第八十三話「住処」
「いい家ですね!」
大きな家に嬉しそうにするホロにスクイは笑顔で返す。
住む場所を失ったという前提がある2人、ホロの喜びはスクイへの気遣いも混じっていた。
「ええ。荷物が多いので助かります」
早速扉を開けると、入り口からは広いリビングが見えている。
キッチンが別の部屋として1つ、残り2つの部屋があり、2階には5部屋。
申し分ない広さであった。
「とはいえ住むには汚れがあまりに目立ちますね」
スクイは靴を履いたまま部屋に入る。
元々この世界では部屋で靴を脱ぐ習慣はないが、スクイは靴を履いたまま部屋を歩くのをあまり好まない。
しかし素足で歩くには床は剥がれ気が刺さりかねず、足跡が残るほどの埃と汚れ、雨漏りの跡もあった。
「空き家の改修など、まあ手が回っていないのは仕方ありませんが」
「そうですね。荷物を入れる前にある程度掃除をしますか?」
それがいいでしょう、と部屋を検分しながら頷くスクイだが少し、ホロにしかわからない程度に少し含みがある。
綺麗な寝床を想定していたわけではない。有り余る財力で掃除の品は持ってきている。
通貨も少なくない額をもらっているため、ある程度の改修は可能だろう。
その中で何を憂いたのかホロにはわからなかったが、単純にスクイは、長旅の後で荷解きと掃除を終えなければ清潔な部屋でホロを休ませられないことを気にかけた。
埃が飛ばず、隙間風がなく、清潔なベッドが用意されていることが最低限スクイの許容できるホロの寝床である。
しかしそれを用意する時間を考え、それまでホロを休ませられないことを考えると彼の中の許容範囲を超える。
「着いて早々ですが、家の前に荷物を置きっぱなしにはできません。荷物を運び入れる程度には綺麗にしてしまいましょう」
荷物を放置できない以上宿も取れない。
自分が主体的に動くことでホロの負担を減らす方向で、早めに終わらせるのが最善かとスクイは考えた。
「治安も気になりますもんね。荷物は2階におきますか?」
「そうしたいですが、おそらく床が抜けますね。一部貴重品は寝室に、次に大事なものは別室に置きつつ、大部分は1階に置くかと」
考えを切り替え、荷物の寄り分けも必要だと言いながらスクイは荷物リストを取り出した。
持ってきた荷物はリストにしてある。いくつか入れ替わりもあったが、それもメモしてあった。
「そうですね!私とご主人様がいる部屋なら誰も盗みに来れません!」
「寝室は別でもいいんですよ?」
スクイに抱きしめてもらわないと寝ることも、手を繋いでもらわないと外を歩くこともできなかったホロも、もう1人で十分に生活できる精神状態となっている。
そういったスクイの発言はホロを認めた発言とも取れたが、ホロはむすっとした表情を隠すように、否定を込めて勢いよく首を横に振った。
「まあ、睡眠時は危険です。思ったほど治安の悪い場所ではありませんでしたが、同じ部屋で寝るに越したことはないでしょう」
「はい。私はまだご主人様のように、2階で寝ながら1階の侵入者に気付けません。同じベッドにいた方が安心です」
ここは譲れなかったのだろう。
ホロはしれっとベッドを共有させた。
「そうですね。早速ですし」
特に反対する理由もなく、ホロの言うままになるスクイ。
2階の部屋割りも見て確認を、と思っていたホロは、スクイの言葉に違和感を覚えた。
早速。
その言葉が、治安や安心に掛かっていると気づく。
「いや〜良い家じゃねえっすか」
ガラリと、入り口の扉が開く。
「入って早々こんな良い家を持てるなんて、持ってますねえ」
盗賊、ではない。ここに来るまでに盗賊にばかり会ってきたことで形成された先入観をホロは振り払った。
小柄で細身、戦闘に向いた人間とは毛程も思えないが、その瞳孔は表の世界の住人ではないことを示すのに十分な鋭さを持っている。
商人と、ホロが結論付けるのに時間はかからなかった。
やはり商人1人とっても、一癖ある街だと認識する。
「まあ汚いのはご愛嬌っと」
そう不行儀に呟きながら、服が汚れるのを嫌うようにしながら部屋に一歩入る。
そういった動作が入る程度には、少し派手な彼の服装はこの街にしては上等だった。
「そうですね。広いと言うだけでありがたいものです」
「器のでけえことで」
男はキョロキョロと周りを見渡しながら近寄ろうとする。
ホロはスクイの背に隠れながら不快そうに顔を歪めたが、自分から手を出しはしない。
