第八十話「三王」

「快適なものですね」


 ポリヴィティという魔王城の手前にある街、魔王討伐の前線への流刑。

 それに伴う、危険地域を通っての国外追放。


 流刑者のほとんどがその移動で命を落とすと言われる道中において。


「そうですね」


 スクイとホロは、極めて快適な旅を送っていた。


 2人は国外追放に際して、持ちうる大金をほとんど使い持ち物を充実させた。

 どのみち帰れぬ国、ポリヴィティで使えない大金は基本使ってしまうに限る。


 ということもあり、2人の移動手段は、魔導車と言う極めて高級な魔道具になっていた。


 複合魔道具などと呼ばれるもので、魔力を込め魔法を発する魔道具を組み合わたものである。

 魔道具自体が高価な中、それを複数利用し組み上げた魔導車は、そこらの豪邸と変わらない値段となっている。


 中も広く、大きな丸い部屋を3分割にしており、前半分がリビング。

 机と椅子があり、前方は開けて進行方向を確認できる。


 そして後ろ半分が寝室と荷物置き場と、Tの字に区切られている。


 もっとも複雑な魔道具である故に多大な魔力を消費するのだが、2人で交代すれば大した問題でもなく。

 むしろ中にいて魔力を注ぐイメージをするだけで稼働するため、普通の馬車よりも利用は容易であった。


「道中は危険が多いとの話でしたが、この程度の魔物や盗賊程度なら危険には入らないでしょう。腕試しとしても悪くはありませんね」


 ホロが注いだ紅茶を受け取りながら、スクイは話す。


 魔物や盗賊。


 魔王城に近づくほど強力な魔物が出る一方で、この地域には3国には住めない異常な犯罪者たちが眠っていたりもする。

 国外追放されポリヴィティ行きにされても、強制力がない以上向かう必要はない。


 普通はポリヴィティがどれだけ危険でも街である以上、途中地域より安全であるため急いで向かう者が多い。

 しかし例外はいるものである。


 そういった人間や、自分から3国にはいられず逃げ出した犯罪者がこの道中には大量におり。


 それらが組織化してもいるのだ。


「はい、ご主人様の出るレベルではありません」


 しかし、現状スクイたちが遭遇したのは実力的にホロ1人でも倒し切れる相手しかいなかった。

 できるだけスクイに負担をかけたくないホロは、自分で倒せる相手は任せて欲しいと言っており、結果スクイは国を出てから戦闘に参加していない。


 もっとも現状のホロの戦闘力は、部分的にA級魔法使いに匹敵する。

 苦戦しないのは当然と言えただろう。


「ホロさんも強くなりました。魔法に体術を織り込むよう意識してますね?」


「はい。前回の戦いでは魔力切れも視野に入れる必要がありましたので、最低限の魔力で勝つ戦い方も練習しておきたいと思いまして」


 ミストル司祭との戦闘はスクイも聞いている。

 そこでホロの中に多かれ少なかれ新しい考えが生まれているのだ。


 それは良いことだとスクイは思っていた。

 危険を良いとは言えないが、それが人を成長させることは往々にしてありうる。


「そうですね。補助的な体術はありかもしれません。ナイフを生かす体術を私が身につけるのと同様に、ホロさんも魔法を十全に扱える体術を模索しても良いかもしれませんね」


「はい!」


 スクイの言葉に嬉しそうに返すホロ。

 スクイはホロに体術は向かないのではと考えていたが、ホロの熱心な努力で考えを改めた。


 自分の想像を軽々と超えてくれるホロの成長を、スクイは喜んでいたのだ。


「まあご主人様のようにはなかなかいきませんが」


