第七十一話「作成」
「な、に」
ミストル司祭は一瞬のうちにそれらを理解し、落下する自分に気づく。
ホロが大袈裟なほどに魔力を消費し攻撃を行なったのはミストル司祭だけを狙ったものではない。
その周辺の地面丸ごと、炎ではなくマグマの魔法を使い抉り取ったのだ。
「落下」
それもまた、地面がないという状況。
無いものを無くせないという魔法に対する攻撃。
初めて、驚愕の色を見せるミストル司祭。
落下死、考えてみればありうる策ではあるが、あまりにも壮大で思いつきもしない。
膨大な炎の奔流を目隠しに、相手の周りの地面を落下死するほど深く抉る。
即座に魔法を考えるが、死の魔法は所詮靄である。
先程の繭のように厚く層を作らねば、ミストル司祭の体重を支えることはおろか減速にも使えはしない。
そして、いくつもの策を用意し並行しながらも、初めからこの策も視野に入れている。
一体どこまで先を見て行動しているのか。
「ですが」
死を感じる。
珍しいこの状況にむしろ興奮すら覚えるミストル司祭。
確信した。
スクイではなかったのだ。
死を信仰する、それではない。
自分に死を与えようとする、自分と同じ神を信仰するもの。
目の端に映る、死にかける自分と同じくらい致命的な彼女こそ。
ホロこそが自分の殺すべき敵であった。
「ではこれもまた神への一歩!」
そう叫びながら、地面に激突する寸前、ミストル司祭は地面を崩壊させる。
奇しくもホロが死の魔法を掻い潜ったのと同じ一点突破。
自分の大きさだけの死の魔法を地面に向かって放つ。
地面への崩壊。それは単に穴を開けるということでは無い。
地面に穴を開けながらその穴を落下していくミストル司祭は、魔力を使い切る直前まで死の魔法を展開し。
穴の底を崩壊によって変えた大量の砂で埋め尽くし、そこに埋もれることで落下ダメージを抑えた。
「な、なんとか」
なった。そうは言えない。
地面を砂に変えたとはいえ高所からの落下。
さらに砂というクッションを作るためとは言えその高低差を自分で増やしてしまっている。
だが、勝った。
生き延びたという程度かもしれないが、ホロにはもう魔法は使えない。
ミストル司祭にはまだ少し、魔力がある。
垂直な穴を這い出るには、斜めに地面を崩壊させながら登る必要があるため時間はかかるが、そのくらいの魔力はある。
そう考えるミストル司祭の上に、ホロの顔が見えた。
「とんでもない魔力量ですね」
そして強い。
それはミストル司祭の、偽りのない言葉であった。
戦えば組織だって負ける気はしないと思っていたが、これほど追い詰められるとは思っていなかった。
強さを求めたわけでは無いが、それでも死を与えるという神になる方法を漁る上で、自分より強いものがいるのかと思うほどの力を身につけていたことは間違いない。
それがまさか1人の女の子に追い詰められるとは。
いや、もうただの女の子とホロを見はしない。
「ありがとうございます。もうほとんど残っていませんが」
ホロは、無機質に答える。
しかし彼女には何もできない。
位置的には穴の中というミストル司祭の立ち位置は悪いものの、ホロにはそれを攻撃する手段がないとミストル司祭は考えた。
少し魔力が残っているだけでも驚嘆と言える。
ミストル司祭と魔力の削り合いと行いながら、このクレーターを作り、その間飛び続けていた。
もっともミストル司祭も途中から飛んでいたし、この2人の魔力総量を考えればこの規模のクレーターを作るのは大した消費とは言えないだろう。
そしてミストル司祭はその後着地に魔力を使った。
しかしそれらを踏まえても、ホロの方が魔力消費は多かったはずである。
「最後に攻撃しておきますか?岩魔法一撃当てれば私を殺せると思いますよ」
ミストル司祭は一応提案するが、ホロは首を横に振った。
その体はボロボロで、ミストル司祭はホロが自分の死の魔法を無傷で抜けられたのではないと知る。
そして火傷。長時間発射し続けた高火力の炎は、最も近くにいたホロの体をも蝕んでいる。
その状況を、ホロは喜ぶのだろう。
組織で傷つけられた時と同じ、スクイと同じ痛みを知ること。
何をどうあっても、死ぬことでしか救い得ないほどの深い痛み、苦しみ、絶望の集合体が彼の狂気の根源であれば。
その理解の助けを、彼女は喜ぶのだ。
そんな彼女の狂気に触れ、だからこそ自分の宿敵と断じた。
その戦いがこれで終わりかと少し残念に思うミストル司祭は、小さな音を聞いた。
それは上からの音。
「私の残りの魔力ではここからどんな攻撃を撃ち込んでもあなたの魔法を突破できずに負けると思います」
