第八十一話「救世主」

「お前らみたいな奴がポリヴィティに来るわけないだろう!何が目的だ!」


 ポリヴィティ入り口。

 魔王城を目の前にした魔物との戦争最前線だけあり、ポリヴィティは堅牢な造りとなっている。

 街全体を高い石製の壁が覆っており、壁上にも見回りが常駐。


 そして魔王城と逆方向にある入り口には、盗賊たちの侵入を防ぐ意味もあり多くの戦闘員が配備されている。


「いえ、私たちはヴァンという国で罪を犯しまして、ポリヴィティでの魔物討伐を命じられたのです」


 困ったなというように笑うスクイ。

 とはいえ予想できたことではある。


 ベインテとヴェンティの一部地域ではともかく、ヴァン国においてこの罰は現在は行われていない。

 加えて気の荒い戦闘狂が受ける罰を、一見優男のスクイと大人しげな少女が、高級な魔導車に服装で来る。


 これを怪しまなければ門兵ではないだろう。


「オンズの街の領主様より一筆もありますが」


「そんなもの罪人に書く訳ないだろう」


 2人の門兵に槍を突きつけられながらも困り顔を崩さないスクイ。

 ホロはその門兵の態度を面白くなさそうに見ていたが、良い人間関係を作りたいというスクイの話を汲んで手を出しはしなかった。


 そうでなければ門兵は穴だらけになっていただろう。


「だいたい何故罪人が魔導車などで来る!扱いがおかしいだろう!そしてお前はともかくそこの少女は何故来ている!なんの罪を犯したというんだ!」


「まあ小金持ちでして、この子は私の血縁です。罪人の親族として街に1人にするよりは私といたほうがいいと」


「金がいくらあっても罪人にこんな使い方をさせるか!」


 正論である。

 スクイは口がうまい。人心掌握もお手の物である。

 それがこうなっているのには1つに正直に話しすぎたという点があった。


 明らかに怪しい身分ではあるが、長く住む可能性も考えるとボロの出る可能性がある嘘は吐きにくい。

 という考えだったが、スクイの想像以上にポリヴィティの警戒は厳しかった。


 門兵がいることすら意外に思ったと言える。


「領主さんとは懇意でしてね。にしても驚きました」


 怒鳴り続ける門兵が、少し疲れを見せたあたりでスクイは声色を変える。

 怒っているということから得られる情報は多い。例えば門兵はこの仕事に誇りを持っている。


「ポリヴィティ。魔物戦争の最前線とは名ばかりの犯罪者の流刑地。街というだけのスラム街かと思いましたが、規律はしっかりしているんですね。門兵さんも訓練と教育を受けた方々に見えます」