「同じである必要はありません。体術も奥が深いものです。私でなく自分に合った動きを身につける方が良いですよ」


 スクイの体術は、子供の頃得た武術の知識と、戦場での実戦の賜物である。

 武術については通っていた道場に限らずあらゆる武術、そして格闘技も心身の限界まで掛け持っていたが、その幅広い経験の中でスクイが実際に使うのはほんの一部である。


 そういうものだとスクイは思っていた。

 自分で幅を狭める必要はないが、どれだけ幅広く手を出しても実際に使うのは自分に合ったもの。


 しかしその自分に合ったものを知るために幅広い知識が必要なのだ。


 それは武術に限らず。

 だからスクイは、ホロに多くのことを教える。


 それが可能性だと知っているからである。


「私も憧れた技と使っている技は違ったりします。実用できるものほど地味ですからね」


「そうでしょうか」


 スクイの体術をホロは思い浮かべる。

 派手に動き回るイメージが強く、ホロには格好良く映っていた。


「はい」


 スクイはフェルテや死神との戦闘を思い返す。

 派手な動きもあったが、大事なのは基礎的な動きであるとスクイは考えていた。


 例えば、とスクイは話そうとして前方を見る。


「敵ですか?」


 スクイの気づきを即座に察知したホロがスクイに声をかける。

 既に臨戦体制に入っている。


 この油断のなさは、歴戦と言えるレベルであろう。


「はい、私も出ましょう」


 やってみせたほうが早い。

 そういう思いもありスクイは紅茶を飲み干した。


「わかりました」


 ホロはスクイの意図を汲んで魔導車の魔力を切る。

 スクイはその間に魔導車を降り、手を伸ばした。


「貴族か?」


 優雅に降りるスクイに、盗賊と思われる3人組は少し目を細めながら聞く。


 スクイはホロが手を取られながら降りるのをゆっくりと待ち、服の皺を伸ばしながら笑顔で近づいた。


「いえ、ポリヴィティへと」


 優雅に、そして余裕のある動き。

 ポリヴィティでの対人を意識した高級な服装は貴族にしか見えない。


「ふうん、観光ってわけだ」


 ポリヴィティに行く戦闘力の高い罪人には見えない。

 そういった考えから盗賊は呟く。


 貴族でないとしても金持ち。


「悪いがここは積荷の半分で通してもらえると決まってるんだ」


「えらく良心的ですね」


 スクイは返しながら少し考える。

 どうにも3人は盗賊団の一員らしい。


 積荷を半分というルール、単に奪うだけのその日暮らしの考えではない。

 ある程度穏便に、長期的なスパンを持って運営する者の考え方である。


 同時に3人の風貌を確認する。

 わかりやすい悪人顔、話しかけてきた真ん中の男は小柄で懐にナイフを忍ばせている。


 左の大男は大剣を前に持っている。威嚇の意味もあろう。


 右の男は武器を持っていない。

 横並びに見えて半歩後ろに立っている。


「本当に良心的です」


 スクイは笑顔で3人に歩み寄る。


 音はしない。

 武器も持たない。


「ああ、盗賊って言っても最近は悪さばかりじゃねえ。ここらの治安を乱したくはねえからな」


 そう堂々と話す男。

 積荷を脅して奪う悪人が話のわかる交渉人気取り。そうホロは目を細めるも、スクイはなるほどと理解を示したかのように拍手を送りながら近づく。


「あんたは」


「不意打ちは最短距離で」


 真ん中の男が嬉しそうに、近づくスクイへ話し出すと同時に首を押さえて倒れる。

 スクイが身振りのふりをして挙げていた手がそのまま首に入ったのだ。

  