「ありがとうございます。ただ挨拶ならば明日でもよろしいでしょうか。なにぶん長旅なもので、最低限の清掃と荷解きを済ませて休みたいのです」
小さな子もおります、とホロをダシに使う。
予め決めていた役割分担である。
「ああ、もちろん長居しようっちゃ思わねえっすよ」
一歩、また近づいた彼はそこで歩を止めた。
勘である。これ以上は一旦近づかない。
「ただ旦那、新入りのアンタにこの辺のルールを伝えとかなきゃならねえと思っただけでさあ」
ズカズカと家に入りながらも、一定の距離を保って話す。
威嚇と抜け目なさ、最低限場数は踏んだかとスクイは家を囲んでいる人数を数える。
「わかるでしょう?この街はまだまだ治安が悪い。安心して夜眠るのは難しいってもんです。旦那も目が覚めたら土の下なんて真っ平でしょう」
「そうですね。何人だと思いますか?」
定型句とも言える脅しに関心を失ったように、スクイはホロに尋ねた。
「えーと、12人ですかね」
「惜しいですね。荷物の周りは3人ではなく4人ですよ」
そんなはずはない、という表情のホロにスクイはウィンクした。
もう一度耳を澄ますが、うまく人数が掴めない。荷物を勝手に触っている人間がいることで人数が掴みにくくなっているのが1つだろう。
「何の話を?」
目の前の2人が自分を無視し始めたと感じた男は、怒りよりも先に不思議そうに声を漏らす。
「いえ、それで、治安維持の献金に協力しろと?」
「ん、ああ、そう!そうさ!」
置いて行かれたようになった男は、勢いを取り戻したかのように捲し立てようとし。
気づかないうちにスクイが目の前に近寄ってきていたことに気づく。
「ところでみなさんは」
近づくと言う威嚇行動に、わかりやすく返すスクイ。
あまりに変わらない笑顔に、男が一歩引き下がる。
「掃除とか、家の補修とか、得意ですか?」
しかしもう遅く。
「お、お前ら!」
ガタガタと音を立てて入り込んできた13人に、ホロは悔しげに唇を尖らせた。
役割を考えればホロは手出しできない。ホロはスクイが自分を守ろうとこの役割分担をしたこと、そしてそこから掃除や補修を行うにあたってのホロの体力を気にかけていたことに気づいた。
頼るようで、守られてばかり、ホロがスクイの過保護に複雑な感情を持っているうちに。
「掃除大好きです!心洗われますよね!喜んでさせてください!お金を払ってでもやりたいです!」
目の前では凄惨な話し合いが終わっていた。
家を囲っていた全員が入り、扉を閉めさせ、一瞬でわかりやすく格の差を見せつけてから尋問。
彼らは小悪党、といったところで、近隣から保護と称して小銭をせびっているとのことだった。
羽振りの良さは本業で、そちらは悪事ではなく真っ当な商売。
男の小遣い稼ぎにたまにこういったことをしているが、手を出したりはしていない。
争いになるような相手は避け、恨みを買いすぎる金額も避けている。
救いを与えるほどではないと結論付けられ、その結論までの間に全員が狂ったように掃除への執着を示す時間があった。
「それはよかった。彼女は体があまり強くありません。夜までには安心して眠れるようにしてあげたいのです」
「よ、夜までにこの大きな屋敷を……」
大きさ、そしてスクイの話す雨風の全く入らず、裸足で歩けるという条件が男の頭をよぎる。
一瞬、時間制限も含め交渉を考える男に、スクイは微笑みかけた。
「安心して眠れるようにとおっしゃっていたので。それともやっぱりお金が欲しいですか?」
「い、いや勘弁してくれ!」
優しげに、優し言葉を送るスクイに、男は背筋を震わせる。
もう脅しとしか取れなかった。小金持ちがノコノコと大きな家に来たと聞いてやってきたが、大きな家に入れたのは金以上に実力だったと、男はしっかりと理解させられていた。
弱者を見極める能力は、商人にも必須で彼はそれが自慢だったが、読み取れなかったのだ。
「ありがたいですね。私はその間に荷物の振り分けを相談しておきます。あと」
スクイはこの街の商業ルートと勢力図を聞きながら、当分の買い物の目処を立てる。
恨みを買っても意味はない。ある程度利が出るように贔屓にしておこうと。
とりあえずでスクイは、この街の商売を掴み。
不自由のない家を手に入れた。
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