお話でしたものね。とんだ早とちりを」
そう雑談をしつつ、スクイはこの場所の説明を聞く。
「説明と言っても大したことはありません。いつも私が受付をし、皆さんに各々戦ってもらう。それくらいなもので」
各々に特別指示が出ているわけではない。
もちろん聖騎士にはある程度作戦もあったりするが、有志の参加者は自由に戦ってくださいということらしい。
それがいいだろうとスクイも思う。
実力はともかく、参加者は烏合の衆である。変に集団での戦いを要求されても枷にしかならないだろう。元が実力のある犯罪者となればなおのことである。
一応戦闘スタイルに合わせて、地上の魔王城に向けた門から突撃する近接部隊、それを背後から援護する魔法部隊。そして外壁上から時間のかかる強力な魔法を撃ち込む援護部隊と分かれているとのことではあるが、ほとんどが近接部隊として特攻をかけているとのことである。
「スクイさんは近接部隊ですね?危険に聞こえますが訓練を受けた聖騎士の方々と一緒です。無理のない範囲で討伐してくだされば」
「ああ、いえ。私は外壁の上で待機させてください」
昨日と違い、動きやすい服装を来てきたスクイを見て近接戦闘と決め話す僧侶にスクイは言葉を遮るように伝えた。
「外壁の上、ですか?」
そこに有志の人間が来ることは少ない。
城壁の上は基本複数人数での混合魔法を準備し戦局に合わせて撃ち込むなどが多い。
聖騎士の部隊がいる場所という認識が強いのだ。
「ええ、まあ気になることもありまして」
そう露骨に濁すスクイ。
僧侶はきょとんとしたように首を傾げたが、一瞬ホロとスクイの間に視線を往復させ、何か意図はあるのだろうと納得した顔をする。
「わかりました。ではあちらの階段から上に上がれます。準備はあちらの部屋でできます。武器も一応用意しておりますのでよければお使いください」
などと、僧侶の説明を一通り受け、しばらく準備を手伝ったり大聖堂を見回り、スクイは外壁の上に登った。
「風が強いですね。冷えませんか?」
「はい。魔法もありますので」
そしてスクイは外壁の上から眺めていた。
髪が乱れる程度には風が吹いている。スクイは特に気にした様子もなく、ホロの手を握りながら魔王城の方向を見つめていた。
「兄ちゃん助かったよ」
外壁の上では魔法の準備が行われていた。
単に魔法を打つのではなく、大きな木組を用意し、火の魔法をつけて飛ばしたり、大砲のように重量ある物質を飛ばすなど数の多い魔物の対策をある程度行っているようだった。
「いえ、私も勉強になりました」
魔法も単体で使うより何かと組み合わせた方がいい。
スクイ自身単純な戦闘との組み合わせしかないが、兵器等用意できればより優位に戦闘を動かせるだろう。
「そろそろ下も人が集まる頃合いだ。まだ時間はあるが、兄ちゃんも降りるかい?」
「いえ、私はここで」
と、返すと同時。
スクイは目を細める。
「何か、来てませんか?」
言われて何人かが魔王城の方向を見る。
方向といっても魔王城は点のように小さい。見ても何もわからないのだが。
「何かって、なんだ?」
そう首を傾げる者たち。
しかしスクイは確信を持って話す。
「魔王城から魔物が出てきてます。2体は、速いですね。飛んでます」
「そんな、魔物の到来はある程度周期が決まってる。まして飛ぶような魔物は10回に1体いれば多いくらいで」
だから外壁の上から時間をかけて魔法の準備ができる。
そういう前に、全員の目にもわかるように魔物が襲いかかってくるのがわかった。
「馬鹿な、早すぎる!それになんだあの魔物は」
「落ち着け!有志は少ないが聖騎士は準備済みだ!スクイさんの手伝いもあってこちらの準備も」
「いや、あれ、ドラゴンじゃないか?」
「もう一体は、なんだあのドラゴン。首がいくつも」
動揺と混乱。
予定にない時間の魔物の到来に、想定以上の強力な魔物の種類。
城壁の上の班は危険に接する機会が少ない。
強力な魔物が一直線に自分たちに向かっている状況に慣れてはいないのだ。
「あのドラゴン、色がおかしい。ゴールドドラゴンじゃないか?」
「消えない火を吐く?ふざけるな!全隊総出レベルの魔物だぞ!」
「待て、首がいくつもあるドラゴン、知ってるぞ!ヒュドラだ!」
