第七十五話「贖罪」
牢獄に入ること数日。
そして久しぶりに牢から出たスクイは、領主の前に跪かされていた。
申し開きはない。
そう言ったスクイに、マイエンヌ公爵は決まった処罰を言い放つ以外にない。
先日とは違い多くの騎士がスクイを囲み、その中にはフランソワの姿もある。
「スクイ・ケンセイ。そなたの罪は死罪にも値するが、同時にその功績、能力の高さには価値がある」
よって、そなたの処分は流刑。
魔王討伐最前線の地、ポリヴィティへの流刑とする。
ポリヴィティ。
聞いたことのない話にスクイは反応しない。
「実質的な死刑」
しかしフランソワは呟く。
地図上では1つの大陸があり、それがこの世界の全てとされる。
まず1番上に、横長に領土を持つのがヴェンティ。
その下に2つの国、左にベインテ、右にヴァンが描かれる。
もちろん形は綺麗な線で描かれたものではなく、国々には間もあり、そこにはどの国にも属さない村や町もあるが、それが3国の大体の位置。
そしてその遥か下。
空白の土地がありその下にあるのが。
魔王城。
文字通り魔王が住む城に他ならず。
3国から見て魔王城の手前にある、街ほどの大きさの砦。
それがポリヴィティ。
「まずそこまで辿り着くことが困難。そこまでの道のりの長さはもちろん、魔王上に近づくにつれ魔物のレベルは上がる」
ヴァン国より下に村がないのはそれも理由なのだ。
地図上の空白部分は、人間が開拓し住もうと考えないほど魔物が強く、多い地域
そしてポリヴィティ。そこは魔物との戦争の最前線とは名ばかりの。
本物の無法地帯。
「強い罪人を放り込み、生きるために魔王城から生み出される魔物と戦わざるを得ない状況にし魔物が3国に近づくことを減らす」
大昔に決まった野蛮な罰則。
それを引き出したのは他でもないフランソワである。
勇者がベインテの革命を成した。
スクイの投獄中に起こった出来事である。
国王の独裁、悪行を世に知らしめ、国民を守りながらも勇者はベインテの新国王となった。
そして反乱当初は3人だった神聖魔法使いも、今は4人。
十分に魔王討伐に向かえる状況である。
ポリヴィティは恐ろしく危険な場所である。
腕の立つ、死刑クラスの極悪人しかいない街。
そして魔王城から産まれ襲い来る凶悪な魔物。
しかしスクイであれば、あるいは生き延びることも可能かもしれない。
可能性は低いが、ないとは言えない。
そして勇者が魔王を討伐するにあたって、スクイの手を借りれば。
恩赦も出せる。
勇者とスクイが知り合いであることは周知。であれば魔王討伐の英雄としても持ち上げられるだろう。
これがもっとも良い案。
フランソワはそう考えていた。
「活躍によれば恩赦も考えられる。謹んで流刑地での労働に励むように」
そんな事例など一度もない。
そもそもが断絶された土地。
一部物好きな行商もないわけではないが、ポリヴィティの実情はフランソワも知らない。
3国からの形ばかりの支援がベインテ主導で出ているとも聞くが、それも怪しい。
しかし、あるいはスクイであればという気持ちも込めて、マイエンヌ公爵は鼓舞したつもりだった。
「謹んで、お受けいたします」
その言葉と同時に、スクイは立たされる。
猶予は全くない。このままスクイは流刑の地へ行くためにこの街から追放を受ける。
フランソワはそれを見守ると、スクイとの約束を思い出し歯軋りをした。
スクイが扉を開けると、騎士団に止められながら何人かの人間が揉め事を起こしていた。
「と、通してください!こんなことはおかしい!」
「そうだぜ!あいつはイカれた野郎だが、胸糞悪い悪事なんざしねえ奴だ」
見ると、そこにはカーマ、フリップ、そしてフラメの姿もあった。
「おい!スクイ!」
スクイを見ると、3人は騎士団を突き飛ばし、駆け寄る。
「話は出回ってる!お前が罪のない教団の人間をぶっ殺しただとか、村の人間を生贄に変な儀式をしただとか」
そんな話になっているのか、スクイはこじれた話を少し可笑しく思う。
スクイの死の信仰もあってか、愛の教団やそれを擁する貴族が教団の悪事を認めないこともあってか、やはり良いように噂は流されていないようだった。
「ですが、もちろん信じていません。スクイさんは僕たち兄妹を助けてくれた恩人です。善人ではありませんが無辜の民を傷つける人ではない」
フリップは本気でスクイを信じているらしい。
裏の世界にも精通していながら、噂より姿も消したスクイの善性を信じるとは、スクイも想像していなかった。
「そうだぜ。何が村人を傷つけていただ。俺がどれだけ兄さんにこき使われて」
あの村を。
フラメはそう言いながら、言葉が出なくなり。
涙が溢れるのを感じた。
「兄さんが、あの村の奴らを悪事に利用したって話もされてる!貴族連中の、そして教団のクソ共の隠蔽だ!」
それだけじゃねえ。
その中には
「メイちゃんや親父さんを!兄さんが殺したって言う奴らがいる!そのために宿屋に住んでいたって言う奴らがいる!俺は、俺はそれが」
「いいのです。フラメさん」
スクイは無力に打ちひしがれるフラメを止める。
