第4章 異世界戦場編

第七十七話「正しさの道中」

「全く、侵入者など傍迷惑な」


 血の匂いがする。


「ああ、全滅ですな」


 そうか。

 僕が血溜まりに倒れているからか。


「まあ所詮は失敗作共です。痛手にはならんでしょう」


 なんでこんな目に遭っているんだっけ?


「そうですな。彼も何がしたくてわざわざ失敗作共を連れ出そうとしていたのか」


 そうだ。

 僕は人体実験をしてる研究施設があるって聞いて。


「さあ?大方どこかの組織から研究材料を盗み出すように言われたのでしょう」


 そこで閉じ込められてる人たちを見つけて、助けて逃がそうとして。


「ふふ、そんな失敗作を盗んでも何にもなりはしないのに」


 それで、失敗して、戦おうとしても負けて。


「もう少し研究に理解のある人間を送り込めなかったんですかね」


 みんな、守るって決めたのに。

 守りきれずに、みんな失って。


「まあ、そこらへんも聞きたかったですが、もう話せそうにありませんね」


 ああ、これは。

 この血溜まりは。


「仕方ない。とりあえず」


 僕の弱さだ。


「処分しましょうか」


 目の前の人間の言葉が、そこを最後にゆっくりと聞こえなくなっていくのを感じた。

 自分の体が、生きるのに適さないほど破壊され尽くしていることがわかる。


 自分の死を、理解し始める。

 死ぬこと。


 僕は正しく生きることが良いことだと信じていた。


 親はいない。孤児として生まれて、形ばかりの施設で育った。

 いつも空腹だったのと周りの大人の機嫌を損ねないように気を遣っていたことだけが、幼少期の記憶。


 良い思い出なんて1つもなかったけど、それでも僕はせめて正しく生きたいと思った。

 そして、正しく生きられない人を救いたいと思った。


 正しく生きていれば、人に優しくするし、努力もする。

 そうすれば人にも愛されるし、努力は多かれ少なかれ返ってくる。


 そうすればみんな幸せになれる。

 裏切られることも、傷つけられることも多かったけど、僕は正しく生きていれば報われると信じていた。


 そうやって生きて、聖剣に選ばれて、僕は勇者になった。


 嬉しかった。

 自分のしてきたことが正しかったと言われた気分だった。


 だから、同じことをし続けよう。

 そう思って。


 王様に小銭を握らされて、王下街を追い出されて。

 国中を回って善行を働くように言われた時も、望み通りの勇者の在り方だとさえ思った。


 そうやって、人に会って、話を聞いて。

 助けて、救って、努力して、幸せにして。

 

 裏切られて、憎まれて、傷つけられて、蔑まれて。


 助けられず、救えず、何もできず、不幸にした。


 世の中には圧倒的に救えない人が多い。


 それでも僕は、正しくあり続けようと思って、それで。

 このザマだ。


 瞼が、重くなっていくのを感じる。

 自分の死を、理解する。


 少し、安心している自分がいる。

 もう、生きなくても良い。


 生きるということは、辛かった。

 正しくあろうとすればするほど、誰かにそれを否定された。


 思い返される記憶も、良いものではない。


「僕は、間違っていたのかな」


 声が出たわけじゃない。

 でも、脳内に響くそんな声が、瞼を閉じる寸前の世界に対する僕の答えで。


 正しく生きることは間違いだという結論が僕の人生だったのだろうと思った。


 それもそれで、それがわかっただけでも良い結末かもしれない。

 ならこの間違った死も、あるいは救いなのかもしれない。


 そう感じて、瞼を閉じる直前に。

 最期の最期、死に際に浮かんだ記憶。


 それは、助けられた記憶だった。

 