「不死と噂されてる伝説の魔物だぞ!僧侶様だ!僧侶様を呼んでくれ!我々では」
現場の慌てようを少し眺め、スクイは向かってくる魔物を観察する。
地上の魔物たちはもう少し時間がかかるようだが、ゴールドドラゴンとヒュドラは飛べることもあってかすぐに到着しそうな勢いである。
そして向かうはこちら。
外壁の上の人間が狙いやすいと知ってか、邪魔な壁を越えたいのか。
ある程度知性があるとされる魔物である。考えはあるだろう。
「僧侶さんなら勝てるのですか?」
「ああ間違いない!だが」
間に合わない。
そう彼がスクイに答えるより早く、はっきり見える程度にゴールドドラゴンと、少し遅れてヒュドラが接近する。
「消えない火を吐くというドラゴンと、不死と言われるヒュドラですね」
スクイは1人の少女を思い浮かべ、ゆっくりと目を閉じる。
ホロは、スクイの空気が変わるのを感じ、そっと手を離した。
「そうですか」
目を開ける。
最強クラス、伝説の魔物達。
それにスクイは、足を向け。
歩くように、軽快な足取りで、外壁から飛ぶ。
「は?」
混乱していた全員が、思わず動きを止める。
魔物など忘れたかのようにただ呆然と、スクイのいた空間を眺める。
「何してんだあんた!」
思わず叫ぶ声に応えることなく、スクイは飛ぶようにゴールドドラゴンの方向へ一直線に向かう。
敵だと判断したゴールドドラゴンは、大きく口を開けた。
「お世話になってます」
スクイがそう呟くと同時、ゴールドドラゴンは消えないと言われる火を、スクイに放った。
口から吐いたとは思えない、大きな炎の塊は上空を焦がし、大聖堂までの気温を瞬時に引き上げた。
一瞬にして全員の肌から汗が噴き出るほどの温度と規模。
その炎を、スクイは空中で躱す。
「少々危なかったですね」
スクイは空中で植物の種を急成長させ、パラグライダーのように膨らませてからそれを起点に飛ぶことで位置を変えていた。
すぐに植物を捨て、ゴールドドラゴンへ飛び乗る。
同時に、ずるっと、ゴールドドラゴンの首がズレた。
避けると同時、ナイフで首を切り落としていた。
刃の長さ故一太刀ではそうはいかない。何度も紐を回転させ、切り進んだ。
それも、一瞬のことで傍目には急にドラゴンの首が消えたようにしか見えない。
「さて」
一瞬空中に止まったゴールドドラゴンの身体を足場に、ヒュドラに目を向ける。
それより早く、ヒュドラは比喩でなく、物理的に首を伸ばした。
スクイのナイフと同じ、一般人には見えもしない速度で、9つの首があらゆる方向からスクイを襲う。
「不死仲間ですね」
スクイはそれを軽いバックステップで、ゴールドドラゴンの身体から落ちながら回避する。
ヒュドラの首が伸びることも、その速度も知らなかったが微かに予備動作があった。
それはいつか戦った狼に、近いものだったのだ。
同時に、その9本の首が一太刀に並んで刎ね飛ばされる。
先ほどと変わらない。避けながらの攻撃は、動作の少ないスクイにとっては当然の戦法であり、そのために全ての動作を最適化してあるともいえた。
そして、それが無意味なのも当然である。不死であるヒュドラの首は即座に回復し。
その首の内側から、爆炎が灯る。
声にならない、ヒュドラの叫びが響く中、スクイは微笑んだ。
「消えないというゴールドドラゴンの火を植物につけておきました。斬りながらそれで首を燃やしましたが、やはり死なないとは言われていても、消えない火で燃やされると燃え尽きるしかありませんね」
自分もあの火であればあるいは、そういつものスクイならば感じていただろうが、今は思わない。
ただ、空中で炭に、灰に、そして消えていくヒュドラを見て。
地面に激突する。
植物と受け身でガードをしたものの、全身傷だらけ、骨もボロボロに折れている。
変わらないと少し、笑うスクイ。
「傷一つなくとは、いきませんでしたよ」
そう呟きながら、上空の炎が燃やすものを失い消えていくのを見届ける。
そしてまた、立ち上がった。
【追記】
今回の話がピンと来ない方は、第一部最終話、第二十一話「人気者」の後半(ほぼ終わりらへん)を読み返してみてくださると嬉しいです。
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