「おいスクイ。このまま言われた通りにするお前じゃねえだろ。知らねえ仲じゃねえんだ。協力してやる」
カーマは相変わらず面倒見がいいと、スクイは思った。
「そうですよ!しばらく身を隠して抗議しましょう!罰自体は仕方ないのかもしれませんが、この扱いはあんまりです。噂を撤回できれば減刑も、無罪だって」
フリップは相変わらずお人好しだとスクイは思った。
「レジスタちゃんも心配してんだ。安心しろ。フリップとフラメのおっさんと作戦は練ってある。しばらくそこで」
「カーマさん、もう」
いいのです。
そう言おうとするスクイの首元を、カーマが掴む。
「いいわけねえだろ!」
そう怒鳴りつけるカーマの優しさを、スクイは汲み取れない。
「お前が村のことを考えてたことも知ってる!メイちゃんのことを可愛がってたことも、あの一家のことを幸せにしようとしてたことも知ってる!それをぶっ壊せれて、やり返した!当然だ。こんな俺らも止めれねえ騎士団に何ができる!それをお前はなんでそんな態度が取れる!」
「レジスタだけじゃありません。こんな目にあって、ミュラーも、チェレンでさえあなたのことを心配しています。レジスタとミュラーはあなたに惚れてるんです。こんな別れ方をさせないであげてください。僕に恩人を見殺しにさせる気ですか!」
「ありがとうございます。それでも」
いい。
「もうここには、私の帰る場所はありませんので」
スクイは、本気で引き止める2人にぽつりと、言った。
その言葉の本当の意味を、その絶望を。
その場にいる誰もが理解し得ない。
「それに、約束もあるので」
逃げも隠れもしない代わりにホロを無関係にすること。
スクイが罰を受けなければ、領主との約束もない。
それはつまり、ホロに罪が及ばないようにするという話も立ち消える。
街の噂についても、ホロはでてきていないようだ。
貴族や教団が寄ってたかって隠蔽の隠れ蓑にスクイを使う中、ホロも名前が挙がらなかったわけがない
領主はそこに関しては止め切ってくれているのだろう。
スクイの噂も止めろと言うのは無理難題である。ホロの名前が出ていないだけ十分動いてくれたのだと感じていた。
それに。
「心配くださるのは嬉しいですが、私も戦場は経験のある身です。むしろ悪人の巣窟。死の救いを求める方々の大勢いる場所。こちらから望んでいくべき場所でしょう」
そして魔王も、もし救うべきであれば。
「一生の別れというわけではありません。また顔を出しますよ」
そう旅行にでもいくような気軽さで笑うスクイに、もう誰も、何も言えなかった。
何を言っても無駄。スクイの笑みに、そう感じられるほどには3人はスクイと交流があった。
倒れた騎士団も、誰もを無視して、スクイは勝手に街の外へ向かう。
まだ用事がある。
スクイは途中で、植物屋を目指し、その店の前にいた老婆を見かけると。
膝と、手、そして頭を地面につけた。
「やめとくれ」
植物屋の老婆は、わかっていたように、待っていたようにスクイを見ると、一言言った。
「私は、あの子を、救えませんでした」
「変なことを言うね。あんたの中では死は救いなのだろう」
それでもです。
スクイのその言葉が、彼の人生でどれだけ重いものか、老婆はわかっていた。
わかっていたから、彼ならメイを救ってあげられると思っていた。
そういう2人に育つと思っていた。
そういう種まきをしたつもりだった。
「また、救えなかったのです」
いつもそうです。
私には、何も救えない。
「わかってるよ。顔をあげてくれ」
そう言って、老婆は袋を手渡した。
「あんたがいなけりゃこうはならなかったなんて思わんよ。あんたはその分あの子を笑顔にしてやった」
「そんなことは」
否定しようとするスクイに、老婆は袋を受け取るように促す。
「あの子の好きだった茶葉だ」
あんたと紅茶の趣味が合うと、嬉しそうに話していた。
「あんたが来てから、あの子はいつも、嬉しそうにあんたの話ばかりするようになった」
お客さんがたくさん泊まってくれて嬉しい。もしかしたらうちの宿も復活するかもしれない。
旦那はすごい冒険者でかっこいいんだ。魔物を倒して旅してたんだって!
旦那がすごい依頼を達成したらしくてギルドでお祝いしてたんだ!みんな旦那はすごいって褒めてたよ!
旦那は料理ができないんだ!手先は器用なのに味付けがダメだってお父さんに怒られてたの!意外だよね!
旦那が領主様に認められたんだって!領地ももらったとか!そっちに行っちゃわないよね?
旦那の村に行ってきたんだ!いい人ばかりだったよ!私も一緒に農業するんだ!そしたらおばーちゃんも見にきてね!
「嫉妬したもんさ。可愛い孫を取られたみたいでさ。でも」
ありがとう。
老婆はスクイに呪いの言葉でなく、ゆっくりと感謝を伝えた。
スクイは、黙って袋を受け取ると、言葉は受け取れないかのように、黙って背を向けた。
「まだ、救える子がいる」
泣くのが下手な子だ。
その辛抱強さが、植物の才なのさ。
老婆はそう思いながら、スクイを見送った。
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