第七十四話「要求」
「申し開きはあるか」
スクイがいたのは領主の館である。
「ありません」
感情を見せないスクイに、マイエンヌ公爵は顔を歪ませた。
時は、スクイとホロが大聖堂跡地で再開した日に遡る。
先日の戦いの後、スクイはホロを一旦宿に戻した。
絶対の待機を、スクイらしからぬ強さで話し、スクイはことの顛末を領主に話しに向かったのだ。
結果、スクイのしたことは無罪とは言えないものとされた。
村を襲われ、自分たちの身も危ない中襲ってきたマルティール助祭を撃退。
そして元凶を名乗るミストル司祭とも戦いになった。
そう話した分には正当防衛と言えないこともなかった。
しかし、マルティール助祭撃退の際に一般市民を大量に殺害。
ミストル司祭に関しては黒幕であったもののこちらから出向いて攻撃。
その際この街の歴史とも言える大聖堂を崩壊させている。
そして何より、全員の殺害によりこの一件の発端がミストル司祭側にあったかどうかの判別が怪しくなっている点も挙げられた。
一般市民を殺さずに逃げればよかった。
ミストル司祭への裁きを無断で行うのは情状酌量の余地がない。公権力に任せるべきだった。
そう言われればそれが正しいだろう。
そして愛の宗教の権力はこの街全域に、貴族に大きく影響している。
大事になった以上情報は漏れる。
そうなればスクイ達を殺すべきだという声は、貴族や信者から押し寄せるように出る。
マイエンヌ公爵は、即座に自分に報告にきたスクイに悪い感情を持ってはいなかった。
能力や功績を除いても、元々スクイのことは気に入っていたし、騎士団の指導や組織壊滅の後処理と世話になった部分も多い。
一人娘のフランソワのお気に入りであることも考えると、このまま良い関係を保っていたかったのだ。
しかし、現状そうはいかない。
「即座に逃げ去り、私に助けを求めればよかったのだ」
スクイの報告を聞いたマイエンヌ公爵は、もう何を言っても遅いとわかりながら、それでも言わずにはいられずスクイに詰め寄った。
「領地を託した私に応えようと、そして行き場のないもの達のためお前がどれだけあの村の人間に愛情を注いでいたか私が知らないと思ったか。この村の来てから世話になった宿屋の人間が巻き込まれお前が苦しんでいないと私が思うか」
領主はわかっていた。
自分が逆の立場であれば、同じことをしないとは言えない。
それでも。
「逃げればよかった。逃げて、私に話し、全てを任せていれば」
「任せていれば、どうなっていましたか?」
冷たい。
初めて、スクイの声が冷たく、凍った。
「助けてやれたはずだ!」
絞り出すように叫んだ言葉。
領主は、その言葉がいかに無力かわかっていた。
組織討伐の英雄に、組織を悪事をずっと野放しにすることしかできなかった領主。
そして自分も愛の宗教を信仰し、ミストル司祭と交流があったにもかかわらず、その裏で裏社会と交わり、大量殺人を犯していたことを知りもしなかった領主。
スクイが逃げ延び、証拠を持って助けを求めたとして、ミストル司祭を追い詰められたわけもない。
戦えたとして騎士団は全滅させられるだろう。そして逃げられ、スクイの仇はどこかでのうのうとまた人を殺す。
わかっていた。スクイのやったことが、どの視点から見ても間違っていて。
村の人間の視点から見たときだけ、正しかった。
「私が隠蔽も逃走もしなかったのは頼みがあるからです」
スクイの言葉に、マイエンヌ公爵はスクイの顔を見る。
「今回の一件、この騒動の罪状について」
私1人のものにしてください。
ホロさんは。
「関係ないものとしてください」
そう、頼んだ。
「そこまでか」
そこまで、お前は。
他人のためか。
事実の隠蔽も、情状酌量も頼まない。
そしてここに来てマイエンヌ公爵に全てを打ち明けたこと。
それが信頼と取れないほど、彼も愚かではない。
「沙汰を下すまで時間がかかる」
牢に入れろ。
スクイを見ずに、マイエンヌ公爵は部下に命じた。
そしてしばらく。
「快適なものですね」
牢の中はスクイしかいない。領主の館の地下に牢獄があることの妥当性を考え終わると、スクイは今後について考えていた。
最近の多忙を考えればこのようにゆっくりできる時間は悪くない。
処刑になるのであれば臨むところだが、自分は死ねない身である。
長時間の監禁は時間の無駄遣いだろう。
逃げ出す方法はいくらでもある。
そうなればどこへ向かおうか。
勇者が反乱を起こしたというベインテは少し避けたい。久しぶりに勇者に会うのも悪くはないが、その戦いに関与するつもりはなかった。
となると残った国であるヴェンティはいいかもしれない。
聞くところによるとかなり寒い国らしいが、人々は陽気で明るい。
そして治安はあまり良くないとのことだ。
国王の権力の強いベインテや、政治の体制がある程度整ったこのヴァンと比べ、領土の広さから手の回らない無法地帯が多くあると聞く。