 無論スクイはそのような小技がなくても同じことができる。

 加勢しようと考えていたホロはスクイの勉強を観察することに留めた。


「てめ」


「焦った武器持ちの攻撃は大振り」


 左の大男が武器を振り上げると同時、否少し前に呟いたスクイに大男は少し動揺する。

 しかし現状不意打ちだけの優男というスクイに避けられるとは思わない。


 即座に大剣を振り下ろした。

 同時にスクイは片手を挙げ、大剣に向かって指を立てた。


「両手剣の振り下ろし、避ける注意点は当たる直前まで動かないこと」


 スクイは言葉通り当たる直前で避ける。

 そしてホロに、皮一枚切れた指を見せた。


「早く避けると避けた先に振り下ろし先を軌道修正されます。あとは隙が大きいのでなんでもできますが」


 大男の顎に下からそっと手を当てる。


「上体を起こす力を利用するのは一つの手です」


 そのままスクイは大男の体を持ち上げ、もう1人の男の方へと投げ飛ばした。

 もう1人の男はそれを距離を取るように躱し、スクイに手を向ける。


「距離を取ったら魔法を警戒。遠距離攻撃には投擲。まず発生と射出の方向を確認し躱します」


 男の作る尖った木の射出を歩いて避ける。

 そして同時にそこら辺の石を放った。


「基本は目に、目潰しを意識します」


 実際に目を潰すのではなく、視界を塞ぐ。

 そして即座に距離を詰める。


「先程の不意打ち同様、無防備な相手を即座に落とせる手段をいくつか持っておくのがいいですね」


 そう言って膝を蹴り抜き、下がった顔面を蹴り飛ばした。


「こういった基本技の組み立てです。戦闘も知識と経験ですからね」


「はい!」


 スクイの教えにホロは嬉しそうに返事をする。

 自分でもできる部分は多い。そういう技を選んだというスクイの気持ちがわかって嬉しかったのだ。


「お前、何者だ。いや、そこじゃねえ」


 スクイが最初に倒した男が突かれた首を抑え、咳き込みながら声を絞り出す。


「俺たちは三王の1人、武王様の部下。三王に目をつけられたいのか?」


 正気とは思えないという目。

 スクイは不思議そうに首を傾げた。


「知らねえのか。ここらは強大な3人の王が支配している」


 最強の男と呼ばれた存在の一番弟子。師匠を超え国を出た『武王』

 膨大な魔力量と強力な魔法故に誰も近づくことすら叶わない『羽王』

 部下すら正体を知らず、敵対者の死体のみが存在を証明する『遊王』


「俺たちは武王様の部下。ここの通行料を払わない奴はツケを払うことになる。お前はこの壺中に戦争でもしかけようってのか?」


 冗談混じりに笑う男。

 三王、確かにスクイにとってもそのような強大な悪人は見逃せない存在である。


「戦争、そうですね。ここは悪人の棲家。全て救うのが私の役割」


 この場所は壺中と呼ばれているのかと思い、そう言いながらスクイは魔導車に戻る。


「逃げたって遅いぜ?俺たちの敗北はもう伝わってるはずだ。今にもっと多くの部下がお前たちを追う」


 その言葉を無視し、スクイは魔導車の荷物置き場を漁る。

 魔法看破の片眼鏡、瞬間移動の宝石など有り余る財力で買った高級品を押し除け小汚い皮袋を取り出し男の前に戻る。


「今更積荷を渡しても無意味さ。今にわかる。俺たちが本当に良心的だったことがな」


「三王というのはこれでは?」


 スクイは丁寧に皮袋から、3つの首を取り出した。


「……?」


 黙り込み、首をじっと見つめる男。


「随分と道中攻撃されたので、こちらから向かって全滅させました。まあ私は何もしていませんが」


 ここまでの道のりで、2人は多くの盗賊に出くわしてきた。

 そして盗賊が大組織にいると知ると、アジトを吐かせ、突入したのだった。


「高い素質を持っていましたが、お世辞にも鍛錬が足りているとは言えませんでした。盗賊業では腕を磨く必要に駆られなかったのか。上に立つというのも考えものです」


 呆然とする男は、一歩下り、二歩下がり。


「ど、どうなってんだよ!!」


 そう大声を上げながら一目散に逃げ出した


「追いますか?」


「いえ、」


 背中を見据えるホロに、スクイは制すように片手をあげる。


「どのみち生きてはいられないでしょう。自分の悪事を振り返り、死を受け入れる時間も良いものです。」


 そう話しながら、服の皺を確認し魔導車に戻る。


「紅茶、淹れ直しましょう。お茶請けは何にしましょうか」 


「あ、フルーツの砂糖漬けがありました。これにしましょう」


「いいですね。ホロさんはどのフルーツが好きですか?」


 そうまた談笑しながら2人は、快適な旅を送る。


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