第七十三話「世界」
その存在がどこから生まれたのか誰にもわからない。
神と冠する概念、どちらが先に生まれたのかもわからないのと同様に、その存在は気づけば神々の世界にただ、あった。
いたと形容できるものではなかった。神々は多かれ少なかれ見目麗しい容姿をしていたが、その存在は醜い赤子のようであり、あるいは嗄れ尽くした老人のようにも見えた。
それは動くでもなく、ただこの世界に転がっていただけに過ぎなかったが、神々は同時に、同じ想いに気づかされた。
もう、終わりたい。
それは永遠に存在する神々の中に、一瞬生まれた感情である。
あるいは、この感情がその存在より先に生まれたのかもしれない。
いや、そうだったのだろう。
だからこそ、神々にその概念が生まれたからこそ、それは生まれたのだ。
神々は人間を見て、自分たちに無いそれを知り、いつしかそれを欲するようになっていたのだ。
完璧な永遠。
それを過ごした神々には、欲しい物などとうになく。
どこかで、終わりを求めるようになっていた。
そして、生まれたばかりのその存在。
死の神がゆっくりと、しかし神々にとってはあまりに早く死を迎えると同時に。
神々に死の概念が生まれた。
そこからは早かった。
それでも人類史に比べればまだまだ長すぎる時が経ち、ゆっくりと、死を選ぶ神が出続けた。
どんな楽園で、どんな生活を送ろうが、いつかは終わりを迎えたい。
神々はやがて数を減らし、天使もまた数を減らし。
人間には神がいなくとも神託も魔法も、加護でさえ自動で行えるように取り計らわれ。
そして神々の世界には、1人の天使と、1人の神が残るのみとなっていた。
「なるほど」
神々は理解したのだ。
死を。
「そしてお前が呼ばれた」
天使は語る中で怒りが増したように、忌々しげにスクイを見る。
「何故、神は死などを受け入れたのか」
何故、お前のような存在を呼んだのか。
「私は神々からの最後の使命として、お前をこの世界に転送した」
転移は死んでからしか行えない。
世界が違うということは肉体が違う。今スクイが呼ばれているような一時的なものとは違い、完全な転移は死んで魂を呼ぶ形でしかできない。
だからスクイが完全に死んでからその存在を別世界に移した。
「移したものは肉体のデータ、魂。そしてナイフ。あとは2つの魔法だ」
2つの魔法。それが何かスクイはもうわかっていた。
「死の魔法ですね」
「あの存在の置き土産だ」
本来スクイが生前果たした経験をそのまま異世界に持ってこれるのであれば、スクイは実に多くの魔法を持っていただろう。
生前、当然スクイは火に触れ、水に触れ、草木に触れ、土に触れていた。
それはそれらの魔法を多かれ少なかれ使えるほどではあっただろう。
しかしその中で2つだけ、生前に条件を満たしていた魔法をスクイは持って転移させられた。
死ぬことで手に入る不死の魔法。
殺すことで手に入る殺す魔法。
「死んで転移したから不死の魔法が手に入ったと?」
「いや、それは関係ない。それを抜きにしてもお前は死んだと判定されてから生き返る行為を何度も行なっていた」
傭兵時代のことかとスクイは思い返す。
確かにスクイは、身体がボロボロになり、失明し蛆が湧き、死体置き場に置かれても戦い続けた。
「そこまで生と死を行き来するものはいない。転移は関係ない。お前の生き方が不死の魔法の習得に該当しただけだ」
そしてナイフも同様に多くのものを切り、何度も壊れては治されることで絶対切断と壊れないという魔道具としての条件に該当し、魔道具としてこの世界に送られた。
「同時に不死の魔法は定義的にはSランク魔法だ。5つには数えられていないがな。そしてあの存在はその対象にお前を選んだ」
死の神。
神々が持つ最強の魔法、死の神のそれが不死の魔法だというのは皮肉な話である。
選ばれた上で死を経験する必要がある。そういう魔法。
そして死の神は、人間界でなく別の世界にいたスクイを選んだのだ。
選んだからといってスクイが元の世界で魔法を使えるわけもない。
しかしそれが理由で、スクイはこの世界に送られることになった。
「神々の目的は」
「お前への指示は、生きたいように生きること」
スクイの質問に、天使は初めと同じ返答を返す。
「それ以上は言えんし、言わん」
天使はスクイを睨みつける。
「私は死が嫌いだ」
お前も、死の神も、嫌いだ。
そう天使は吐き捨てる。
「何故この楽園を放る必要がある。全てが手に入り、全てが自在。死などという概念がなければ、神々は今もこの世界で幸せに暮らせていたはずだ」
ずっと幸せなはずだった。
ずっと満たされていたはずだった。
だが死という概念が混ざり込んだ。
だから死という選択肢が生まれてしまった。
死が、私から神々を奪った。
「私はお前のことも呼びたくなどなかった。あの存在同様に死を撒き散らす災厄だろうが、神々の期待に応えられない中途半端な間抜けだろうが、同じことだ」
どっちでもいい。
嫌いだし、興味もない。
彼女はただ、指示をこなすだけなのだ。
「ミストル司祭を焚き付けましたね」
怒りを向けられることに慣れたスクイは、大して気にした様子もなく聞くべきことを聞く。
そこに死への冒涜が混じっていたことも、スクイは指摘しなかった。
「ああ、神託の件か」
神託は一定の質問に自動で答えるようになっている。
「神々が目をつけたのはお前だけではなかったというだけの話だ。あの神託もまた神々が用意したものだ」
つまりスクイをあの世界に呼んだのと同じ理由で、ミストル司祭はあの神託を聞かされた。
「聞けない神託を聞けた。悪いことではない」
所詮はお前のオマケのような存在だ
お前が気にすることでもない。
「何故この世界に呼ばれたなど気にするな。お前はただ好きに、あの世界で死を信仰し広めていればいいんだ」
それが神々の望みなのだ。
「全てわかったろう。もう返すぞ」
「3人」
スクイは喋り過ぎたと苛立ちを見せながら背を向ける天使に向かって、ただ言う。
「この世界には3人いました。あなたと、1人生き残ったという神と、もう1人」
そう話しながら、スクイは聞くまでもなかったと納得する。
もう1人、生まれたのか。
「今この世界に残る神は2人」
片方は勇者を担当している。
数奇なことにな。
その言葉の意味を聞くこともなく、スクイの意識は元の世界へと戻っていった。
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