だから、そう言うと何か大きなものが擦られるような音が、地面を通してミストル司祭の耳に聞こえてくる。
同時にこのクレーターの形状に違和感を覚える。
何故、このような綺麗なすり鉢状に整えた。
落下させるだけであれば、雑な大穴ひとつで事足りる。
「言った通り、策はこれが最後です」
落下だけが最後の策では無い。
ミストル司祭はその音の正体に気づく。
この場所が元々どこであったか、このすり鉢状のクレーターの周りには何が転がっているのか。
音は徐々に大きくなり、轟音といって差し支えないものと変わる。
「大聖堂の瓦礫を、この穴に落とすつもりですか!」
「ええ」
岩魔法一撃。
1発ではミストル司祭を倒し切れない。
しかし質量対決は何も魔法の専売特許では無い。
ホロは残りの魔力で周囲の大きな瓦礫を押し、このクレーターへと押し入れたのだ。
入れれば自動的に転がり落ちる。
この状況で魔力が残っていないことを視野に入れた状況作り。
「穴を掘ってくれたおかげで狙いも定まりやすいです」
それでは。
そう告げると、ホロはミストル司祭の視界から消えた。
同時に落ちてくる、人1人押しつぶすには十分すぎる瓦礫。
「まだ」
ミストル司祭は瓦礫に死の魔法をぶつけ、砂に変える。
「まだ終わっていない」
次々と落ちてくる瓦礫を、残り僅かな魔力で砂に変えながら言う。
しかし、有限の魔力に対して、瓦礫は無限と言っていいほどにあり。
上に上がったホロは魔法抜きでも力で押せば落とすことができる。
それだけの量を、ひたすらに砂に変える。
初めて使い切る死の魔法。
「あなたとは魔力の総量が違う」
ホロの魔力では不可能であろう膨大な魔力による瓦礫の崩壊。
次々と襲いくる瓦礫を彼女は砂に変え。
それは穴の入り口にまで届き得た。
「瓦礫を落としてくれたおかげで、砂を土台に登ってこられましたよ」
待っていたかのように、穴の縁に立っていたホロにミストル司祭は言う。
身を潰す瓦礫であればともかく、砂であれば土台にできる。
ホロの落とした瓦礫を全て砂に変え、それを踏みつける。
その作業を繰り返すことで穴を塞ぐようにして登る。
「穴を小さくしていたのが良くも悪くもといったところでしょうか」
もはや段差ほどとなった穴に立ちながらミストル司祭は。
穴の縁に立つホロの前、つまり。
目の前に現れた。
崩壊した大聖堂の底。
加護を失った2人が、対峙する。
「さて」
ミストル司祭にはまだ、ほんの少し魔力が残っていた。
不意をついて崩壊の魔法一撃、避けられることを想定すれば至近距離からの一斉放出。
そう考えるミストル司祭が呟き、穏やかな声の中に僅かな殺気が混じると同時。
ミストル司祭は咄嗟に首元を抑えた。
反射、そして理解が後から追いつく。
首を切られた。
「バ、バカな」
武器を隠し持っていた、それはあり得ない。
ホロは武器を魔力に変える。ナイフ一本あればそれを魔力にして穴の底にいるミストル司祭に攻撃できたはずである。
それをしなかったのに刃物を持っているはずがない。
しかしこうまで素早く、一撃で頸動脈を裂けるのは、単なる尖った瓦礫では無理である。
ミストル司祭は倒れ込みながら、ホロの握ったものを見る。
それは金色の塊。
ナイフと呼ぶには歪だが、確かに持ちやすい形で、刃もしっかりとある。
大聖堂の鐘。
しかしそれがこうもナイフのような形に綺麗に。
そう思い、ミストル司祭は目を見開いた。
これは、自分の魔法だ。
ホロの魔法では鐘を破壊できても刃物には加工できない。
しかし死の魔法は触れた部分が綺麗に崩壊する。
あの死の魔法の黒い靄に囲まれた瞬間、あの瞬間に。
ホロは鐘の破片から刃物を作り出していたのだ。
つまり、あの時からすでに、この状況を。
否、そこではない。
ミストル司祭は、何も目の前に立つホロに対して無警戒だったわけではない。
ただそれでも回避できないほどに、ホロのナイフ捌きは素早かった。
単純に、ミストル司祭の想像を超える技量を持っていた。
「魔力が尽きれば何もできない」
そうならないために学んだ。
不意をついて頸動脈を裂くナイフ技術。
そしてそれを活かすための状況。
満身創痍の相手、加護の対象にできるほどではないが切れる武器。
そして、穴から這い出た状態という、段差程度に相手を低い場所に置く、身長差を埋める状況作り。
アキテーヌ公、話が違う。
しっかりと、一撃必殺の場を、作り出しているではないかと、ミストル司祭は考え。
「まあ、神になる条件が」
死後適応されるものと願いましょうと笑って、ミストル司祭は息絶えた。
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