そこでまた救いを与えるのもありか。
少し傭兵になる前の治安の悪い地域で過ごした日々に想いを馳せていると。
「随分手際の悪いことをしたわね」
もう夜中になる牢獄に、声がした。
「人がいなくなったのでそろそろかと思っていましたよ」
牢獄に投獄されているものはいなかったが、監視はいた。
それが消えたこと、そして何より、この状況で彼女が自分に会いにこないとは思えなかったことから予想はついていた。
「待っていてくれたのかしら?」
フランソワはそう言いながらも少しも嬉しそうにはしない。
スクイはそちらを見もせずに、寝転がった体勢のまま宙を眺める。
「答えに窮するなんて、本当にらしくないわね」
そういうと、スクイの側で大きな金属音が響く。
スクイは見るまでもないと思い動かない。
「早くここを出なさい。あなたの処罰に関してはどうとでもしておきます」
簡単なことのようにフランソワは言う。
政治力に関して、彼女は父親を上回る。それは手腕というよりは悪事も平気で行えるという点だろう。
愛の教団も貴族も、話が漏れないようにできるし、漏れても黙らせられる。
そういった権力の扱いが上手い。
「しばらく表に出せないでしょうが、ちょうどいいでしょう。私としばらく遊んで、この件を収めてから適当な理由をつけて爵位もあげますわ」
そしてさっさと私の伴侶になってしまいなさい。
照れる様子もなく、しかしその中にスクイは僅かな焦りを見る。
スクイを助けたいという彼女の気持ちがそこから感じ取れた。
そして、それが彼女をしても容易でないことも、わかる。
「必要ありません」
スクイの言葉に、予想していたようにフランソワは顔を顰めた。
「領主とはこの件について話がついています。私も納得していますし、問題ありません」
第一、こんな鍵がなくても出たければ私はいつでも出られることくらいあなたはわかっているでしょう。
スクイはフランソワの好意を袖にするように言った。
「ではどうするおつもりで?逃げたとしてこのまま罪人としての汚名を被りながら生きていくと?」
「それもまた一興でしょう。私は別に善悪や肩書きに頓着しません」
のんびりと、何を考えているのかわからないスクイ。
フランソワは、そんなスクイが好きだったはずだ。
想像もできない、思い通りにならない。
ずっと探し求めていた退屈を壊してくれる存在。
「そんなことは許しませんわ!」
だからこそだ。
だからこそ今だけは、思い通りにしなければならない。
「あなたはこの街を出ていくつもりでしょう!そうなれば私はまたこのつまらない城で退屈しなければならない!」
あなたを逃さない。
賭場での興奮を。
組織壊滅という刺激を。
大量虐殺という危険を。
フランソワにとってスクイは、初めて自分に危害を加えかねない。
本物の危険人物。
「だからこそあなたしかしない」
「そういえば」
フランソワの言葉を聞いていなかったかのように遮ると、スクイはやっと彼女の方を見た。
フランソワは冷静になりながら、自分が感情を出し過ぎたと表情を戻す。
「何?」
「あなたには1つ、言うことを聞いてもらえるんでしたね」
フランソワは、一瞬喜びの感情が滲むのを感じた。
それは初めて会った賭場での賭けの話である。
フランソワはスクイの要求を先延ばしにしていた。
「ええ」
その要求でこの状況を打破するつもりだ。
そんなことをしなくても、自分はスクイを助けるのに。
しかし、それもスクイのプライドか、1つの要求で、どうこの状況をひっくり返すのか。
そう思い、違うとわかる。
その要求で無罪を勝ち取ろうとするのではない。
敗者にする要求は、敗者の望まぬまのだ。
「私の要求、いや、頼みは」
スクイは言う。
フランソワは聞く。
勝者の敗者への、正当な要求。
それを聞き終わると、フランソワは。
人生でこれほどのことはないとばかりに、激昂した。
「それがあなたの望みだとでも言うのですか!」
「はい」
落ち着いた表情のスクイは、フランソワににっこりと微笑みかけたが、それは彼女の神経を逆撫でするものにしかならなかった。
「ある程度頼んでも問題ないようには準備させてあります。あとは」
「そんなことは問題ではありません!」
だってその要求は、その要求の前提は。
言おうとするフランソワを、スクイは目で止める。
「申し訳ありませんフランソワ公爵令嬢。私には」
これしかないのです。
そういうと、フランソワは怒ったように鉄格子を蹴りつける。
1発では収まらなかったように、何度も、何度も蹴り、叫ぶ。
「約束します。ですからあなたも約束なさい!私は天下無法の自由人。フランソワ・マイエンヌ」
私に、約束なんて守らせないで。
その言葉にスクイが、困ったようにゆっくりと頷くと、フランソワは何も言わずに牢獄から出た。
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