「ああ、まあそうだな」


 突然の会話の変更、しかしもっともな反応である。

 そして怒り疲れたことと門兵としての自負から、その言葉にまで攻撃的に返そうとは思わなかった。


「確かに昔は、というかここ数年まではそうだったんだが、ここ最近で街の整備が進んだ」


「へえ、優秀な方が指揮されたと見受けますが」


 ホロはここが上手いと感じ取った。

 相手を上げて懐に入り込むのは定石であるが、問題は上げ方である。


 露骨なおだて方をすると気を悪くされることもある。

 私はあなたに興味があります。というのは相手に気持ちよく話させるコツと言えるだろう。


 そして門兵、直球で本人でなく上の人間を褒める。

 おそらく彼らは自分以上に指揮者を誇りに思うだろうという推測。


 定石を使いながら相手の様子に合わせてやり方を変える。

 戦闘と同じく、基本戦術の組み立て方でうまく持っていった。


 こうなればもう相手はスクイに心を開く以外にないと、ホロは早くも確信する。


「ああ、そりゃあそうさ。俺も含め数年前まではここにいるやつらも犯罪者しかいなかった。ところがあの人が」


 そう悠々と門兵が話始め、また他の門兵も話したそうに近づき始めた中。

 門が開いた。


「おや?」


 騎士団。

 そう言っても差し支えのない武装をした人間。


 そしてそれに囲まれて1人の女性が、極めて場違いに、しかし最も存在感を放ちながら現れた。


「そ、僧侶様!」


 集まり出した門兵たちが深々と礼を始める。

 女性は静かに、柔らかな笑顔で門兵に手を振って応えた。


「門前が騒がしいとお聞きしました。」


 優しげな声。

 スクイと同じような、通るような人の心に入るような声。


 それに合わせて真っ白な、ふわりとした衣装からは清らかさしか感じない。


「申し訳ありません。こちらの者が街への居住を訴えておりまして」


 こちらの者、という悪意のない紹介から、多少好感度はマシになったなとスクイは思う。

 特別好かれる必要があるわけでもないが、このくらいの好感度は保っておきたい。


「初めまして。ヴァン国から来ましたスクイ・ケンセイと言います。こちらは親族のホロ・ローカさんです」


 優雅な挨拶。

 罪人らしさなど微塵もない振る舞いであるが、長期的に見れば礼儀を知らない人間として過ごすほうがデメリットが多い。


「ご丁寧にありがとうございます」


 スクイと共にフリルの多い少女趣味な服を綺麗に畳むように礼をするホロ。

 礼節も習得済みである。


 それに微笑ましく、こちらもふわりとした衣装を感じさせない丁寧なお辞儀で女性は返す。


「私は僧侶と呼ばれています。こちらの街で、そうですね。相談係のようなものでしょうか」


「そんな相談係なんて!」


 門兵たちが口を挟む。


「僧侶様はこのポリヴィティを変えた救世主ですよ!」


「私達みんな僧侶様に救われました!」


「悪事しかやってこなかった私がこうして街のために働けるのも僧侶様のお言葉あってのこと!」


「しかも進んで前線で戦う勇気と強さ!」


「なんど魔物の群れを撃退したことか!」


 口々に言う彼らに、僧侶はそんなことはないと謙遜するように両手を振る。


「私にできるのはあくまで少しの導きに過ぎません。皆さんの努力あっての今なのです」


 そう話す僧侶の言葉に、騎士は頭を垂れ、門兵達は跪いた。


「スクイさん、あなたも魔物との戦いに参加してくださると言うのなら心強いです。そうでなくても街には人手がありません。一緒にこの街を守ってください」


 そう僧侶は頭を下げる。


 裏がないのが不自然なほど、まともで人望の厚い人物。

 しかし現状スクイの目にも悪人には見えなかった。


 それ以上に、高い能力に注意が向く。


「こちらこそ、ご迷惑にならないよう精一杯努めさせていただきます。戦闘の機会があればいつでも呼んでください」


 戦闘ができるというスクイの言葉に門兵は半信半疑といった風な目で見るが、僧侶が受け入れた以上何も言わないと決めたようだった。


 僧侶は疑うような素振りは一切見せず、ただ嬉しそうに口元に手を当てる。


「魔物討伐に出てくださるのであれば助かります。早速住むところを決めましょう。空き家まで案内させてください」


 柔らかな人徳者と言う印象と少しずれるように、テキパキと指示を下す。

 この街では人が来るたびに空き家をあてがうようになっているとのことだ。


「僧侶様。次の家ですがこちらの」


「ああ、よろしいですか?」


 スクイ達の住み場を確認する騎士団に、スクイは声をかける。