 瞼を、閉じられない。

 何だっただろう、この記憶は。


 そうだ。花を探していた。


 見つからないはずの花だ。僕はそれを探して、田んぼを何日も歩き回って。

 そして倒れて。


 そうだ、そのときだ。


 そのとき、彼に出会ったんだ。


 僕の中の唯一残る、誰かに助けてもらった記憶。

 彼は僕の話を聞いて、何の躊躇いもなく足を汚して。


 手伝ってくれて、励ましてくれて。

 そして、僕のために怒ってくれた。


 あのとき、思ったんだ。

 僕もこういう人になりたいって。


 消えかかっていた意識が戻るのを感じる。

 理由はわからない。


 でも、思い出した。

 彼と約束した。


「次会った時は、勇者として彼を助けるって」


 今度は、頭の中じゃない。

 僕の口から出た。


 僕の決意だ。


 何が、安心。

 何が、安寧。


 生きるのは辛いことばかりだ。

 死んで終えば楽になれるかもしれない。


 それでも。


 生きて成すべきことがある。


 勇者として。


「なんだ?」


 研究者たちは、立ち去ろうとする中振り返った。

 驚いた顔をしている。そりゃそうだ。今にも死にそうだった人間が、血まみれで立ち上がっているんだから。


 でも、覚悟を決めて立ち上がったは良いものの、今にも倒れそうで。

 自分がまだ、弱いだけの存在だと自覚させられる。


「あの身体でなぜ立ち上がる?」


 だから。


「少し面白い話ですね。検体として役立つ可能性も」


 強くならなきゃならない。

 誰かを守るには、強さが必要だ。


「聖剣!」


 僕は、血を流しながら、血を吐き捨てながら、惨めにも叫ぶ。


「僕に力を寄越せ!」


 貰い物でいい。

 借り物でいい。


 偽物だっていい。


「誰かを守れるだけの力を!誰かを救えるだけの力を!」


 勇者の善行に応じて勇者を認め強さを増す剣。

 聖剣が強くなったことなんて一度もなかった。


「そのために」


 それは僕の善行が足りないからだと思っていた。


 でもそれは間違いだ。

 足りなかったのは、甘さを捨てる覚悟だ。


「悪人を薙ぎ払えるだけの」


 人と戦うのが嫌いだ。

 悪人だって、人間だ。


 それでも、僕がそれを倒せなかったから。

 僕の後ろには人が死んでいる。


 だから僕は、戦う。


「敵を倒す力を寄越せ!」


 そこからのことは、無我夢中で。

 僕は戦って、戦って。


 結局、僕は敵に刃を向けて倒した。

 殺すまでは、できなかった。


 それが正しかったのか、まだわからない。


 そのあと研究施設を駆け巡って、でも僕の救おうとした人はみんな死んでしまって。


 そんな中、たった1人。

 たった1人だけ、施設の奥にいた女の子を見つけた。


 僕は誰かを救えたんだと思って。


 それで。


「おい」


 目を覚ました。


 頭がぼやっとしているのがわかる。

 僕は研究所にいて、いや、それは夢だ。


 いや、事実なんだけど、それは過去のことで。


 目の前には褐色の、緑の髪をした女性が睨むようにこちらを見ている。


「何してんだお前は」


 サルバ。


「いや、サルバ国王」


「や、やめてよゲーレ」


 そうだった。

 僕は勇者として生きていくうちに、ベインテ王国の暗部に気づいて、仲間を一緒に戦って。


 僕はベインテの国王になったんだ。

 ここは国王の間、といっても広すぎて僕だけで使うのも勿体無くて仲間と一緒にいる。


「そうだよ。お飾りでも国王なんだからしっかりしてほしいよ」


 横では12ほどの小さな女の子が僕に文句を言いながら、僕以上にだらけた格好で床に寝そべっている。

 こんなでも、狩人の聖職魔法で頼りになる仲間だ。


「ごめんよ、カサドル」


 彼女もベインテ国王に飼われていたらしいけど、無理難題な指示から逃げてしまって路上で行き倒れになっていた。

 森の中で生まれた野生児だって聞いていたけど、僕らが通り掛からなかったら餓死していたと思う。


「その名前、嫌い」


 そう言いながら彼女は拗ねたように寝返りを打って向こうを向いてしまう。


 彼女には名前がなかった。必要なかったのかもしれない。

 でも、そんなの寂しいと思って、僕が勝手につけた。


 気に入らないらしいけど、他の呼び方をしても応えてくれないし、別名も拒絶されている。

 僕には苦笑いで誤魔化すことしかできない。


 そう思っていると、いきなり横から抱きつかれる。