「私は構いませんが、彼女は少々体が弱く。あまり古い家だと体を壊しかねません」


 スクイはホロをそう紹介した。

 これは元から決めていたことである。つまりホロは戦闘要員としては紹介しない。


 強い2人、という紹介より立場を別にすることで交渉等うまくいくこともあるだろうという考えである。


「できるだけ広く清潔な、治安のいい地域に住ませてあげたいのです」


「そうは言いますが……」


 僧侶は申し訳なさそうな、そして騎士団からは図々しさを咎めるような態度が現れる。


 スクイは街の中身が想像通りだと確信した。


「勿論外から来ておいてタダでそのようなことを言うつもりはありません。街に貢献し言えることでしょう」


 なので、とスクイは魔導者を指す。


「こちら、この街に差し上げます」


 スクイの言葉に、僧侶を含む全員が驚愕する。

 ヴァン国で豪邸が買える代物である。ポリヴィティにおいてこれほどの高級品はいくつもない。


 そして有用なのもまた事実である。

 街にも馬車等あるが、復興の途中ということもあり数は少ない。また乗り心地や移動距離、維持等明らかに魔導車は馬車を超える。


 見回り等常に気を配る状況で快適な移動手段は喉から手が出るほど欲しいものである。


「そしてこちら」


 スクイが言うと、ホロは持っていた大袋を差し出した。

 中を広げてみると、大袋いっぱいに金貨が詰まっている。


「ヴァン国の通貨です。屋敷の1つくらいなら王下街でも問題なく買える量でしょう」


 ポリヴィティに行くにあたって財産はほとんど物に変えた。

 しかし、全部ではない。


 ポリヴィティで直接使えないとはいえ、金貨はそれだけで大きな価値を持つ。

 全く3国とやりとりをしていないわけでもないだろうと思えば、交渉の材料には容易になりうると考えていた。


「こちらも、差し上げます」


 驚きを通り越したような何も言えない雰囲気が全員を包む。


「ヴァン国では小金持ちでしたが、ここに来ては前の財産など意味はありません。それならこの街のために使ってもらえるほうが良いでしょう」


 スクイはスラスラと、優しげに伝える。

 それを疑うものは、自然と無くなっていった。


「この街のためになりたいという気持ちの現れとして受け取っていただければ幸いです」


 一拍置き、全員がスクイの表情を伺う。

 疑いを向けていた門兵を初めとし、否疑いを向けていたからこそ初めに、スクイの言葉に偽りがないと確信した。


 疑い詰問されながらも礼儀を崩さず、文句ひとつ言わなかったスクイの姿を見ていたからである。

 そしてその内容は完全に筋が通っている。


「す、すみません。私はあなたを疑っていたようで」


 スクイに詰め寄っていた門兵が頭を下げる。


「敬語はやめてください。私はむしろ、門兵さんの仕事ぶりにこの街の生活に希望を見出しているのですから」


 スクイはそう話しながら、僧侶の方を見た。


 全員がスクイの人となりに感服する中、1人難しそうな顔をする。

 疑いか、と思いスクイは追い討ちをかけようとしたが、そうではないと気づいた。


「そう、ですね。確かにありがたいのですが」


 そこにあるのは申し訳なさである。

 彼女の感覚では、もらいすぎと言うものはむしろ拒否反応が出るのかもしれない。


 しかし、その優しさはスクイ以上に街に向けられる。

 スクイがもらって欲しいと言って、それが街のためになる。


「わかりました。少し不平等かもしれませんが、スクイさんのお気持ちに返さないわけにはいきません。聖騎士団の皆さんは大通りに近い最も大きな空き家を探してください」


 不平等。

 その意味はおそらく、スクイにもらったほどのものが返せないと言う意味。

 そして、いきなり来た人間を優遇するという意味もあるだろう。


 そこが葛藤だったのであれば問題ないとスクイは考える。

 今後の活躍が乏しければ、来る前の功績で良い待遇を買って怠惰に過ごしていると邪険にされてもおかしくはない。


 しかし活躍を見せれば、堂々と大物がやってきたのだと納得させられるだろう。


 とある程度の筋道を立てる。

 戦闘が重宝されるのであれば活躍はさほど不安要素ではない。


「ではスクイさん、家を決めるまで少々時間をいただきたいので、よければ街の案内も兼ねて教会に来られませんか?」


「是非」


 僧侶の誘いを受けながらスクイとホロは、ポリヴィティの門を潜った。



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