「うわあ!」


 急なことにびっくりして横を見ると、シオネが僕の頭を撫でながら抱きしめていた。


「にしても、玉座で昼寝とは、大物になったもんだなあ」


「からかわないでよ……」


 シオネ。

 遊び人の聖職魔法を持った女性。


 彼女がいなければ、僕らは多分全滅していただろう。

 そのくらいギリギリの状況で、彼女は急に現れて、急に力を貸してくれた。


 訳もわからないまま仲間になってしまったし、未だに彼女のことはわからないことだらけな気もするけど、それでも大切な仲間だ。


 彼女たちが僕の仲間たち。


 戦士のゲーレ。

 狩人のカサドル。

 遊び人のシオネ。


 そして。


「終わったら、仕事」


「うん、ごめんね。マーコ。すぐ取り掛かるから」


 魔法使いのマーコ。

 僕が唯一、助けられた子。


 といっても、それ以降は神聖魔法使いの彼女に頼りっきりだった記憶しかないんだけど。


「ああ、それと言ってた話なんだけど」


 僕は書類の山を、とりあえず仕事順に並べながらみんなに話す。


「やっぱり、僕はすぐにでも魔王を倒しに行きたいんだ」


 きっぱりと、さっきまで寝てたくせに仲間達に言う。


「僕らがこうしている間にも魔物は人々を襲ってる。救える命があるはずなんだ。僕も強くなったし神聖魔法使いのみんなもいる。今なら魔王を倒せると思うんだ」


 そう、何度目になるかわからない言葉を吐く。

 そして、いつも誰も賛同はしない。


「いいか?サルバ」


 何度目だよという言葉ももう言わなくなったゲーレが、自分の仕事とばかりにため息をつきながら答える。


「確かにお前は強くなった。このベインテ国家との戦いを超えて、お前は今や神聖魔法使いの私たちをも上回る存在だ」


 だからこそ、駄目だ。


「独裁国家ベインテ。独裁という聞こえは悪いが、要は国王の権力で統治されてた国なんだ。裏でどんな悪虐非道があったかはともかく、むしろだからこそそんな絶対権力者が束ねることでこの国は治っているんだ」


 ベインテは元々小国の集まりだったらしい。

 それが昔戦争で統一された。


 だから未だに文化や人々の中には大きな違いがある。


「その国王がいなくなった今、また国がバラバラにならないように治める存在、その象徴としてのお前がこの国にはまだまだ必要なんだ」


 多くの文化や価値観を持つ国を纏めるには、独裁のような絶対権力であれこれ決めてしまうのが都合良かったらしい。

 でもそれがなくなってまたバラバラになると、その文化間での戦争も起こりかねない。


 だから、前王の悪行を表に出し、それを誅した英雄として新国王という象徴が必要。


 わかってるんだけど。


「でも、僕は勇者で」


「勇者だからこそだ。その肩書きが国民に安心を与えて、指示を聞かせる役割を担ってるじゃねえか」


「そうだけど……」


 前国王の悪事が白日の元に晒されて、僕の勇者という肩書きは好意的なものとなった。

 それは勇者支援を名目に取り立てた税金やサービスを悪用していたのは前国王で、僕には何の責任もなかったという話になったからだ。


 仲間達は僕が真摯に国中を回って人助けをしている姿を見ていた人がいたから、すんなり受け入れられたんだと言ってくれるけど、それは持ち上げすぎだと思う。


「魔王は未知数だ。当然行くなら私たち全員で万全の準備をして行くし、どのくらい長い戦いになるかも、勝てるかだってわかりはしない」


 そんな中、お前はこの国を置いていくのか?


 ゲーレのトドメの言葉はこれだ。

 そして僕はいつもこれに返せない。


「お前のやったことは正しいよ。ベインテ国家への革命は絶対人々を幸せにしてる。今もそうだ。だからもう少し待て」


 そう諭されて、僕は納得してしまう。


 黙って頷いて、シオネに邪魔されながら書類整理をして、カサドルを説得して国内を出回って国民を安心させて、ゲーレと魔物討伐を手伝って信頼を得る。


 そして帰って、マーコに次の事務仕事をもらって、寝る暇もなく忙殺される。

 僕も仲間もそんな日々だ。


 そんな中、僕はふと書類に目を通しながら考える。

 もし、あの人なら。


 自分の損得も顧みず、見返りも求めずに人を助け、悪を挫く。

 そんな彼なら、この状況に置かれた時どうしていたのだろうと。


 僕は一瞬だけ。

 スクイさんのことを考えた。

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